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ホワイト・アイランド  作者: 大熊 健
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村~釣り場

       村~釣り場



 バーグの村/夜・七時半


 この村は、以前大陸の採掘企業の手により、油田開発をされた後のコンテナを利用して建設された村で、鉄製の部品と大きな杉の丸太を改造して立て直したコテージが多くあった。時おり雪がチラホラ降ってくる中、積雪の乗る一階建ての鉄製と木製で打ったコテージが、三十を超える集落だった。

 見張り台の下には大きな倉庫があり、その横にガレージがあった。港から帰ってきたドルフィンたちが、そのガレージにスノーモービルを片付けていた。ガレージの中のスノーモービルは二十台だった。

 雪が積もり、つららがいくつも垂れ下がっているコテージの村は、五十人の人口を収めていた。その長がドルフィンなのである。

 バーグの村は風力発電で電気を起こしていて、夜になるとライトをあちこちで灯した。

ようやくスノーとウォーターの乗ったスノーモービルが帰ってきた。ガレージの手前で停まる。

「なんだ、スノー。ずいぶん遅かったな。えらく時間がかかったんだな。どうした?」

「うん、あはは。そうね、ちょっとね」

 さっき走行中、ウォーターがスノーの肩をトントンと叩いて、速度を落とすよう促したことは話すまいと思い、苦笑交じりの顔をドルフィンに向けた。

「スノーモービルをガレージに入れるから外で待ってて」

「うん」とウォーター。

「かろうじてだけど」と、付け足す。

 スノーはスノーモービルを片付けるとガレージのシャッターを閉めた。

「大丈夫?酔った?」

 スノーはウォーターに駆け寄った。

「う、うん。まぁ、かろうじてだけど」

「スピードが速いの苦手だった?」

「まぁね。ちょっと苦手だったかな。スノーモービルは初めてだったし」

「次は慣れるわ」と、ウィンクするスノー。

 スノーの可愛らしい笑顔に赤くなるウォーター。

「とりあえずようこそね。わたしたちのバーグの村に」

「バーグ?」

「そう」

「氷山?」

 大きくうなづくスノー。その表情は可憐だった。とても一つ年上には見えない。そう思うウォーターだった。

「そうよ、氷山のことよ」

「へぇ」

「それがこの村の名前。誰が付けた名前か知らないけど、わたしが生まれた時にはもう、ここはバーグの村だった。この島で唯一の村よ」

「そうなんだ」

「ええ。それにわたしは、バーグの村の長の孫で、姫みたいなものよ」

 大きなガレージを背に手を後ろに組み、エッヘンというような態度をとるスノー。

「姫?」

 ウォーターはスノーを見る目が変わった。彼女がこの村の姫?

 しばしの沈黙。そしてスノーは我慢できなくて吹き出してしまう。

「ぷっ、あはは、冗談よ!」

「え?」

「冗談だよ。ちょっと言ってみただけ。ゴメンね。あなたの顔が面白くて」

「なんだ」

 ウォーターは、「はぁ」とため息をつき、肩を落とした。からかわれている。あなどれないな、彼女は。という思いが感情を支配する。しかしその時、雪が激しく降ってきた。

「でも、」スノーが持っていた自動小銃を手にしながら、「実はわたし、この村でも一番の銃使いなのよ。これは本当。以前の射撃大会ではこの村で一位だったのよ。戦闘は得意中の得意なんだから。わたしは戦闘員の一人なのよ」と言った。それは眉唾ではないようだった。

 ふいにドルフィンが二人のところにやって来て、声をかける。

「おーい、二人とも家に入れ。風邪引くぞ!」

「うん、はーい」とスノー。

「さぁ、うちに来て。わたしとおじいちゃんの家に案内するから」

「あ、ありがとう」

「行きましょ!」

 そう言うとスノーは黒い手袋をはめた手で、ウォーターの手を引き、コテージに連れて行く。雪が足元を狂わせたが、ウォーターのくたびれた軍靴で、雪の上を歩いた。

 スノーの雪用のブーツがちょっとうらやましかった。それでもウォーターはスノーと足並みを揃えて歩いていった。

「スノーはおじいさんと一緒に暮らしてるのかい?」

「ええそうよ」

「お父さんとお母さんは?」

「ああ、二人ともはるか南で仕事よ」

「仕事?」

「父はデンマークで外交官をしてるの。母は出稼ぎ」

 ウォーターは不思議そうな顔をした。

「出稼ぎ?」

「そうよ。わたしの母は腕のいいキルトワーカーなのよ。だからそういう関係で、大陸でキルトの仕事に就いているの。年に二回は帰ってくるけどね。でも、三か月前に一度帰ってきたから、今度は半年後くらいに帰ってくるのよ。わたしはキルトなんて無理だけどね」

「そうなんだ。俺の両親はパン職人だったんだ。貧しいけどそれでも生活できてた。紛争が起こる前は」

「そう」

 スノーは感心しながらも、彼の両親がもう亡くなってることには触れず、そのままコテージのドアを開けて、中にウォーターを連れて入った。スノーは手を離すと、先にコテージの奥に行く。そのあとにウォーターが続いて入った。

「靴はそのままでもいいのよ」

「そうなの?」

「ええ」

 コテージの中はレンガの暖炉があり、ドルフィンが火を焚いて室内を暖めていた。ドルフィンは薪を暖炉にくべながら、ウォーターを迎えた。

「ようこそ。ウォーター君、早く温まりなさい。寒かったろう。この島には住居施設はこの村と、東の断崖にあるフローズン・ベースという基地だけだからのう」

「改めて、何から何までありがとうございます、ドルフィンさん」

 ウォーターはかしこまった。部屋を見渡すウォーター。

「どうしたの?」

 スノーがマフラーを首から取りながら聞く。

「いや、こんなコテージに住んでるなんてすごいなと思って。最初は洞窟にでも住んでるのかと思っちゃった」

「あら、失礼ね。そこまで発展途上国じゃないのよ、この島は。村には学校や病院、役所、サッカー場なんかもあるのよ」

「サッカー場?」

「この土地では今は、サッカーが評判で、子供たちが皆やってるの。リトルリーグのチームもあるのよ」

「へー」

「知ってた?」

「いや。意外だと思ったよ。そっか、すごいね」

 ウォーターの反応にさりげなく苦笑いを向けるスノー。

「平和そうでいいな。平和が一番だよ」

 スノーはウォーターのその言葉にハッとした。

そうか、南は今、紛争地帯になってるんだっけ。彼はその故郷で訓練を受けた少年兵の一人なんだった。彼は見かけは優しそうな顔をしてるけど、軍人なんだ。

スノーは少し複雑な気持ちになったが、その感情はウォーターに悟られまいと笑顔で隠した。スノーはそれでも正直だった。

「つらい?」

 まばたきの多さでウォーターは答えた。

「そうよね。つらいよね。ゴメンね、バカなこと聞いちゃった」

 謝るスノーにかぶりを振るウォーター。

「いいんだ」

 ウォーターはスノーを安心させるように笑顔を見せた。

「食事にしましょう。わたしとおじいちゃんが作るから、あなたはテーブルに座ってて」

 スノーは防寒服を脱ぐと、それをハンガーにかけて壁側に吊るした。


*       *       * 


 食事が終わると、スノーとウォーターは、暖炉の前でニムトというドイツのカードゲームを始めた。スノーが誘ったのだ。

「あれ、また私の勝ち?」

 スノーは並べたカードを集めた。

「また負けた。もうやめようよ」

 ウォーターは疲れた顔で言った。どうしてもスノーには勝てない。

「あなたが勝つまでやめない」

 そばで二人の勝負を見ていたドルフィンが笑いながら「ウォーター君はまだ一度も勝ってないのか」と茶化した。

 また最初からニムトをやりながら、ウォーターはこうつぶやく。

「ああ、早く紛争が終わるといいな」

 スノーの手が止まる。

 ドルフィンがまじめな顔をした。

「しかし、紛争が終わって母国へ帰っても何も残ってないんじゃないか?」

 ドルフィンの言葉にウォーターは表情を固めてしまう。

「そうですね。俺が帰っても待っているのは廃墟と化した町だけ」

 ようやくウォーターはニムトでスノーを負かした。カードを置くウォーター。

「どうしたらいいのか」

「わたし負けちゃった」

 スノーが少し悔しそうな顔をした。それでもウォーターの話は聞いてた。

「ここに住めば?」

「え?」

「ここは平和でしょ?」

 スノーは笑顔で言った。

 しばし、沈黙が訪れる。

スノーは立ち上がると、ヘアゴムを取り、黒い髪を下ろした。

「わたしお風呂入ってくる」

 そう言うと、バスルームの方に行った。

ドルフィンと二人だけになったウォーターは、ドルフィンの方を向いた。

考え込む素振りを見せるドルフィン。

「置いてやりたいのは山々なんだが」

「ダメなんですか?」

「うむ、村の方がちょっとな」

 ドルフィンはそれ以上、何も言わなかった。


*       *       * 


 翌日の朝/スノーとドルフィンのコテージ


 朝食のハムエッグを食べていたウォーターは、外での騒ぎに気付いた。

先に食事を済ませていたスノーが、外の様子を見ていた。

「スノー、何の騒ぎなの?」

「気にしないで」

 それでもウォーターはその騒ぎが気になった。

「ウォーター、食べ終わったらちょっとついて来て」

 ウォーターは朝食を食べ終わると、コテージのドアの陰から外の様子を見た。それは自分のことで村人たちがドルフィンと話をしている光景だった。

聞こえてきた村人たちの話では、よそ者がバーグの村に住むのは禁止だとか、村の法を破ってるとか、ドルフィンに抗議している様子だった。

「南は紛争で、彼は今、つらい立場なんだよ」と村人たちを説得しようとしているドルフィンの声も聞こえてきた。

 ウォーターは黙り込む。

そうか。自分はよそ者なんだ。この極島では。そういう扱いだったんだ。強制送還されても仕方がない。もともとここへは船に密航して来たのだから。

無言になるウォーターに声をかけるスノー。

「何してるの?ちょっと来てって言ったでしょ。早く来てよ」

「あ、うん。どっか行くの?」

 ウォーターの表情が変わる。

スノーは防寒着とマフラーを装備していて、外へ行く格好をしていた。

「釣りに行くの。一緒に来て」

「釣り?」

「そうよ。わたしスノーモービルを出してくるから、銃器庫からサブマシンガン取って来て」

「あ、ああ」

「H&KMP5A2自動小銃ね」

「オーケー」

 ウォーターは銃を取ってきた。銃なんて釣りに必要なのかと思うウォーターだった。

そして二人はスノーモービルでバーグの村から北へ七キロの釣り場へと行った。


*       *       * 


 午前中に着いた釣り場には、スノーとウォーター以外、誰もいなかった。

十五分ほど二人は釣竿を海に垂らした。

 その後、しばらくしてウォーターが話を切り出す。

「スノー」

「何?」

「俺は本当はここに住んじゃいけないんだろ?」

「え?」

 スノーはとっくに釣竿をそばに置いていた。

「聞いてたのね?」と、聞くスノー。

「ああ。村の法律で。そうなんだろ?」

 少しの沈黙のあと。

「そうよ、それがどうかした?まさか住むのをあきらめてるんじゃないでしょうね?」

 ウォーターは黙ったが、そのあと遠くの海を見ながら「そうだよ」と言った。

「ウォーター」

「ん?」

「どうしてあきらめるの?」

「え、そりゃあ」

「村の人たちが反対するから?それともここが寒いところだから?」

「それは」

 ウォーターは返事に困った。

「すぐあきらめるなんて男らしくないわ」

「あのね」

 地道に釣り糸を垂らしていたウォーターが言った。

「君だって魚が釣れないからってあきらめてるじゃないか」

 釣竿を脇に置いていたスノーを見て、ウォーターはあきれ顔をした。

「女はいいの。わがままだから」

 ウォーターはため息をついた。

「あきらめるって気があるんだったら、俺は今頃戦場にいるよ」

「紛争地帯から逃げるのは悪いことじゃないと思うけど」

「いや、悪いことさ」

 ウォーターは続けて言う。

「俺は国も土地も捨てて逃げてきた裏切り者なんだ」

「そう」

「怖かったんだ。敵側には昔からの知り合いや友達もいたんだ。だから戦えなかった。戦いは常に不条理だ。君にはわからないだろうね」

 スノーは言葉を失ったかのように聞いていた。そしてゆっくりと口を開く。

「わたしたちのこの土地、何て言うか知ってる?」

「え?」

 スノーはウォーターの目を見ながら語った。

「南の人たちはここを極島って呼んでいるけど、わたしたちは違う。わたしたちはここをホワイト・アイランドって呼んでるの」

「ホワイト・アイランド?」

「ええ。確かに寒くて何もないわ。でもわたしたちはここをとても大事にしてる」

 ウォーターはスノーの言葉を静かに聞いていた。

「ウォーター、あなたも大事にするでしょう?」

「え、ああ」

「だったら、あなたはもうここの、この島の人間よ」

 少なくともスノーはウォーターを受け入れてくれてる。それだけは救いだった。

「そっか」

「それにここは平和でしょ」

「ああ。でも平和は人の手で作り出されたものだと思うけどね」

「そうね。この島は孤立しているから何でも自分たちでやっていかなければならないわ。自警団も組織されてるしね。警備兵たちもいる。港で会ったでしょ?村の人たちよ。銃で武装してる。わたしたちもだけどね」

 スノーが少し真顔になる。

「この土地には石油も天然ガスも出なかった。ホワイト・アイランドに何もなかったのが逆に良かったのよ。誰にも狙われなくて済むから。この土地に大陸の人たちの欲しがるものはない」

「そうだね」

「だから平和なのよ。誰もよそからは来ない。だからよそ者を拒む法があるのだけれど」

「なるほどね、それでか」

「あなたは例外だけどね、密航者さん!」

 その言葉に二人は笑いあった。 

 その時、ウォーターの釣竿が引っ張られる感じがした。魚が掛かったのだ。

「引いてるぞ!」

「本当だ!すごいウォーター」

 昼になったらスノーが準備をして持ってきたランチボックスのサンドイッチを二人でつまみ、そして二人の時間はそれから夕方まで過ぎていった。



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