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ホワイト・アイランド  作者: 大熊 健
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テロリスト

        テロリスト



 どんな時代でもどんな場所でも、どこかで紛争や飢饉や疫病が発生する以上、テロリストという者は現れるものだ。彼らの多くは幼い時から苦境の中で生きていて、他人の死をその目に焼き付けながら銃という殺人の道具を手に取り、訓練を受けて組織を作っているのだ。

 彼らにとって戦闘とは虐殺に等しいものだった。銃により制圧するか、逆に殺されるか。その決断の中で先に撃ち殺すという選択を続けてきたのだ。それが彼らにとっての生きる選択だったのだからである。

 彼らは贅沢など許されていない。だからこそ人としての欲望は、異常に高かった。望んでいるものは平和や正義ではなく金。それも誰もが欲しがるほどの大金だった。特に小さい頃から貧しく育った者たちは、巨万の富をのどから手が出るほど魅力的に感じていたのだ。

 五十歳を過ぎたブロンド長髪の男、リチャード・スパルタンは北欧一のテロリストだった。彼は愛用のグロック17という拳銃を握っている以上、平和な社会など欲しがっていなかった。そこに適応出来る感情など持ち合わせていなかったからだ。スパルタンがよく夢に見ているのは、目のくらむような大金を手にし、犯罪者受け渡しのない国へ行き、どこかにあるだろうリゾート施設でリッチに毎日を遊んで暮らすということだけだった。彼が二十歳の頃から傭兵として働いていた時から、心の隅では欲におぼれた夢を見続けていた。そこにこそ、彼にとっての本当の楽園があると信じて疑わずに、戦ってきたのだ。そのためには国家や民族など、実は興味がなかった。自分の理想を考えた結果、実は連中の敵に回った方が金になると考えるようになっていったのだ。

 スパルタンが半年前、北欧で〈バイキング〉という名の組織を結成したのを国際連合が確認したのが始まりだった。具体的にはノルウェー海で海賊行為を行うというテロ行為を起こした犯人が、リチャード・スパルタン率いる〈バイキング〉だった。政府はコンテナ船を襲い、乗組員を人質に取った彼らに身代金を払ったが、結局人質もろともコンテナ船は爆破されて海に沈んでしまい、連中はその混乱の中で、どこかに行方をくらました。

 十分な資金を得た〈バイキング〉は、次なる犯罪を計画しているはずだった。しかしそれがどこをターゲットにしているかの情報は、まったく得てはいなかったのである。巧妙でずる賢く、金のためなら主義主張も関係ない、政治にも宗教もあったものではない。それが、あのテロリスト集団〈バイキング〉だった。


*       *       * 


 スパルタンとその一味は、軍隊の使うNH90中型ヘリを載せ、さらに改造された大型クルーザーでノルウェー海を北上していた。氷山の海を抜けていく真っ白な大型クルーザーは、順調に航海をしている。

船の舵を取るのは、スパルタンが古くから知る友で、優秀な部下でもある傭兵、スタートルだった。彼は軍隊経験も長く、よく訓練され、しかも有名大学を卒業しているインテリでもあった。船舶関係から密林地帯でのゲリラ戦術、破壊活動にも秀でたプロフェッショナルで、いつも迷彩服を着用しており、装備にはハンドガンであるベレッタ92Fを銃のホルスターに入れていた。

「スパルタン、今度の作戦は本当にこの人数で大丈夫なのか?」

 水平線の先を見ながらスタートルは、そばにいたスパルタンに尋ねた。

「ああ。人数は最小限でいい。それに大金が転がり込む。そしてさらに国を転覆させるだけの計画も同時にできるって寸法だ」

「転覆?」

「そうだ。うまくいけば俺たちは、今後安泰となる。夢が叶うぞ!」

「お前についていけばいいんだな?」

「当然だ。詳細はあとで船室にいる仲間たちと揃ってから話す。奴らも政治犯や脱獄囚、それに反逆罪を言い渡された連中ばかりだしな。この前受け取ったコンテナ船での身代金を今回つぎ込んでいる作戦だし、あいつらにも金が要るだろう。何としても約束した金を払ってやらねばならないからな」

「仕事が終わったら、あいつらは始末するっていう手もあるけどな。ははは。いや冗談だ」

 スタートルは言う。

 スパルタンは少し笑みを見せた。そしてかぶりを振る。

「これは我々〈バイキング〉最後の大仕事だ。全員に金を渡してそれから俺たちは解散する。みんなそれぞれ独立して、したいことをそれぞれがするといい。そのための計画だ」

「そうか。スパルタン、お前はもう戦闘はこれっきりなんだな?」

「たぶんな」

 スタートルは口元に笑みを浮かべながら、スパルタンの方を向いた。

「現在は午後六時だ。夜はもうすぐだ」

 スパルタンは腕を組み合わせて水平線を見た。

「スタートル、この辺で船を止めろ。イカリを下ろしたら下の船室に行くぞ」

「この辺でか?軍に見つからないか?」

「手早く済ませる」

「そうか、わかった」

 スタートルは大型クルーザーを減速させた。完全に海の上に止まると、イカリを下ろす。そしてスパルタンとともに船内の奥へと入った。


*       *       * 


 スパルタンの仲間は、スタートルを除くと全部で七人いた。六人が、暖房の効いた船室でポーカーを楽しんでいる。イスラエル出身の元軍人ゾーバー、ネオナチのドイツ系クアイアット、元警官の黒人ファクパー、若いが狙撃の第一人者バークスリー、日本の某宗教団体〈アオダイショウ〉の元メンバーであるハルトキ・イケブチ、南アフリカ共和国の元兵士ガル。

船室に入ってきたスパルタンは、皆に声をかけた。

「ヘッダはどうした?」

 バークスリーがガムをクチャクチャ噛みながら、大型ヘリの載ったクルーザーの後方へと続く通路のドアを指さした。

「外だ。また銃の手入れでもしてるんだろう。あいつはガン・マニアだからな」

「そうか。しかし銃の手入れは戦闘に欠かせない大事なメンテナンスだ。お前たちもヘッダを見習え」

「しかしな、スパルタン」

 クアイアットが手持ちのカードを伏せて言う。

「波の荒いこの海じゃ、遊んでる方が無難だぜ」

 スパルタンは「フン」と一言こぼすと、スタートルに命令した。

「おい、ヘッダを呼んで来い。今回の作戦を話すからと言え」

 ヘッダは首を軽く縦に振り、ドアの方へ向かう。

その時、ヘッダが自分の銃であるAK‐47アサルトライフルを手に船室に入ってきた。

「ちょうどよかった。お前を呼びに行くところだったんだ」と、スタートル。

 ヘッダは銃を壁際に置いた。

「なんだ?」

「スパルタンからここで作戦の話を聞くんだ、いいな?」

「おお、そうか。やっと極秘任務の詳細ってやつか」

 ヘッダはそう言うと、大きな鉄製の箱の横に座った。

「いい手が来てるって時に計画の発表とはな」

 トランプのカード五枚を扇状に広げていたファクパーが悪態をつき始めた。

「さっきの負け分が取り返せると思ってたのによ」

 スタートルがファクパーのカードを取り上げた。

「いい加減にしろ!そんなはした金が何だ。俺たちはこれからもっと稼ぐ仕事をやるんだからな。もうゲームは終わりだ」

 スタートルの物言いに、キレそうなファクパーは、背中からダガーナイフを取り出してスタートルの首元に刃を突き付けた。

「おや、俺はあんたらに雇われた傭兵だが、まだ金はもらっちゃいないってのに、ずいぶん上から目線で言ってくれるよなぁ。ええ、オイ?」

 すかさずスパルタンがファクパーを拳で殴り倒したうめくファクパー。。

「やめろ。下手に仲間割れはよせ。冷静になるんだファクパー」

 船室内は重い空気に包まれた。

スパルタンは九ミリ口径のハンドガン、ベレッタM92FSをホルスターから出してファクパーに銃口を向ける。

「よせ。オイ、よせよせ。ちょっとカッカ来ちまっただけだよ。やめろって」

 ファクパーは倒れた姿勢のまま両手を頭の上に上げて言った。

「金が入るんだったな。いいさ。それは最高だ。喜んで計画を聞いておこうじゃないか。だからな、よせってスパルタン」

 スパルタンは銃をしまった。

「それじゃ、さっさと立て。俺たちは極島に行くんだ」

「極島?」

 ゾーバーが眉をひそめて言う。

「あの極島か?」

「そうだ」とスパルタン。

「極島に何があるっていうんだ?あそこは何の変哲もないただの雪原に覆われているだけの大して大きくもない島だぞ」

 ハルトキ・イケブチはそう疑問を投げかけた。それでもスパルタンの表情は変わらなかった。彼の中にはこの中の誰も思いつかないような計画が入ってるんだと、その場にいる全員が思った。

「極島には以前、様々な天然資源が地下に眠っておると伝わっており、そのため鉱脈が一部、掘られているんだ。実は天然資源とは眉唾でな。しかしその鉱脈の中に一か所、メイド・イン・USAの中性子爆弾が三基、ひそかに鉱脈の閉鎖された地下トンネル内に隠してあるという情報を入手したのだ」

「中性子爆弾?なぜそんな物が極島に?」

「実は俺の部下が隠した」

 スパルタンは真顔になった。

「ドイツのテロリストがイスラエルから横流しした爆弾だ。それを俺の仲間が奪い、紛争の真っただ中で、どさくさに紛れて極島に秘密裏に運び、鉱脈の地下トンネルに隠したんだ。その仲間は極島の地図を作り、隠した場所を記した。そのあとで法外な手付金を要求してきたので、俺がそいつらを暗殺させた。だが地図は今は俺が持っている」

 一瞬、その場の空気が張り詰めた。

 ガルが沈黙を破って言った。

「それを俺たちが今度は回収しようって計画なのか?」

「そうだ。それが今回の我々の任務だ」

「ちょっと待ってくれ!」

 ゾーバーが手を挙げた。

「じゃあ、極島には秘密にされてきたその中性子爆弾があるって話だよな?」

「ああ」

 スパルタンは念を押して言う。

「極島に眠る世界でもっとも危険な宝が眠ってるってワケだ」

「じゃあ、それを手に入れて?」と、ゾーバー。

「一発はそこで爆発させる。世界核エネルギー機構はアフターマスの処理にあたる。被害措置第三項で極島は立ち入り禁止になるだろう。その混乱の中で、残りの二基は極島の地下で全部消えたと全世界には思わせるんだ。そうこうしているうちに、我々はその二基の爆弾を運び出して、一発は北ヨーロッパで爆発させ、残りの一基は金に換えるんだ。そういう計画だ」

「マジかよ」

 ファクパーがひきつった笑顔を見せた。

「それが本当だったらスゲェ話だな!」と、ゾーバー。

「これからそれをやるんだ。だから極秘任務としてこの強奪作戦をこの人数でやる計画なんだ。中性子爆弾は我々が見つけるぞ!いいな?」

 スパルタンは得意げに言った。

「待てよ」

 スタートルが手を軽く振る。

「もし極島の連中、住んでるやつらに見られたら?」

「もちろん始末するさ。何のための武装だ?当然だろう。目撃者は必ず消す。当たり前だろう」

「そうか」

「気乗りしないか?」

「いや」と、かぶりを振るスタートル。

「いいかスタートル、まずは極島の東の海辺に建ててある、通称フローズン・ベースと呼ばれている極島基地を乗っ取る。それから鉱脈を見つけ、地下トンネルに入り、爆弾を見つけるんだ。それからそこで、一基の中性子爆弾を爆発させる。爆弾には特殊なタイマーが付いていて、暗号化されているんだが、俺は大金をはたいて暗号やパスワードの情報を入手した。それで爆発で時間を稼いで、その隙にそのままヘリに残りの二基の中性子爆弾を載せて、極島をおさらばする。そのために中型のヘリを用意したんだ。わかるな?このクルーザーは囮だ」

「それで一基は爆発させるのか」

「そうだ。時間稼ぎには必要な行為だ」

 スパルタンはスタートルの肩をポンと叩いた。

「明日、極島に上陸する。それまで全員、装備の点検は済ませておけ。いいな?ミスは許されない。計画に失敗の文字は無いんだ!」

 スパルタンはそう言うと、船室を出た。

「あのリーダーは正気なのか?」

 ガルが言った。それに対してスタートルはフッと笑いながら、こう告げる。

「あの男については奇人、変人、サイコ野郎。すべてが誉め言葉なんだよ」と。




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