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ホワイト・アイランド  作者: 大熊 健
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第一部 出会い

        第一部


        出会い


 

 「極島」と呼ばれる大きな島が、はるか北の海に浮いている。その島は氷山の群れに囲まれ、マイナス三十度の真っ白な世界に存在していた。その島の南の方へ行くと、整備された小さな港があり、巨大な倉庫がいくつも建てられていた。島で唯一の港だった。港は日々、氷点下のせいで凍り付いていて、いつも海水から汲み上げた潮の混じった水を、ジェット・ホースを使って、そこら中の凍った部分を溶かすため、防寒服に身を包んだ四~五人の男たちが、手袋をして作業をしていた。彼らは「極島」の警備兵たちだった。

 巨大な倉庫は冷凍倉庫であり、その中から凍った木箱を担いで外に出している白ひげの老けた男と、別の荷物を運ぶ口ひげの黒い男がいた。白ひげの老いた男の名はドルフィン・リンクスで、荷物の管理をすべて引き受けた長だった。黒い口ひげの男はハンター・ラーバン。ドルフィンと一緒に仕事をしている中でも一番付き合いの長い男だった。

 他にこの「極島」の警備兵たちが、二人の仕事を手伝っていた。全員スノーモービルで六キロ離れたバーグの村から来ていて、あちこちに彼らの乗ってきたスノーモービルが止めてあった。港に来ていた全員がH&KMP5A2自動小銃を肩に下げていた。一人を除いて。

 ドルフィンのスノーモービルの横に止めてあった自分用の黒いスノーモービルに腰かけていたのは、「極島」の中でも若い、成人をもうすぐ迎えようとしていた少女、スノー・リンクスだった。黒い髪を一つ結びにしている彼女だけは、防寒着と赤いマフラーと黒の手袋以外着用しておらず、特に何も武装してはいなかった。それに彼女はただ、ドルフィンたちの用についてきただけであった。男たちの作業を横目で見ながら、ブラウンココアの入ったコップを口に当てて温まっていた。

 スノーは、南の水平線を見た。一隻の貨物船がやってくるのが見えた。すかさずスノーは作業中のドルフィンに声をかけた。

「おじいちゃん、船が来たよ」

 荷物の整理をしながらドルフィンは水平線に浮かぶ南からの貨物船に目をやった。

「お、もうそんな時間か」

 横で運んでいた荷物を木箱の上に重ねたハンターは、ドルフィンに声をかけた。

「ドルフィン、こっちの整理はこれで終わりだ」

「よし」

 ドルフィンはうなづく。そして他の警備兵たちにも呼び掛けた。

「船が到着する。みんな各自、出迎えよう」

 警備兵たちはジェットホースを片付け、ドックでドルフィンたちと船を待った。

 

*       *       *

 

 十五分後、中型の貨物船がドックに着いた。南の大地から来たのだ。船の名前も「サウス・カントリー」と書かれていた。汽笛を鳴らして船のイカリが海底めがけてガラガラガラと落ちていく。

 船のタラップが大きな機械音とともにドックの上に降りていった。ゴウンという音で、船とドックがタラップを経由してつながる。タラップの階段を、船員たちが荷物を担ぎながらどんどん降りていく。

 ドルフィンは降りてきた船員たちに挨拶をした。

「一か月ぶりか?よく来たな」

 船員のリーダーが荷物を置いて、返事をした。

「ああ。ようやく船が出せたよ」

「大変だったか?」

「当然さ。海上封鎖がやっと一時的に解除されたんだ。何せ、まだ紛争が終わってなくてね。次は来れるのが二十日後くらいになりそうだ」

「そうか」

「それじゃあ、こっちの荷物だ。干し肉三百キログラムに野菜が三十箱、オイルが三千リットル」

 ドルフィンは送られてきた荷物を目で確認した。そして軽くうなづくと、倉庫から出していた荷物を手で指した。

「うむ。ではこちらはクマの毛皮が十五頭分、魚の塩漬けが五十箱。クジラの油が千リットル」

この「極島」はこうして南との貿易で生計を立てていた。

 ドルフィンたちはお互いの荷物を交換して倉庫に運び込んだ。荷物の整理は二十分ほどで終わった。仕事が片付くと、ドルフィンはポケットから煙草を出して、火をつけた。

「まだ南では争いが続いているようだな。いつ終わることやら」

 煙草を口にくわえたまま、ドルフィンは言った。

「まだうちには戦火は来てないがな」

 そう言うと、ため息をつく船員たち。

「今の政府は何も考えておらん。政府自体がくだらない存在になっている」

 そのうち、ハンターも会話に加わった。

「何でもかんでも弱体化してしまって手が付けられんだろう?」

「まあな。せめて平和に暮らしているところまで被害が来ないよう願うだけだ」

 ドルフィンもその言葉にうなづいた。

「要するに民族ではなく国家の問題なんだよ。実際、国民は何も知らされない。そういう風になってるんだ」

 横にいるハンターが怒りを表情に浮かべた。目で語る猟犬のようだった。

「汚いのは政府だけじゃないんだ。南には俺の親族もいるが、彼らも安心して眠ることができないでいる。金さえ積めば何でもできる時代だしな。金をもらった企業も政府の言いなりになっている」

 そして船員のリーダーが力強く吠えた。

「俺にも妻子がいるんだ。紛争ですべてを失うなんて、そんなことあってたまるか」

「当然だよ。無駄死になどできないさ」

 煙草を吸い終わったドルフィンは、腕を組みながら言う。

「儂にも可愛い孫がいるしな。一人残った唯一の肉親だ」

「ドルフィン、あんた孫がいるのか?」

 と、船員のリーダー。

「もちろん。おーい、スノー」

 ドルフィンは大声で、スノーモービルに腰を掛けている孫娘の名を叫んだ。

「スノー、こっちへおいで」

 少女は、巨大冷凍倉庫に荷物を運び入れている警備兵たちの間を縫うようにスタスタとドルフィンの所まで歩いてきた。

「スノー。皆に挨拶しなさい」

 スノーは首に巻いた赤いマフラーを手でめくって口元を出した。

「GUTEN TAG.ICH BIN SNOW RINKS.」

 スノーは流暢なドイツ語で挨拶した。「極島」は昔はドイツ領だったため、その名残りでドイツ語を使ったのだ。若い人にはこの洒落っ気が分かるが、大人にはそれがよく分かってなかった。それでも船員のリーダーは笑って答えた。

「いい娘じゃないか。ドルフィンにこんなお孫さんがいたとはね」

「どういう意味だ?この子は今日、初めて港についてきたんだよ。まぁ、見学させるには良い時期かもと思ってな」

「そうか。お、そろそろ行かなくてはな。またな、ドルフィン」

「ああ。それじゃな。幸運を」

「大丈夫。撃沈されたりはしないよ。ちゃんと帰れる」

「それじゃあ、予定が立てれば二十日後に」

「そうだな」

「体には気をつけてな」

「あんたの方こそ、ドルフィン」

 貨物船は、タラップをしまい、イカリを上げると動き出し、ドックを離れた。

 南へと遠くに去っていく貨物船。

 

*       *       * 


 見送る船をあとにしたスノーは、ふと無造作に置かれていた、最後の荷物である大きな木箱に気づいて、近寄った。

何かこの箱は様子がおかしい。荷物が入ってるようには見えない。それに何だか箱が少しカタカタと揺れているようだった。

「おじいちゃん!」

 スノーは奇妙な木箱を指さした。

「どうした、スノー?」

「みてこの箱。なんだか動いてるよ」

「なんだと?」

 スノーの元にドルフィンやハンター、他の警備兵たちも集まってきた。箱はまだ揺れている。

 ハンターがスノーを箱からどけた。

「本当に動いている。おかしいぞ。何だこりゃ?」

 ドルフィンが皆に合図した。

 ハンターや警備兵たちが肩に下げていたH&KMP5A2自動小銃を木箱に向けて構えた。

 突然、木箱のふたがはじけ飛んだ。そして一人の少年の上半身があらわになった。

「わっ、何だこいつ?」

 少年は思いっきり息を吸った。

「あれ、ここは?」

 少年はあたりを見回した。

「どこに着いたんだ?」

 

*       *       * 


 温かいブラウンココアが入ったコップで手を温め、毛布をかぶせられて雪の積もる「極島」の大地に腰を下ろした少年は、事の顛末を皆に説明した。

 ドルフィンは納得した。

「なるほどな。君は南の戦火から逃れるために、貨物船に隠れて密航したのだな」

「はい。僕は南では小さいころから軍に入って、今も紛争が続いている大陸の元兵士だったんです。でも両親を失って身寄りもなく、何のために戦ってるのか分からなくなって」

「そうか。脱走兵なんだな。歳は?」

「十八です」と言う少年。

「もう戦うのは嫌なんです」

「う~む」

「どうせ身寄りはもういないんだし、どこへ逃げてもよかったんだけど、失敗したな」

 スノーが口を挟んだ。

「ここに何か不満があるの?」

「ああ。寒い!」

「寒いの苦手なの?」

「マイナス気温の雪国に来るとは思わなかったんだ」

 確かにこの「極島」は、見渡す限り雪原地帯で、雪と氷だけの世界だった。

 ドルフィンが少し空を見上げた。そして言う。

「君、名前は?」

「ウォーター。ウォーター・ソールトです」

「ウォーター君。とりあえず我々の村に来なさい。この土地で野宿したら、それこそ冷凍食品のようになってしまうからな」

 その言葉にハンターや他の警備兵たちは、少しざわついた。それをたしなめるドルフィン。

 ウォーターはコップに入っていたブラウンココアを飲み干すと、頭を下げる。

「どうも。本当に恩にきます」

「ハンター、荷物はもう全部倉庫に入れ終わったのか?」

「ああ」

 ハンターはそう言うと、置いてあるスノーモービルにまたがった。

 他の連中も皆、スノーモービルに乗った。

「スノー。お前の後ろに彼を乗っけてやれ」

 スノーは黒いスノーモービルに乗った。

「ウォーター、後ろに乗って」

「君が運転するのかい?」

「そうよ。村に帰るの。あなたを連れてね」

「ありがとう」

「わたしはスノー。スノー・リンクス。あなたより一つ年上ね」

 ウォーターはスノーの後ろにまたがった。

「そうなんだ」

「じゃあ、日が暮れないうちに飛ばしていくからね」

「え?」

 雪の上を、六台のスノーモービルが走っていった。

 ウォーターはその速すぎるスピードに慣れなかった。

「うわぁ・・・。もっと、速度を落としてくれぇ!」

 その声はスノーに届かず、スピードが減速することはなかった。


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