欲望の渦
ブリリアント王国のエリザベート王女は聖国からの使者を迎えていた
もちろん彼女の協力者である南の教主からの使者だ
王女は召喚した者たちについて話し合わなければならない事がいくつかあった
彼らを本当の勇者にする為には、試練を受けてもらわねばならない
当初の予定よりだいぶ早いが、そろそろ挑戦させても良いのでは?という話だ
もし大怪我をしても、今代の聖女なら上級の聖魔法を扱える為、再生可能
盲目故に貰い手の選択も難航しているし、魔力を使いすぎて壊れたとしても問題ない
しかも聖女は春で引退
タイミングが良かった
聖国には今代の聖女をよく思ってない派閥がある
南の教主はその筆頭
男尊女卑を絵に描いたような性格なのだ
聖国も教会も聖女も自分の様な清く正しい男が統制すべき、と思っている
いや、盲目に思い込んでいるといった方がいい
聖女を決めるのは女神様からの『声』なのだが、姫巫女を掌握してさえいればある程度は操作できる
まさか姫巫女以外から名指しで指名されるなど前代未聞
寝耳に水
女神様の声が聞こえない聖職者には到底信じる事が出来なかった
故に不満が溜まっているのだ
聖女の事はさておき、召喚者達に大事なのは試練に挑む事であり、勇者の存在を知らしめる事
成功するかどうかは二の次
この申し入れは王女にとって、とても都合が良かった
自国の貴族や隣国から勇者が現れたのならお披露目をするべきだ、複数いるならこちらにも回せ、などと書状が来ている
当然派遣するなら巻き込まれた者達だ
しかしそれらも中々の有能だったので手放すのは惜しい
王子と王女で1人づつしか紐付けできてない今の状況で、各地を巡らせるなどできるわけがない
だが聖国ならば今後も必ず行かねばならないし、隣国も口出しできない
貴族たちも黙らせることができる
当初は1年から1年半は指導、強化に当て、囁きの樹海攻略に挑み、2年後に聖国に向かわせる予定だったのだが、樹海の攻略が思いの外早く進んだのと、勇者達のレベルが想像以上に早く上がったので許可する事となった
ライデン将軍は時期早々だと反対していたが、囁きの樹海の残党狩りを言いつけているので今はいない
聖国行きには王子を引率させ、王女も後から合流する予定にして話は勧められた
以前の王女からは考えられなかったが、囁きの樹海から齎される恩恵により、彼女にも心のゆとりができていた
彼女は両親である国王とは違い、賢く残忍で狡猾だ
自分の置かれている状況をよく理解し、把握していた
素材や魔石を売買したお金で、年末には炊き出しや治療を行い民衆の反発を和らげ、慈悲深い王女様を演出し、支持を得ている
王女自身は民など自分の駒としか思ってないし、餓死したところで何の罪悪感もわかない
そういった演出は懐疑的だった者達の目を欺く為には、多少必要だと感じたから行っただけだ
もちろん王子も同じように、討伐の前線に立ち兵を率いてパフォーマンスをして支持を得ている
王子の場合は勇者達の監視もあるのだが、常識的に考えて王位継承者がする事ではない
彼の場合は本人の性格によるところも大きい
しかしブリリアント王国には、囁きの樹海攻略しエルフを捕獲、奴隷とするという目的があった
ライデン将軍が指揮していたなら人権や道徳的観点から『奴隷』という選択肢は最小限に留まり、同じような利益は望めなかっただろう
奴隷を得たことによって出た利益で異世界人達の装備を整え、聖国に送り出す事によって王家の威厳を保つと共に近隣諸国への牽制とする事ができた
これらのこと全てを行なったとて、今回得た恩恵に比べれば微々たる物だった
(やはり彼らは金の卵。危ない橋を渡ってでも得るものは大きかったですわね。)
何故こんな事になったのか
それぞれの思惑と、それぞれの希望的観測、そして利益が複雑に絡み合い、着地点がどんどんずれていった
その結果、異世界人8人は欲望の渦の中に取り残されてしまった
進んで道を外す者、見極めようとする者、ただ怯える者、楽観視する者と様々だが、彼らは台風の目の中にいて現状を正確に把握している者はいなかった
年末から巷にはちらほら勇者の噂が出るようになっていた
聖国からの使者が頻繁にブリリアント王国に訪れており、年が明けてからはより詳しく地名や人柄などの情報が出回る様になり、人々に希望を与えた
希望が高まれば高まるほど、個人に重くのしかかる
新年のお祭りムードが落ち着いてきた頃、ブリリアント王国から聖国に向けての大掛かりな移動があった
勇者一行の聖国訪問である