とある貴族のつぶやき
今回のデヒィタントの注目を攫ったのはなんとサンティーニ伯爵令嬢
ビスチェやオフショルダーの様なデコルテを開け、胸元を強調し、スカートはフリルをふんだんに使った薔薇の様なプリンセスラインのドレスが主流の中、彼女のドレスは流行に乗ったとは言い難いものであった
そう、彼女の姿は全くの真逆
まるで妖精、可憐な菫
なんとも庇護欲をそそられる出で立ちであろうか
首元のチョーカーからビスチェまで伸びるレースが、さりげなく胸元を隠しある
レースから透けるデコルテが艶っぽい
細い腰から伸びるAラインのスカートは淡い紫色の薄い布が幾重にも重なりあい、レースに散りばめられた宝石が慎ましく輝いていた
ハーフアップに結い上げた髪を彩る飾りの細工も素晴らしく、まるで生花をあしらった様
緩く巻いた髪間から見える細っそりした白い背中が美しい
彼女が歩く度に腰元のリボンが揺れて、清涼感のあるシャボンの香りが漂う
皆の目が釘付けだった
確かに大輪の薔薇の様なご令嬢も美しいと思う
しかしキツ過ぎる香油のや化粧の香り、フリルのドレスを苦手とする男は少なくない
花は自らの手で咲かせたいと思うのが男心というものだ
少女が大人へのかいだんを登り、女になる最後の一段に足を延ばす
それをエスコートしたいと思わない男はいないだろう
隣に父親がいなかったらすぐにでも手を差し伸べて、ダンスに誘いたい
そうでもしないと可憐な菫はすぐに摘み取られてしまうだろう
肉親にエスコートされているということは、まだ婚約者がいないということなのだから
エスコートするサンティーニ伯の勝ち誇った様な顔がなんとも言えないが、今回のデヒィタントの主役は間違いなく彼女であった
また、春に行われたカーティス伯爵家とキンベル子爵家の結婚披露宴でも同じようなラインのドレスが使われた
招待されたご令嬢方のドレスの仕立ては間に合わなかったようで、花嫁と伯爵令嬢の存在感を際立たせた
その時のウエディングドレスは、花嫁をより美しくそして可憐に引き立てた事も相まって、華美な装飾とフリルをふんだんに使ったドレスのブームは急激に終息を迎えたんだ
花婿の溺愛ぶりに招待客も苦笑いするほどだったが、仲睦まじい新婚夫婦に祝福の言葉が絶えなかった
その後伯爵令嬢がどうなったか?
従姉妹の結婚式に来ていた、花婿の友人のフローレンス公爵のご子息に見初められたんだ
勿論、相思相愛で婚約が決まった
なんでもレビュタントの時の妖精に会うために、結婚式前にわざわざ足を運んで、友人である伯爵に紹介するよう頼んだんだと
彼は女っ気のない男だった
彼の領地は国境に面しており、守備の要である領地を治めている
先祖は王家の血筋を引いており、戦で功績を挙げて賜った土地て、交易も盛んだ
彼自身も軍に所属し、有事の時は兵を率いて戦闘に繰り出す
学生の頃から噂の絶えない男であった
剣は勿論のこと魔法の腕も素晴らしく、挙げた武功は数知れず
艶やかな黒髪にアメジストの様に深い紫色の切れ長の瞳
精悍な顔立ちの美青年
紫炎の貴公子
そして将来は公爵
群がるのは貴族のご令嬢だけではなかった
袖にした女は数知れず
群がる女達を淡々と、バッサリ切って行く様子に、仲間内からは動く鎧などとからかわれたが、本人は気にしてなかった
女など、ピーチクパーチク五月蝿いだけだし、あのむせる様な化粧の匂いも気持ちが悪い
面倒なだけだ
親戚筋から養子でもとって継がせれはいい
自分は軍人として生活する
そんな事を言っていた彼が絆されるなんて誰が想像できただろうか?
フローレンス公爵は大層喜んだだろう
世捨て人の様な息子が、可愛らしい娘を連れて挨拶に帰って来たのだから
まぁタダで、っという訳ではなかった様だ
公爵の爵位を継ぐ事を条件に婚姻を許可した
あれだけ嫌がっていたのに、案外すんなりと爵位を継いだのは笑えた
恋とは斯も恐ろしいものだ
サンティーニ伯爵は娘を取られることに最後まで反対した
だけど、結婚自体が嫌だっただけで、彼が嫌だったわけじゃない
男親なんてそんなもんだろう?
娘はまだ他所にやりたくないがグズグズしてると、悪い虫がどんどん寄ってくる
筆頭は皇帝の第3子
側室の子は皇子とは言わず、王子となる
王の子というだけで王位継承権はない
大きな声では言えないが、あれはダメだ
女にだらしなく、権力を振りかざす頭のおかしなヤツ
話が通じない
皇后との2人の皇子が優秀なので悪目立ちしてしまっている
皇太子は凄く頭の良い方で魔法もトップクラスの実力
剣もそこそこいけるらしい
第2皇子は兄を盲目に尊敬している
第2皇子は剣の腕は確かだが、魔法はからっきし
まぁ、俺とは真逆だな
学生時代の俺達は、第2皇子、フローレンス、カーティスの4人でやりたい放題だったから人のこととやかく言えたもんじゃないがな
まぁ若気の至りってやつだ
そんな事もあって彼女らのドレスを仕上げたテーラーの人気は今や飛ぶ鳥を落とす勢い
だが、そこのテーラーのオーナーは少々変わったお人の様だ
貴族階級に関わらず、先着順の完全予約制
流行り物を売りつけたりせずに、デザインもその人に似合うものを提案している
店舗も大きく出来るだろうに、未だに同じところで同じように商売を続けている
常連を大切にする良い店なのだろう
帝都に訪れたら一度寄ってみると良い
そこのハンカチをプレゼントされると、幸せが訪れるというよ?
幸せを呼ぶ仕立て屋
蕾の仕立て屋へ