とあるご令嬢のつぶやき
彼の方を拝見したのは社交シーズンの終わり頃
彼の方のことは鮮明に覚えておりますの
それ程衝撃的な出会いでしたので…
私が王都のキンベル子爵家を訪ねた時のことにございます
キンベル子爵家は母方の実家で、母のお兄様が後を継いでおられます
その令嬢である従姉妹は歳が近いこともあり親しくさせて頂いており、お姉さまとお呼びしております
お姉さまは勿論ご婚約されており、結婚式ももう間も無く
お相手はカーティス伯爵様
大変頭の良い方で、王都の官僚をされております
それはそれは仲睦まじく、大変羨ましい限りでございます
貴族でございますので、小さい頃から婚約者がいる方が大半でございます
しかし私にはまだ婚約者はおりません
一応これでも伯爵の娘
候補はある様ですが、お父様は決めかねておられる様です
お父様は末娘である私の事をとても大切にしてくださってます
兄が2人おりますが、年が離れていますので、お父様と同じく少し過保護なところがございます
私はお嫁に行けるのでしょうか?
少し心配です
私もお姉さまの様に素敵な殿方に見初められたいものでございます
式の準備でお忙しいお姉さまのもとを訪ねたのは、私のデビュタントが控えているからなのです
成人を迎える貴族の子供は、新年のご挨拶を皇帝陛下から賜り、社交界にデビューいたします
一生に一度の晴れ舞台
失敗したくありません
お父様やお兄様達は何を着ても、可愛いとしか仰いませんのであてにはできません
お母様も協力してくださいますが、自分で決めないといけないことが多々あるのです
ドレスの色やデザイン、靴、手袋、髪型、メイク、アクセサリーその他諸々
流行りを取り入れているか?
他のご令嬢と被りはないか?
考えることは山ほどございます
情報収集も自力の内
うまく立ち回らねばなりません
今回は王族のレビュタントと重ならなかった事は幸いでした
しかし、私はお姉さまの結婚披露宴のため、もう1着ドレスを準備しなければなりません
花嫁のドレスは白と決まっております
純白は尊きお色
女神様のお色ですので、衣服に使う事はございません
許されているのは聖女様、大司教様、花嫁、新生児
それでも全てが白というわけではございません
リボンや刺繍に色を入れて、女神様に敬意と尊敬の意を示します
マリーメイドを務めます私は、ウエディングドレスのリボンや刺繍に使われた色と同じドレスを着用しますので、色は決まっております
お姉さまの瞳、榛色に合わせたライムグリーンでございます
春の式に合わせて可愛らしいデザインに仕上げて頂く予定です
勿論、主役は花嫁ですので、華美になり過ぎない清楚な装いで
今シーズンは濃い色が主流ですが、花嫁衣装なので流行はデザインで取り入れようかというお話です
お姉さまも準備でナーバスになっておりますので、中々決定致しません
マリッジブルーというものでございましょう
男性はこの様な細々とした結婚式の準備を手伝ってはくれないものだそうです
そろそろ期限がございますので、早く決めないといけないんですが、決定打に欠けておりました
と、言いますのも流行のデザインがデコルテをしっかり見せ、フリルをふんだんに使ったプリンセスラインだからでございます
正直に申し上げます
私達には似合いません
我が一族の女性はよく言えば華奢…
はっきり申し上げますと、貧相な体つきでございます
私もお姉さまも全くないわけではございません
それなりです
ですが、悲しいことに豊満とは程遠いのでございます
お互いため息が続いておりました
なので、気分転換に食事に出かけようと言うことになったのでございます
たまに訪れるこちらのお店は帝都でも有名で。いつ来ても素晴らしい料理で楽しませてくれます
急でしたので、半個室しか取れませんでしたが、皆様の様子を観察して、ドレスのイメージを膨らましょう
そんな気持ちで向かいました
そこで運命的に出会ってしまったのです
なんと美しい人だろうと
思わずため息が出てしまいました
あの様に美しく、紳士的な方にエスコートされるなんて、なんて羨ましい
嫉妬のこもった目をしてしまいました
お連れの女性に目が向いた時、頭が真っ白になりました
あまりの美しさに息をするのを忘れてしまったのです
じろじろ見るなんてはしたない、とお思いになられるかもしれませんが、視線が外せませんでした
見たことのない程の、まるで天上から降り立った様な美少女でした
私の拙い語彙力では表せる言葉かございません
嗚呼!
なんと美しい人でしょう
なんと美しいご家族でしょう
彼の方の事を知りたい
あのドレスはどこのテーラーでしょうか?
お話できないでしょうか?
お声をかけたらご迷惑でしょうか?
意を決して副支配人にお願いしましたが、どうやら他国の尊いご身分の方だった様です
お会いすることは叶いませんでした
残念です
とても残念でなりません
しかし天使様は私にハンカチをくださいました
なんでお分かりになったのでしょう?
その時は疑問でしたが今は全く気にしておりません
彼の方は本当に天使様だったのでしょう
だって、私に幸せを齎して下さいましたもの
彼の方のお陰で私の幸せがある
いつかまたお会いできたら
お礼を言いたいのです
ありがとうございます、と
そしてこのハンカチをお返ししたいです