勇気の姫巫女
勇気の姫巫女ケイリーはイライラしている
「私があんな男に負けるなんて!!」
荒れていると言った方がいいかもしれない
叶に言い負かされて悔しかった彼女は、聖騎士の訓練所で、勝負を挑んだのだ
ちょっと手合わせして、実力の差をわからせてやるつもりだった
勇者の卵だか何だかんだ知らないが、所詮はレベル5程度
自分に勝てるわけがない、と
ケイリーの力量に驚嘆し、謝罪して、教えを請うことになるだろう、と
だが結果は燦々たるものだった
初太刀を躱され、2、3撃ち合った後、気づいたら叶が目の前から消えていた
ケイリーの木剣は宙を舞い叶の手元に収まっていた
「女性相手に、撃ち込むのは如何なものかと思いましたので。」
そう言ってケイリーの剣を返して来たのだ
何をされたのかわからなかったが、手が痺れていた
差し出された木剣を見て、怒りと羞恥に震えた
「スキルを使ったに違いない!」
不正を正したかったが、大司教が叶を連れて行ってしまったのでできなかった
大勢の前で恥をかかされたせいで、彼女は冷静さを欠いていたが、叶とケイリーの実力の差は明白なものであった
大司教はこれ以上話が進むと、ケイリーに良くないと判断し、止めたのであって、決して叶を贔屓したわけではなかった
ケイリーは確かに剣術も優れていたし、強かったが所詮は巫女の中でのこと
聖騎士達も姫巫女に怪我をさせる訳にはいかず、本気を出す事はなかった
だから彼女は自分の力量を正確には知らなかった
彼女は自分は人一倍努力していると思っている
自分の力はトップクラスだと思っている
だから努力もせずに欲しい物を手に入れた者が許せない
なぜこんなにも不平等なのか?!
ここにいる誰よりも努力している自分は、当然報われるべきではないのか?!
「クソがぁー!!」
ケイリーは行き場の無い怒りを練習用の巻藁にぶつけて叩き斬った
***
ケイリーは聖女が他国を訪問した際に拾われた孤児だ
彼女の生まれた国は小さな貧しい国で、主な産業もなく、常に隣国との小競り合いが続いていた
父親は戦争に駆り出され、母親も朝から晩までずっと働かされていた
そうでもしないと食べていけなかった
戦争に負けて、父親は帰ってこなくなった
元々帰って来ても酒を飲むか、母親に暴力を振るうかしかしない父親だったので、悲しくは無かった
罪が裁かれたのだと子供ながらに思った
それからは母親と兄と国を出て、スラムを転々とした
母親はスラムで男と恋仲になった
そしてある日、自分だけを孤児院に置いて何処かへ行ってしまったのだ
確かに兄のように生活を支えられる訳ではないし、新しくできた幼い妹の様に可愛いわけではない
自分だけ捨てられたのだ
自分は何のために生きているかわからなかった
孤児院で他の孤児にいじめられて過ごす日々だった
世界を呪った
そんな時、聖女様御一行が街を通るという噂を聞いた
9歳になったばかりの頃だった
聖女とやらの顔を見てみたかった
どおせ贅沢をして、我儘で、高慢ちきな女だろうから笑ってやろう、と
自分と変わらないくらいの少女だった
女神様の様な美しい少女だったが目が、見えないという事だった
ケイリーは目が見えないことを可哀想だと思った
すると不思議なことに目が合ったのだ
目を閉じているはずの少女と
そしてその少女は自分を選んだ
自分は選ばれたのだ
この為にここへ来たのだ!
周りの羨望の眼差し!
有頂天だった
見たことない様な豪華な馬車に乗せられて、聖国へと連れていかれた
だが聖女様には会えなかった
東の街の教会で過ごすことになったから
何故だかわからなかった
聖女様に選ばれたのに?
何度も教会を抜け出して、リアムを訪れては連れ戻された
中に入っていいのは巫女と聖騎士だけだと言われ憤慨した
自分は聖女様に選ばれたのに、何故この人たちは意地悪をするのか?
白い服を着た女の子達は入れるのに何故自分は入れないのか?
訳がわからなかった
優しい誰かが中級の聖魔法が使えるようになったら入れてくれると約束してくれた
寝る間も惜しんで頑張った
だか、ようやく巫女になってみたら、更に雲の上の存在だと思い知らされただけだった
巫女になって、中に入れただけで会えるわけではなかったのだ
周りはみんな選ばれた自分を妬んで、嫌なことを言ってくる奴らばかりだった
みんな選ばれた、みんな同じ、貴方だけが特別ではない、みんな平等に愛されている
反吐がでる
儀式の度に姫巫女に選ばれていく者を見ては絶望感に襲われた
確かに彼女は人並み以上の天賦の才があった
何も無い状態から僅か半年で、聖属性の魔法を中級まで習得したのだから
努力も1つの才能だ
しかも子供の足で東の街からリアムまで走り抜く脚力と胆力も持ち合わせていた
周囲は彼女にとても期待していた
だからこそ自惚れない様に、敬虔な信者である様に諫めたが、全てが裏目に出てしまっていた
彼女の考えはどんどん歪み、他者の意見を寄せ付けなかった
そしてついに、この春ケイリーは姫巫女に選ばれたのである
彼女の選民思想は昂りすぎて振り切れてしまっていた
やっと
やっと自分が選ばれた
やっと見つけてもらえた
感動で打ち震えた
聖女様!
やっとお会いできた!
ケイリーです!!
あの時貴方に拾われた孤児です!
貴方の為にここまで努力したのです!
周りの失笑などもう気にならなかった
ケイリーは目的を達成したのだ
だが、聖女の反応はケイリーが思っていたものではなかった
女神様の為に皆で共に精進しましょう、と微笑む少女は、ケイリーのことを覚えているのかも定かではなかった
それもそうだろう
教会は常にケイリーの様に聖魔法の適正がある子供を引き取っているのだから
彼女が引き取られたのも、帝都にいる王族の娘を迎えに行く帰りに、立ち寄った所でたまたま目に留まっただけなのだから
いや、まだ自分は聖女様の役に立ってはいない
聖女様は目が見えないから自分の姿がわからないのだ
きっとそうに違いない
あの時はろくに話もしていないし、声も変わっている
わからなくて当然だ
そのうちゆっくり話す機会があれば思い出すはずだ
姫巫女の中で1番頼りになる、活躍する存在であるケイリーは聖女様が探し出してくれた、あの孤児です!っと
その時の驚く顔が見てみたい
周りはその時、嘸かし悔しがるのだろう
そう思っていた
ケイリーが姫巫女になって間もない
次は初めての正式な遠征だったのに
何て間が悪い
自分という存在を脅かす勇者達が邪魔で堪らなかった
彼女がもっと他者に興味を持てば
他者の努力を見つけることができれば
気づいただろう
自分だけが苦しいわけじゃない
自分だけが努力している訳じゃない
勇者の存在によって、ケイリーの努力の方向が別のものに変わってしまった
辛うじて保たれていたものがハラハラと崩れて始めた