知恵の姫巫女
知恵の姫巫女イネスは転生者である
いつ頃からだったろうか?
小さい頃のイネスは、自分がもう1人いるような感覚があり、違和感を覚えることが多かった
知らない言葉を話せたり、教えられてもいない計算がスラスラ解けたり
何故か知っている
小国の下級貴族だった両親は才能溢れる自分達の娘に大変喜んだ
これだけ優秀な娘なのだ
今より良い身分に嫁がせる事ができる
だが、器量の良い妹が生まれてからは、それも次第に薄れて段々と気味悪がった
7歳の頃、聖魔法の才能があると分かると直ぐに教会に入れられた
都合のいい厄介払いだろう
初めて聖魔法が使えた日、フラッシュバックの様に思い出した事がある
自分は日本という国に生まれ育ち、看護師をしていた事
毎日の様にヘリに乗り、救命活動をしていた事
最後の記憶は大震災
天地がひっくり返る様な揺れだったのをなんとなくだが覚えている
多分、自分はそれで死んだのだろう
家族も
湧き上がる様な感情はなかった
生まれ変わったからだろうか?
悲しくはなかったが、たまにホームシックなのか懐かしく思う事がある
そんな時は教会にあったパイプオルガンを弾いてた
イネスは誰かに教わったことは無い
でも指が勝手に動いた
音を奏で、賛美歌を歌い、学び、時に人を癒し
そうやって、日々を穏やかに過ごせていたので、それなりに満足していた
9歳になり中級の聖魔法を使えるようになると周りの環境がガラリと変わった
聖国に行く
暖かい日々が終わりを告げたのだと初めて絶望した
両親は見たことがないくらい喜んだ
巫女を出す事はとても名誉な事で、イネスの生まれた国では国王から褒賞が与えられるのだ
教会には聖国から支度金が送られる
神官もシスターもとてもお喜びになった
シスターは巫女を18歳まで勤めた後、各地を転々と周り、神官と一緒になった
そしてこの地で教会と孤児院をしながら暮らしている
聖国からの支援金だけでは孤児院の経営は大変だ
なのに支度金の殆どをイネスに持たせてくれた
嬉しかった
支度金に喜んでいたのではなく、純粋にイネスが選ばれた事を誇ってくれた事が
通常ならば半分を教会が納め、残りをイネスと家族で分ける
両親には感謝していた
この教会を選んだ事、この教会に入れてくれた事
厄介払いだったとしても
だがらイネスは両親に感謝の気持ちと僅かばかりの金銭を渡し、聖国に帰化する事、出家する事を告げた
両親は激怒し、全ての支度金を持って来いと言った
その中から自分達が旅費を工面すると
だがイネスは支度金は聖国までの旅費である事
もし旅費を出し渋り、護衛を雇わずに出発し、途中で野盗や魔獣に襲われたり、貞操の喪失があると大変不名誉で、虚偽の疑いをかけられて、自国だけでなく聖国からも罰せられる事
それを自分では無く両親が準備するのであれば、責任は両親が取らなければならない事
もしもの時のために家との縁を切る事を許可して欲しい
自分は中級位なら直ぐに覚えられると思っていたけど、習得できたのは結局9歳で、ギリギリだった
姫巫女になれる様な才能は無いだろう
18歳まで無事勤める事が出来たならそのまま聖国に骨を埋める
そう言って両親を納得させた
責任問題を説明した時の両親は狼狽し、顔はみるみる青ざめて傑作だった
イネスは笑いを堪えるのに必死だった
両親は知らなかったのだ
聖国からの支度金の取り分が、通常通り4分の1だったとしても、自国の王からの褒賞より遥かに多い事を
巫女の元には聖国から迎えが来る事を
神官とシスターには、両親は国王からの褒賞を全て渡したのでそれで良いと言ってくれた、と言い支度金の殆どを納めた
お世話になった育ての親に、共に過ごした姉妹達に感謝の気持ちを込めて
そのお金があれば、色々な施設の補修をしたとしても、数年はとても良い暮らしが出来る
慎ましく暮らせば数倍は持つだろう
イリスは今、全て新しい服に包まれている
シスターが仕立ててくれたのだ
支度金と言っても金銭だけで無く、布や糸、紙、装飾品など様々ある
その中から1番上等な布を使い下着やブラウスなどの普段着まで
まさか1番上等な布の殆どをイネスの身の回りの物に使うとは思わなかったがとても嬉しかった
姉妹達は小物に綺麗な糸で刺繍を入れてくれた
シスターは笑って、半分泣きながら
女は見栄えもだいじよ!
舐められない様にね!
頑張りなさい、女神様は必ず見守って下さるわ
っと言った
着飾ったイネスを見て満足そうだった
支度金の殆どは教会においてきたけど、神官様から装飾品を何点か渡された
女として恥をかくことがない程度には着飾りなさい
何かの時は売って生活の足しにしなさい
っと
気持ちだけで充分嬉しかった
沢山の物をくれたみんなと離れるのはとても辛かった
引き止めて欲しかった
だけど、もう2度と会えないというわけじゃ無い
勉強して、友達を作って、楽しんできなさいと
そっと背中を押された
不安だらけだ
だけど自分なら出来ると信じてくれている人達がいる
期待に応えたい
一生懸命に頑張ろう
そして任期が開けたら私も孤児院に戻りたいな…
聖国へ向かう馬車に揺られ、イネスはこれからに思いを馳せた