プロローグ
「……痛ッ」
「え、どうしたんすか? 大変だ、指切ったんすね? 手当てしないと、手当て! さあ、手を出して欲しいっす!!」
「ああ。……いや、ちょっと待て」
勢いに押される形で手を差し出しかけて、真音は止める。
先程、ハサミの刃が当たって、軽く皮を裂いてしまったらしい。人差し指の腹からは、うっすらと血が滲んでいる。痛み自体はそれほどではないし、余程の心配性でもない限り大袈裟に騒ぎ立てるものでもない。
後からヒリヒリとした痛痒さを訴えて煩わしいだろうが、傷自体は「唾つけときゃ治る」程度の物だ。衛生上よろしくないという知識は持っているし、綺麗好きの真音にはそんな治療法を行う気にはなれないが。
そんな些細な切り傷1つに騒ぎ立てる目の前の転校生を、ジト目で真音は見つめる。
付き合いの長さは短い。それでも、些細な傷1つで大袈裟に心配する人間ではない事を分かるには十分と言える時間は過ごしている。
それにこの男の反応は、心配で騒いでいると言うよりは、何処かワクワクとしていて嬉しそうにも見えるワケで。
「ん? どうしたんすか? こういうのは早く手当てした方が良いっすよ? 血が垂れたら真音の物が汚れちゃうし、真音、嫌でしょ?」
「……お前がオレに付き纏う様になってから、此の手の怪我が増えた気がするんだが」
私物に血が垂れるのは嫌だが、此の儘手当てを転校生に委ねるのも嫌だ。たとえ指先に絆創膏を貼る程度でも。
少しでも隙を見せれば、強引に真音の手首を掴んで引き寄せかねない勢いの彼に、血の出ていない左手を眼前に突き出す事で簡易的なバリケードにする。刃物を持って利き手を怪我する事は少ない。最近怪我が絶えないとは言っても幸い利き手に目立つ傷はない筈だ。
「真音ってしっかり者に見えて抜けてるんすね!」
「お前が! 転校してきて! オレに妙な話をして! 付き纏いだしてから! こういう些細な怪我を、手だけにするんだが。お前の話が本当なら、コレ、お前の所為じゃねぇのか?」
満面の笑顔でさらりと失礼な事を言われた。
だから、1つ1つを区切りつつ先の言葉を復唱すれば。
「あはは~」
それはもう、見事なまでにわざとらしく、転校生は明るく笑ってみせる。つまりはそれが答えという事だ。
事態を十分に呑み込んで真音は。
「誰がお前に任せられるか!!」
隣の教室にまで届くのではないか、と思う程に絶叫した。