貴方とラストワルツを
その言葉だけはいつも私の耳に届く。
「姫、踊って頂けませんか?」
その声を聞けばいつも周りのざわめきも聞こえなくなる。彼のその言葉に胸が震える。いつだって彼は私をそう誘う。その声に導かれるように顔を上げれば照れ臭そうに笑いながらも完璧な騎士の礼をする彼がいる。差し出された手に万感の思いを込めて震える手を彼の手に乗せた。きゅっと唇を一度、噛み締める。
“……なんで居るのよ……”
そう勝ち気に睨みつけたら彼はいつも苦笑する。でも今日だけは睨まないと決める。だってこれが彼と踊るラストワルツになるからだ。
「………よろこんで…」
声が震えないように細心の注意を払う。彼の姿が涙に滲む。 今、私はちゃんと笑えているだろうか。彼の瞳に映る私は今日一番の笑顔を浮かべているといい。私の言葉を受けて彼が自分の言葉に吐息だけで笑うのが分かる。その姿に訳も分からず、泣きたくなる。彼と会えるのはこれで最後だろうから。
正確には彼とこうして気軽に会える王女という身分で舞踏会に出るのは今日が最後だ。今日の舞踏会を最後に私は国の希望を背負って隣国に嫁ぐ。
ーそう決めたのは私ー
ーそれを選んだのも私ー
彼に手を引かれて場の中央に踊り出る。彼は今日この場にいない筈だ。
「……どうしているの?」
口から漏れたのは純粋な質問。緩やかに始まった曲に合わせてステップを踏む。自分にダンスを教えた教師以外なら彼が一番自分と踊っている。私の癖を彼はよく知っている。そして私も彼の癖を知っている。最後に会ったのは三年前の夜会。それから一度も姿を見せなかった。だから今日、彼に誘われるとは思っていなかった。色んな想いを笑顔に隠しながらそう問いかけると彼が自分の背に回した手に力が籠る。
「会いに来たんだよ。お前に」
「………そう」
彼から告げられた言葉にそっと目を伏せる。
「なんでもっと早く言わなかった」
「ごめんなさい………でも私には国を見捨てられないの」
彼の告げる言葉に笑顔の仮面が崩れそうになる。彼を諦めようと決めたのは自分なのに彼はどうしてこんなに人の心を揺すぶるのだろう。
「お父様が決めた結婚よ……逆らえる訳がないわ。それに私は王女よ……」
自分の婚姻で結ばれる同盟が今、国にはどうしても必要なのだ。いくら駄目な王だとしてもそれによって被害を受けた民を見捨てられるわけがない。
「そうか………」
彼が自分の言葉を受けて悔しげに目を伏せる。
「ええ……」
言葉少なく彼の言葉に応じてステップを踏む。右左と彼の癖を熟知している私はくるくると踊る。
ー私は貴方が好きー
その気持ちを今日ここに置いていく。そうしなければ弱い私は彼にすがってしまうだろう。
ー私を好きなら私を連れて逃げて………とー
遠縁の叔父様がわざと彼を呼んでくれたのは分かっている。私と彼が互いに抱く感情を知っているのはその人しかいないから。
「また会いに来るから」
三年前の夜会での言葉を最後に彼はこの国を出た。何でも友を支えに行くという。行かないでとは言えなかった。
“どれだけ私が貴方を好きでも結婚出来ないことを知っていたから”
彼が私の目の届かない所で幸せになってくれるのを望んでいた。目に入らなければ彼の幸せを望むぐらいの気持ちはあった。
「これが最後ね」
わざとらしく彼の胸に顔を預ける。その言葉に無言を貫く彼に苦笑が漏れる。だからわざと彼が気にしていることを口にする。
「それにしても良かったわね……背が伸びて」
その言葉にようやく顔を歪めて彼が自分を見る。
「悪かったな、チビで」
ようやくヒールを履いた自分と目線が合うぐらいに背が伸びた彼が途端に憮然とする。それにクスクスと笑ってしまう。やはり幼い頃からの幼馴染はこうでなくてはならない。
「あら、チビとは言ってないわ。私は背が低い人には興味がないだけよ」
ワルツの音が私と彼のやり取りを覆い隠す。
「うるさい!」
自分の身長を気にしてる彼が憮然と言い返してくる。騎士の礼をする彼は誰よりも素敵に自分の瞳に映った。そして自分の恋心を同時に封印した。
ーこれは誰にも悟られてはいけない恋心ー
でも………
「ねぇ、この曲が終わるまでは貴方に恋をしててもいい?」
そう問いかけると小さく相手が頷くのが分かる。
「ああ」
その言葉に私はようやく顔を歪める。
「………ありがとう」
顔を俯かせて涙を流すのを自分に許す。最後の一小節が流れ出す。彼と慣れたステップを踏む。これが私と彼のラストワルツ。
最後の一音が会場に響く。その音に隠して私は彼に微笑みながら言葉を紡いだ。
「私は貴方が……」
その先は伝えずにおこう
いつもお読み頂きましてありがとうございます。誤字・脱字がありましたら申し訳ありません。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。




