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 暗いダンジョンの中を僕たちはゆっくりと進んでいた。

 僕たちの所属も人種もなにもかもバラバラなのだけれど、共通するのはただ一つ。


 【遺跡探索者】


 僕たちは、そう呼ばれている。

 はるか昔、突然に姿を消した古代人たちの魔法王国の都があったとされるこの遺跡都市で、古代の遺物を求めて探索を続ける者たち。


 あるものは、金のため。

 またあるものは、名誉のため。


 犯罪を犯し、混沌としたこの地に逃げてきたものもいれば、国家から命じられて遺跡を探索するものもいる。


 金、名誉、力、女。

 己が命を担保に、全てが手に入るという幻想のもと、あるものは単独で、あるものは徒党を組んで遺跡を求める。




 ただ、僕だけは知っている。

 この世界は、あるゲームとあまりに酷似していることを。いや、ゲームそのものだということを。






 さて、どこから話したらよいだろうか。

 とりあえず、自己紹介から始めるべきだろうか。

 僕の名前は、トール。姓はない。

 そして、かつては「上梨 亨」という名の日本人だった。

 ……そうだな、まずは僕がこの世界に来るきっかけとなっただろうあの日から語るべきだろう。


 その日の朝、僕は眠い目を擦りながら学校へ登校していた。寝不足で、あまり体調も良くなかったかもしれない。

 なぜ寝不足だったかと言えば、要する夜中にゲームのやり過ぎだからだろう。


『遺跡探索者~~ルインエクスプローラーズ』


 それが、今僕がハマっているゲームだ。

 システム的には、至極硬派なダンジョン探索型のRPGで、難易度も手ごろながらプレイアブルキャラクターの数も多く、育成面でもかなり自由度の高い人気作品だ。

 ……まあ、強いて難を言うならば、このゲームがいわゆるアダルトゲームに分類されていることであろうか。

 ……いや、待ってほしい。高校生たる僕が18禁のゲームをやっていることがおかしいというのだろう?だが、タバコやアルコールのように法律で規制されているわけではないのだし、パソコンショップで購入する時だって制服で行かない限り、年齢確認だってされないだろ? ゲームシステムは極めて硬派で、はっきり言って、ハック&スラッシュを名乗ったっておかしくはないレベルなんだ。もちろん、僕の目的もそっち方面さ。

 ……嘘をつくなって? まあ、僕だって健康な思春期の少年なのだから、まあ、その辺は察しておいてほしい。……察しておいてくださいお願いします。

 RPGパートが目当てなのは本当のことだから、それは信じてほしいな。その証拠というわけではないけれど、このゲームがコンシューマ移植(もちろん全年齢対象)が決まり、予約受付が始まったその日に予約に走ったくらいだからね。

 まあ、そんなこんなで昨夜も遅くまでダンジョンに潜りっぱなしだったわけだ。

 このゲーム、システム自体は硬派を気取っているだけあって、ダンジョン内のセーブポイントは非常に限られている。脱出系アイテムも非常に高価なため、帰還ポイントに辿り着くか、数少ないダンジョン内のセーブポイントまでたどり着かないと区切りがつかないのはなかなかに難点でもある。

 結果、今日も寝不足で学校へと向かう羽目になっているわけだ。


 さて、僕が通う学校は、まあ、どこにでもある並よりはやや上の公立進学校だ。並よりは上、という程度であっても、僕の住んでいる町は田舎か都会かと問われれば、田舎であることは認めざるを得ない地域なので、この地域ではそれなりの知名度の進学校ではある。

 そのためか、進学校としてはかなり成績のばらつきがあって、上は名門大学に一発合格するような秀才から、下は辛うじて低偏差値の学校に通るくらいの学力のものまで幅広い。いいことか悪いことかはわからないけれどね。

 特に、僕たち一年生はまだ成績でクラス分けされていないので、それこそ、東大を狙う天才秀才から、何を間違えて進学校へ入ったのか良く分からない人物まで同じクラスに振り分けられていたりする。

 そのためか、意外な組み合わせの交友関係が出来上がったりしているのもこの学校の特徴かもしれない。


 僕が、彼女と出会ったのも、この学校のシステムのおかげなのだろう。


 若葉 碧さん。

 成績は、僕らの学年の断トツトップ。長くサラサラの黒髪のおっとり系美少女。


 ぶっちゃけると、一目ぼれだった。

 自他共に認めるオタクであった僕が、まさかまさかの三次元の女の子に惹かれるとは、自分でも全く予想していなかった。何かのアニメやゲームのヒロインに似ていた、とかだったり、そういったものにありがちな出会いイベントがあった訳ではないのに、予想外にもほどがある。

 とは言え、僕とて自分の立ち位置くらいは弁えている。

 クラスどころか、学校中のマドンナ……ちょっと表現が古いか?……と、オタクな僕とでは釣り合わないことぐらいは。

 だから、僕にできることは、せいぜい彼女を不快にさせない範囲で目で追うくらいのことだ。情けない話だが、彼女の眼中にない今の立ち位置が、僕にとって彼女と最も近い立ち位置なのだろう。

 幸いなことに、彼女の通学路は僕のそれとかなり重なる部分が多い。通学時間もまた、ごく一般的な時間なので、彼女の通学時間に合わせて登校したとしても、不自然ではないだろう。

 今日もまた、彼女の通学時間に合わせて登校するために、眠いまなこを擦りながら、大通りを歩く。


 誰にでも分け隔てなく接する彼女は、その交友範囲もまた広い。はじめのころは意外と思っていたのだけれど、彼女とは正反対の人物とでも仲良くなれるようだ。

 今朝もまた、彼女は親しい友人とともに登校している。


 派手な化粧、改造した制服、下品な言動。

 まったくもって、彼女と正反対な、いわゆるギャル。


 強いて言えば、全く正反対のベクトルとは言え、美少女に分類されるところだろうか。

 苦手なタイプである。僕らのような属性を馬鹿にしてそうで。


 一応、クラスメイト。名前はたしか、海原……えっと、なんだっけか……

 三次元の特に干渉しない人物の名前を覚えるの、苦手なんだよなあ。アニメキャラとかだと直ぐに覚えるんだけれど。


 ああ、そうだ。海原 藍。

 藍色の藍と書いて、あおって読むんだっけか。


 まあ、海原のことは置いておこう。僕とのかかわりは殆どないし、できれば作りたくない。


 タイプが正反対の二人の美少女はなにやら楽しそうに話をしている。

 海原が何かを大げさなジェスチャーで話すと、若葉さんは可憐な仕草で笑う。その笑顔がチャーミングすぎて、僕の体温がぐっと上がるような気がした。

 そもそも、共通の話題すらありそうにない二人なのに、とても楽しそうに話を弾ませている。

 そんな様子に、情けないことだけれど嫉妬する。

 告白をすれば、僕もその位置に行けるのだろうか。あり得ない妄想。僕はオタクで、そっち方面の知識や、あるいはその文化を楽しむための知識(SFをより楽しむための物理知識とか、ね)は豊富でも、女の子を楽しませるような会話術など持っていない。それどころか、彼女の前に立って話をしようとしたらきっと緊張で何を話すかすら出来ずにキョドるのがオチだ。


 僕にできることは、そんな若葉さんを少し離れたところで見つめること。

 だから、気付いた。気付きことが出来た……結果から言えば、気付いてしまった、ともいえるだろう。


 大通りを走る、一台のトラック。

 全くの偶然だけれども、僕はその運転手が携帯……スマホをいじっている姿をはっきりと見てしまった。

 そして、そのトラックが、車道を外れるコースを取っていて、さらに不運なことに、若葉さんたちの方へ流れていた。

 その時、僕が普段やらないようなバカげたヒロイズムに侵されていたのは、寝不足でハイになっていたからかもしれない。

 僕は、多分これまでの人生の中で最も機敏に動いたのではないかと思う。

 気が付けば、僕は二人に駆け寄って、ギリギリのところで二人を突き飛ばしていた。次の瞬間、視界がぐるぐると周り、奇妙な浮遊感の中、同じように駆け寄っていたイケメンが、突き飛ばされた若葉さんを抱きとめているのを見た。

 世の中は、理不尽だ。

 イケメンはいつだって、役得すら持っていく。

 視界はまだぐるぐるとまわっている。


 ああ、でも、若葉さんがけがをしていないなら、それで……

 そのまま、意識は途切れ、今に至るというわけだ。



 今の僕の状況を整理してみよう。

 最初は、いわゆる異世界転生ってやつだと思っていた。異世界に転生して、何らかのきっかけを経て前世を思い出すっていうのは、ネット小説なんかではかなり一般的なものだし、どう見ても今僕のいる世界は中世か近世のヨーロッパ風の世界なのは間違いなかったからだ。

 ところどころ固有名詞に聞き覚えがあったりしたのだが、当初は「トール」としての記憶もしっかりとあったので、「亨」と「トール」の記憶がミックスされているものだと思っていた。

 あれほどやりこんだゲームと同じ設定の世界だと、何故気付かないのかと不思議に思うかもしれない。

 だけど、よく考えてみてほしい。元のゲームのキャラクターは二次元のアニメ的なイラストでできている。だが、この世界に転生した僕から見たこの世界の人々は、きちんとした三次元であり、アニメ的な造形ではなく、当たり前にリアルな造形なのだ。

 正直、ゲームでのヒロインに出会った時も、なんとなく見覚えがある程度にしか彼女を認識できなかった。

 とは言え、実際に数人のヒロインや主人公の青年と出会ったことで、この世界が『ルインエクスプローラーズ』の世界だと気づくことが出来たのだが。


 ここが、僕のよく知るゲームの世界だと気付いてから、僕はいろいろと試してみた。

 最初に試したのは、この街から出ることが出来るかどうかだった。

 少なくとも、ゲームの中の「トール」は、お尋ね者ということもあり、この街から出ることはなかった。だから、ゲームのシナリオから外れた行動が出来るかどうかを試してみようと思ったのだ。

 最初の試みは、街から出ようとした時点で、僕が向かおうとしていた方角で巨大魔獣が発生したということで、街道が封鎖されて街から出ることが出来なかった。

 二度目の試みでは、緊急依頼が飛び込んできて、主人公に、「盗賊のスキルが必要だ」と押し切られ、クエストに挑むことになった。

 三度目の試みでは、街から出た時点で、僕の故郷(という設定の国)からやってきた騎士と鉢合わせして、這う這うの体で街に逃げ帰った。

 結論として、おそらく僕はこの街から出ることは出来ないということだ。出ようとすれば何らかの力が働いて、この街に引き戻される。

 ここは、ゲームの世界を模した世界ではなく、おそらくゲームの中の世界なのだろうと、仮説を立てた。


 ゲームの世界だと割り切ると、それはそれで楽しめるようになった。原則として、このゲームは冒険中に「死ぬ」ことはない。「死」ではなく「戦闘不能」であり、たとえ全滅したとしても、他の冒険者パーティに助けられて、街に帰還するという設定になっている(ただし、そのダンジョンで得たアイテムやお金は全部取り上げられてしまうけれど)

 それを利用して、まずは少々のことではやられないほどまでレベルを上げた。残念なことではあるが、自分のステータスを見る方法はなかったのだが(いろいろ試してみたのだけれど、ネット小説のようにステータスウィンドウが開くことはなかった)間違いなく、この世界にはレベルやスキルが存在していて、経験値や熟練度を上げることで、レベルやスキルをアップすることが出来ることを確認した。

 僕の職業はシーフで、個人的な戦闘力は低い。パーティでの主な仕事は、ダンジョン内のトラップ発見やロックされた宝箱やドアの解錠など、戦闘以外の役割が殆どである。ステータスの特徴として、器用さと敏捷性が非常に高い反面、攻撃力や防御力、魔法の適性などは低く設定されていて、レベルが上がるほどにその傾向は強くなる。

 最も、敏捷性と器用さの高さを生かして、強化アイテムや回復アイテムを使ったり、或いは麻痺武器などを装備して相手より早く麻痺攻撃を行ったりすることで貢献もできるのだけれど、純粋に戦闘メインでやる場合、真っ先にリストラされる候補に挙がるのが、シーフだ。

 それでも、ある程度使われるのは、特に「トール」というシーフが重用されるのは、「レアハンター++」というスキルを(将来的にだが)習得するからである。消費MPは馬鹿でかいものの、モンスターのレアドロップ品を盗めるレアスキルで、トールを、シーフ⇒ギャングスタ―⇒ファントム とクラスチェンジすることで得られるスキルだ。

 僕は、この世界を満喫するためにも、とにかくファントムまでクラスチェンジすることを最優先に行動を開始した。

 僕がこのゲームをプレイしていたときには、レアアイテム目当てにトールはレギュラーメンバーだったのだけれど、誰かはわからないけれど、この世界をプレイしている誰かはあまりレアアイテムにはこだわらないのか、僕にお呼びがかかることは少ない。

 故に、ソロ活動か、あぶれ者同士で組んでダンジョン内で活動することが主になった。

 意外に、こちらの世界に向いているのかもしれない。僕は着実にレベルやスキルを上げていった。ゲームシステム上でも僕の行動は基本問題はない。主人公のレベルアップに合わせて、使わないキャラクターもある程度レベルが上がっていくシステムだからだ。

 同じレベルではほかの冒険者に比べてかなり戦闘力は低いものの、シーフとしての性能は高いので、次第に積極的に僕と組んでくれる冒険者も増えてきた。多少残念なことだが、ヒロイン候補のキャラクターたちは中々組んではくれなかったけれど。


 この世界に馴染んで、一度目のクラスチェンジを経て義賊(ギャングスタ―)になったころには、僕はこの迷宮都市でもそれなりに名が通った冒険者になっていた。

 ゲームをやりこんだ僕にとって、迷宮は庭のようなものだったし、どのダンジョンでどのようなモンスターが生息していて、どのような攻撃を仕掛けてくるか、僕ほどに知っている者はこの迷宮都市にはいない。僕以上に知識のあるものがいるとすれば、それは主人公を操っている「プレイヤー」くらいのものだろう。

 ギャングスタ―の固有のスキルである「レアハンター+」はファントムの「レアハンター++」には劣るものの、それなりの確率でレアアイテムを盗むことが出来るので、迷宮「強欲なる盗賊たちの楽園」で、盗賊団員から高額で売ることが出来る「鋼の武器」で荒稼ぎすることでちょっとした財産を築くことが出来た。

 ソロで潜ることもあれば、少数パーティで荒稼ぎすることもある。

 そうやって稼いだ金を、酒場で乱痴気騒ぎに放出するのが今や日課ともいえる。もちろん、時には派手に奢ることで、自分の印象を良くしておくことも忘れない。


 そんな毎日を過ごしていたのだけれど、その日、僕のこの第二の人生に転機がやってきてしまった。

 その日もなかなか稼ぎがよかったので、酒場の飲んだくれどももそこまでの人数がいなかったこともあって、全員にエールをジョッキ一杯を振舞ったのだけれど、その歓迎の怒号の中、入り口のドアが開いた。

 まあ、それ自体は決して珍しいことじゃない。探索で当たりを引いた探索者がエール一杯を奢ることは珍しくないし、その時の歓声を聞いた者がご相伴にあずかろうと入店することはよくあることだ。

 もちろん、財布事情が許すならばその横着ものにも一杯奢るのだけれど。

 その日、歓声に惹かれて入ってきたのは、すこぶるいい女だった。一目でわかる、ヒロイン候補の一人だ。当たり前のことだけれこの世界がアダルトゲームの世界である以上、登場する美女美少女はヒロインだと思って間違いない。

 職業は、その装備から軽戦士系。褐色に日焼けした肌を惜しみなく晒した、いわゆるビキニアーマーってやつを身につけた美少女剣士だった。


「タイミングよかったわー。アタシにも一杯、いいだろ?」


 彼女はさも当然のようにエールを注文した。店主が一応、僕の方を見たので頷くと、「そこの兄さんのおごりだ」と彼女にエールを差し出した。


「へえ、じゃあ、あんたの稼ぎと、運よく奢りのタイミングで入店できたアタシの幸運に、乾杯!」


「乾杯!」


 酒場の野郎どもが鼻の下を伸ばしながら唱和する。というのも、彼女が乾杯のためにジョッキを高く持ち上げたそのはずみで、彼女の豊かなバストが激しく揺れたからだ。

 僕は慌てて目をそらせたのだけれど、彼女は意地の悪いニヤニヤとした笑いを浮かべながら、あえてその胸を強調するようなポーズで僕をからかった。


「にひひ、じゃあスポンサーさんにも、乾杯」


 彼女がジョッキを差し出したので、僕もあわててジョッキを打ち合わせる。そして、彼女は一気にそれをあおった。見事なまでの飲みっぷりである。


「くはーっ。やっぱ、お酒は言いねぇ。あっちの世界(・・・・・・・)じゃ未成年はどうのこうのってうるさかったからねぇ。こっちじゃそんなやついねーし」


 あっちの世界? 未成年?

 この女は何を言っている?


「あー、気にすんな、独り言だ」


 僕があまりにキョトンとした顔をしていたからだろう、彼女はバツの悪そうな笑みを浮かべていった。


「ひょっとして、あんた、転生者、か?」


 言ってから、しまったと思った。転生者であることは、僕の最大のアドバンテージだ。ある意味、ズルをしているといっていいのだから、秘密にしておくべきだったのではないかと後悔する。


「あんたも? あんたもそうなのかい?」


 ああ、やっぱりそうだったのか。僕がここに転生した以上、ひょっとしたら他にもいるのかもしれないと思ったことはあった。とは言え、僕のようにシステムを理解して有利に動いている人物はいなかったので、僕だけという可能性も考えていたのだけれど。


「そっかー。アタシだけじゃなかったんだー。ひょっとして、アンタも日本人かい? いや、元日本人かな」


 もう、ごまかしも効かないか。


「んー、ああ、そうだよ。元日本人だよ。僕はトール。前世の名は上梨亨」


「ん? んんん? とおる? とおるとおる……どっかで聞いたような聞いたことないような。ま、いっか。アタシはブルーナ。前の名前は、海原藍」


 その名前を聞いた瞬間、むせた。思いっきり、聞き覚えのある名前だった。

 じゃあ何か? 僕はあの時二人を突き飛ばしたのだけれど、海原の方は助けることが出来なかったのか?


「あー、オタクのとおるっちかー。思い出した思い出した。元気してた?」


 向こうも思い出してくれたようだ……ということは、やっぱりあの海原ギャル子か。


「元気っちゃぁ元気だったよ。まさか、僕以外にもこの世界に来てる人がいるとは思ってなかったけど」


 あの時、僕は二人ともあの事故から助けたんだと思ってたけれど、海原は無理だったのか。


「ん? なーに、暗い顔してんの、とおるっち。ひょっとして、アタシがこの世界に来たの、自分のせいだって思ってる? それ、ジイシキカジョーってやつだよ」


 彼女はそういってケラケラと笑った。


「それにさー、あっちと違って、こっちの方がうるさい親とかセンセーとかいないしさー。えっちぃことしたって、すぐエンコーだとかいわれることもないしさー」


 確かに、この世界の倫理観は、日本のものとは大きく異なる。アダルトゲームの性質上、主人公がいろんな女の子に手を出す以上、それに都合のいい世界になっている。

 要するに、正式に「恋人」を持たない男女がえっちすることは全く問題がない。男女ともに二股、三股しようが、問題ないということになっている。逆に、「恋人」を持った人物が他人とえっちした場合、酷く軽蔑されることになるのだけれど。


「とおるっち、なんならアタシとえっちする?」


「いっ!?」


 不意打ちのような一言に僕は固まってしまう。

 いやいや、それは……だけど、この世界ならそれもありなのか?

 思わず、視線が海原の……ブルーナの豊かな胸へと惹きつけられる。ちょっとした仕草で、激しく揺れ動きその存在感を主張する二つの膨らみから目がそらせない。

 ゴクリと喉が鳴る。


「ま、それはないかー。とおるっち、どーてーだよね。アタシ、初物食いの趣味ないしー」


 ですよねー。

 がっくりとうなだれる。情けなくも期待しちゃった自分が恥ずかしくと、彼女の顔を見ることが出来ない。

 なんとか顔を上げると、にやにやした笑いで僕を見る海原と目が合った。


「やっぱ、とおるっちはからかいがいがあるなー」


 ニシシと笑い、僕の頬を指で突いた。なぜか嫌な気にならないのはやはり彼女が美少女だからだろうか。

 僕たちはとりあえずもう一回乾杯を交わしてから、昔のことを肴に酒を酌み交わした。なんだかんだで、望郷の念というのは僕にも彼女にもあったようで、大して共通の話題もないのに話は盛り上がった。

 気が付くと客も大分減り、酒場の主人も言外に早く帰れと言わんばかりの視線を向ける時間になっていた。こんなに話しこんだのは、転生して以来初めてだろう。


「あー、もうこんな時間かー。呑んだ呑んだ―」


 彼女は大きく伸びをすると、ほんのりと赤くなった健康的な肢体を見せつけるようにポーズをとった。


「ごちそうさま。またおごってねん」


 どうやら、いつの間にか僕が勘定を持つことになっているようだ。まあ、一杯は奢るといったし、こういう時は黙って奢ることも甲斐性というものだろう。……まあ、多少の下心は……ないでもない。


「とおるっち、またね」


 そう言って、投げキッスを寄越すブルーナ。前屈みの胸元が視界に入って、僕は顔をそらした。情けない話だが、視線は釘付けのままだったけれど。




「ふむぅ……」


 酒場を出て、冷たい夜気に身を晒しながら、つい、そう声が漏れた。

 そう、ここは日本ではないのだ。ついつい、日本の常識に縛られがちなのだが、この世界では、一夜の春を買うことは別段、卑下するようなことではない。体を売る娼婦たちも、この世界では当たり前の一つの職業として商売をしているに過ぎない。

 女を買うことは、決して恥じ入ることではないのだっ。

 そう自分に言い聞かせる。

 幸い、軍資金は豊富である。少々使い込んだところで、直ぐに稼ぎ出せる自信もある。

 問題はない。この世界の男なら大抵(手持ちの軍資金が許すなら、だが)娼館にお世話になっているはず。大丈夫だ、問題ない。

 夜はまだこれからだ。

 それに、えっちぃテクニックを教わるなら、その道のプロに相談するべきなのではないか? そうだ、王に決まっている。

 完璧な理論武装を整えると、僕は、思い切って、娼館へと足を運んだ。



 娼館にもランクがある。最高級ともなれば、貴族や大商人のようなものを相手にする、美貌だけでなく知識や教養も備えた女性ばかりを揃えた娼館もあり、流石にそこには手が出ない。(ちなみに、そこには、ヒロインの一人で、亡国の姫騎士であるプレイアブルキャラクターの妹がいたりする)

 僕が足を運んだのは、幅広い女性層を有する、最大規模の娼館である。ここを選んだのは幾つか理由があるのだけれど、その一つが、盗賊ギルドの管理下にあるということだ。盗賊系の職業を持つ僕は、当然のことだけれども、このギルドに所属している。まあ、上納金を納めて商売させてもらっているだけではあるが。


「おや、モグラの旦那じゃないかい。最近羽振りがよくて結構なこと。こっちの方にも回してくれる気になったのかい?」


 モグラはギルドの符号で、迷宮に潜る盗賊を指す。かつては美女だったであろう中年女性が僕に声をかけてきた。


「まあ、ね」


 曖昧な笑みでゴマかす。


「噂は聞いてるよ。なかなか稼いでるんだってねぇ。ウチでその金を落とす気になってくれたのはいい心がけさね。で、旦那はどんな女が好みだい? ここには大抵のタイプの女がそろってるよ」


 どうやら、彼女自身が案内してくれるらしい。彼女は、ここいら一帯の花売りの顔役でもあったはずだ。僕のことを上客だと判断されたのかな。


「特に決めていない。案内を頼めるかな」


 務めて余裕を持ったふりをする。舐められるのは勘弁だ。


「そうかい? じゃあついてきな」


 僕は、彼女の後を付いていく。元の世界と違って、防音はそこまでしっかりしているわけではないので、ここかしこで色っぽい声が聞こえてくるのはちょっと毒だ。

 しかし、なかなかこれという女性がいない……いや、正直に言おう。決める度胸がない……


「おや、そっちの廊下の先は案内しないのか?」


 順繰りで部屋まわりをしていた顔役が、とある廊下の前で引き返そうとしたので、僕は思わず訊ねていた。


「あー、そっちは旦那くらい金持ってる客には用はないところだよ。ダンジョンで狂っちまった子たちの部屋さ」


 ドクン、と心臓が跳ねた。嫌な予感がする。


「ひょっとしたら、旦那の知り合いもいるかもしれないねぇ。ちょっと覗いてみるかい?」


 確かめなければならない。僕が、この世界で目をそらしていたことを。

 僕一人なら、問題ない。僕=トールは確かにプレイアブルキャラクターの一人ではあるが、所詮はモブと変わりはしない。顔グラだって適当なものだった。

 だが、ブルーナは? あの子はヒロイン候補の一人に転生してしまっている。


 確かめなければならない。


 この世界が、オリジナル版をもとにした世界なのか、それとも、全年齢対象の移植版なのかを。

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