1.骨折後は安静に
※話ごとで文字数は変わります
「お腹空いた⋯」
───人間は水さえあれば生きていける、などとほざいたのは誰だったか。
高層ビルと高層ビルの隙間───云わば裏路地と呼ばれる道で、夜宵は食べ物を求めて歩いていた。
大都市に似つかわしい摩天楼がそびえ立つ中、彼女の格好はまるで不相応な、どうしても違和感を感じざる負えない。
歳は中学生くらいだろうか。
膝あたりまで伸びた長く乱れた黒髪、それに対照して真珠のような透き通る白さをもつ肌は、若さ特有の弾力がある。無気力そうな半開きの瞳は黒く、白い肌と相まってより漆黒が際立っていた。
儚さを伴った華奢な身体を包むのは、薄汚れた病衣。本来ならば青白い筈のそれは、土やら何やらで汚れ、あちこち解れている。それは身体とはうって変わり、かなり汚い。
無造作に首に巻かれた包帯と汚れた病衣が、その存在を不自然な物としている。
そんな少女が歩いていれば嫌でも目立つことだろう。
事実、パトロール中であろう警察に何度呼び止められたことか。その度に力のない笑いを浮かべては、回れ右で逃げていたのだ。
幸いにも大都市という事もあり、人通りは多い。ちょっとしたコツを使えば逃げるのは簡単だ。
⋯実は先程も目をつけられたばっかりであったりもする。
───捕まったら少し⋯いや、かなり面倒な事になりそうだからなぁ⋯。いつまでも逃げていられるとは限らないし⋯。
⋯警察にすがりついて食べ物を恵んで貰えたらどんなに良かったことか。
ふう、と夜宵は息を吐き出す。どうにも精神的に疲れて仕方ない。
暫く休もうと、ゴミが散乱している地面に躊躇いもなく腰を下ろした。
汚れた病衣に更に汚れが付着したが、気にしない。
何せここ数日間、雨水以外は何も口にしていないのだ。飢えは倦怠感として容赦なく襲ってくる。
「お腹⋯空いたなぁ⋯」
ひんやりとしたコンクリートの壁に全体重を預け、夜宵は呟いた。遥か遠くから聞こえてくる雑音に、耳を傾ける。
───今は正午だろうか。
頭上では太陽が柔らかな光を降り注いでいるが、ビルの影と影に被り、この細い路地までには届かない。
だから正午といえど、裏路地は暗い。
大都市といえども、何処かしら治安の悪い場所はある───そう、例えばビルが密集した中心地、一日中薄暗い裏路地のように。
しかも、治安が悪いと有名なD地区では尚更だ。何度か絡まれる度に警察と同様逃げていたが、そんな気力はもう無い。
───⋯やるしかない、か。
面倒な予感がして、再び息を吐く夜宵。その意識は既に路地の奥の方に向けられていた。
数拍の間の後、聞こえてきたのは複数の男の声。予想通り、だ。
「おじょーちゃん、そこで何してんのー?」
「良かったら俺達とイイコトしなぁーい?」
「ま、拒否っても無理矢理するけどな!」
どうやら男達は夜宵の病衣や包帯の不自然さに気付いていないようだった。⋯気付いていたとしても、気にしていないのか。
「⋯⋯⋯」
キヒヒヒヒ、と下卑た笑い声に眉を顰める。
───人間とは思えないその笑い声はどうやって出しているのだろうか。⋯もしかして、彼らは人間ではないのだろうか。
夜宵はそこでそうか、と気付いた。
───宇宙人だったのか。
彼らは勝手に人外にされたなどとはつゆ知らず、夜宵との距離を狭めてゆく。
「うっわ、近くで見るとめっちゃ可愛い!!肌白いねー」
「これは久しぶりの高級品だな!!」
空腹で思考が上手く纏まらない。
宇宙人なわけないよな⋯───夜宵は男達に気付かれないよう小声でため息をついた。きっと空腹故に少し可笑しくなってしまったのだろう。
きっとそうだ。
既にこの時点で若干面倒に思えている夜宵。渋々ながらも口を開く。
「何の用?」
言いながら目を向けると、予想通り数人の男達がニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。
正しく〝不良〟といった風貌だ───皆一様に金髪や茶髪をワックスで固め、耳にはピアス、服装はだらしなく、ズボンなどに付けた金属製のアクセサリーをジャラジャラと鳴らしている。
男達は何が面白いのか、笑いながら答えた。
「〝何の用?〟だってよ、クールで可愛いねぇー!」
「んなの、決まってるさ───今から可愛い可愛いおじょーちゃんとイイコトするんだよ」
───どうやらこの不良達は私と〝イイコト〟がしたいらしい。
無論、男達の言っている『イイコト』とは女を慰み者とする事である。しかし、夜宵の脳内に浮かんできた『イイコト』は違った。
⋯⋯見解の相違は時に生命の危機となる。
夜宵の口角が思わず上がった。
「〝イイコト〟かぁ⋯いいよ、しても」
予想外の答えだったのか、男達の笑い声が止まった⋯が、すぐに卑しい笑みを浮かべる。
こんな上玉が手に入ったも同然なのだ。これからのことに胸が躍り、声が無意識に上擦る。
「まじかよ⋯こんな見た目して実はビッチとか?ま、俺達にとって淫乱は大大大歓迎だ」
「おじょーちゃん、まだ小さいのにもう男の味知ってんのかよ!それは傑作だな!!」
「確かに、これは味見が楽しみだぜ!」
男達が好き勝手言い合う中、夜宵は無邪気な顔に笑みを貼り付けたまま、物騒な言葉を口にした。
───それは、まだ幼さが残る少女が言うには不自然な言葉。
「〝イイコト〟って〝殺し合い〟の事でしょ?」
僅かな静寂。
男達の顔に戸惑いが過ぎったが、暫くすると堰を切ったように笑い出した。
見るからにか弱そうな少女が言うには、余りにも現実味のない言葉だったからだ。
「ギャハハハハ!!じょ、冗談だろ!?おじょーちゃんが俺達と喧嘩するって!?無理無理無理無理!そもそもかないっこねぇって!」
「そうそう!大体そんな華奢な身体でどーやんだよ!普通に考えれば分かることだろうに!バッカじゃねーの!!」
「大人しくしておいた方が身のためだってぇーの!」
余程ツボにはまったのか、馬鹿にしたような笑いは止まらない。腹まで抱え込み、逆に勢いが増すばかりだ。
男達の笑い声を聞くと心の中から嫌悪感がとめどなく溢れ出た。生理的に無理、というのはこういうのを指すのだろう。
しかし、一時の感情の憤りで騒ぎを起こしてはいけない。
夜宵は嫌悪感をぐっと堪え、可愛らしく首を傾げながら言った。
「あれ、こんな小さな女の子に負けるのが怖いの?」
───挑発は正当防衛の為に。いざと言う時の為に。
「あ゛あ゛?あんだって?」
軽く言ったつもりだったが、男達は思いの外食いついた。
段々と男達の顔が険しくなり、空気が重くなる。
中心にいた1人のリーダーらしき男が一歩前に出た。
「ガキだからって調子に乗りやがって。なめんじゃねぇーぞ⋯生憎俺はなぁ、能力者なんだよ!!」
残念だったな、と口角を上げる男。周りの男達もニヤニヤと笑いを浮かべる。
それは勝利を確信しているからこその態度だ。能力という〝力〟を過信し、己の弱さを知らない。
───ああ、反吐が出そうだ。本当に。
「⋯⋯⋯」
「へっへっへ、ビビって何も言えないってか?今更おせぇーんだよ!!楽しみにしてろよ⋯⋯じっくりいたぶった後で弄んでやる」
せいぜいお漏らししないように気を付けろよ───男はへらへらと笑いながら近づいてゆく。
夜宵は座ったまま動かない。
男が指を構えた。
「俺の異能力はなぁ⋯」
パチン───⋯
狭い路地にキレの良い音が響き渡る。
それでも夜宵は動かない。⋯いや───動けないのだ。
「《万物の拘束》⋯相手の手足を封じる能力だ。どうだ、指1本動かせないだろう?」
「⋯⋯⋯」
勝った───能力が無事に発動したのを見て、男が勝利を確信する。
今までに何度この能力で返り討ちにしてきたことか。
この能力に掛かった相手は、四肢は疎か指さえも動かせなくなってしまう───つまり、攻撃手段が無くなるわけだ。
例え能力者といえど、攻撃に予備動作が必要な場合は言わずもがな、予備動作のない場合でも隙ができるだろう。
後は簡単だ。動けなくなった相手を袋叩きにすればいい。
今回も同じこと───の筈だった。
力を込めても自身の四肢がピクリとも動かないのを見て、夜宵が感心したように言う。
「確かに、指1本動かせないね。まるでコンクリートに固定されてるみたい⋯地味だけど凄いね、おにーさん」
「だろ?じゃあ、大人しく⋯」
「でも残念」
───私も同じ〝能力者〟なんだよなぁ
まるでイタズラっ子のような笑みで呟いた言葉は、驚く程真っ直ぐに男達の耳に届いた。
「⋯今⋯何て⋯」
「教えてくれたお礼に私の能力を見せてあげる」
無邪気に笑ったその表情。
⋯⋯もし見たのがこの状況ではなかったのなら、もし道端で偶然見たのならば───見惚れていたかもしれない。
それ程までにその笑顔は、魅力的だった。
だが、この状況では余裕そうなその表情は恐怖でしかない。
⋯本能が、警告を発した。
くそ、と恐怖を振り切るように男が唾を吐く。
「能力者なら能力を使われる前に⋯⋯潰す!!」
今まで話していた少女が〝能力者〟だと知った男の行動は速かった。
力いっぱい握りしめた拳を振り上げ、夜宵の顔面目掛けて振り下ろす。
男の最終手段は〝力任せの暴力〟。
───大人気なくてもいい、軽蔑されてもいい。下手なプライドよりも今は⋯⋯自分の命の方が大事だ。
自分でも何故こんな幼い少女相手に、本気になっているのかはわからない。もしかしたら能力者かもしれないし、能力者じゃないかもしれない。
けれども、はっきり感じるのは───えも言われぬ恐怖だ。
命の危機を察した男の全力の一撃───故に気付かなかったのかもしれない⋯⋯視界の端を横切る〝影〟を。
気づいた時には、もう遅い。
「残念だったね」
「⋯⋯⋯っ!?」
寸止め。
全力を込めた拳は、夜宵の顔面にあと少しで触れる、という所でピタリと止まっていた。
腕を引き戻そうとしても、空中に固定されたまま動かない。動かせない。
───腕だけではなかった。
男の指が、足が、首すら動かせない。あたかも、大蛇が全身を絡みついたように、身体の自由が効かなくなってしまった。
体験したことの無い状態に頭が混乱する。
───あの一瞬で、この少女は今⋯今⋯⋯俺に何をした⋯?
「⋯な、何を⋯」
男は状況を把握しようと、唯一動く眼球を限界まで動かす。
そして、見てしまった。
「⋯⋯っ!?」
自分の足元の地面から伸びた巨大な〝黒い手〟が手足を掴んでいるのを。
一言でいえば『闇』。
魂ごと取り込まれそうな深い漆黒、それがしっかりとした質量をもって〝手〟が形作られていた。
その複数の〝手〟は腕と足、それぞれの関節をガッチリと固定するように掴んでいる。⋯⋯首は見えないが、きっと同じようになっているのだろう。
関節から遠い指に対しては〝手〟から別の〝手〟が『生えて』、指を固定していた。
妙に生暖かく、それはあたかも本物の〝手〟のよう。そこに意識を集中すれば骨のような硬さも感じられる。
───これは⋯何だ?
男の疑問を知ってか知らずか、夜宵は指折りをしながら丁寧に説明した。
「私の能力は〝現実化する影〟という名前でね⋯⋯えっと、既に認識した『影』を具現化、形状変化、質量変化、媒介化、硬質化軟質化⋯とまあ簡単に言うと、能力者の想像によって影を変えられる能力なんだ。勿論、弱点というか使いにくい所もあるけどね」
それでも便利だよ、と自身の能力をフォローするように夜宵が言った言葉は、もう男に届かない。
男は唖然とした表情で虚空を見つめる。
「⋯俺の⋯⋯影を⋯」
ふと、自身の足元を見る。確かに〝手〟は影から伸びているようだった。
⋯最も路地の薄暗さのせいで、はっきりとは確信出来なかったが。
───なんだよ、その能力⋯⋯チートじゃないか。そんなの⋯そんなのって⋯⋯ありかよ⋯。
所持する能力からして力の差は歴然。最初から決着はついていたのだ。
どう仕様もない脱力感。男は少女に話しかけた己を恨み、己の能力を恨み、弱さを恨んだ。
ふと、少女が言った〝殺し合い〟という言葉が頭に浮かぶ。
少女に話しかけなければ、或いはこの路地に入らなければ、こんな事は起こらなかった筈だ。
───死ぬのか、俺は。
自分でも驚く程、あっさりとその現実を受け入れる。次いで出たのは乾いた笑い。
「はは⋯ははは⋯⋯滑稽だなぁ、俺」
自嘲気味の笑いを浮かべた男の耳に、
「ばっ⋯⋯化物だっ!!」
恐らくリーダー格の男が一方的にやられているのを見て、恐怖に駆られたのだろう。その声は切羽詰り、ズルズルと逃げるように後ずさる音も聞こえてくる。
化物と言いたくなるのも当然だ───この場にいる誰もがそう思った。光があれば影はある、服などにも勿論影はある。
───其処からだって〝手〟を生やすことは可能の筈だ。いや、手ではなく〝刃物〟だって⋯⋯。
「⋯⋯化⋯物⋯?」
夜宵の呟きに、全員の動きが止まった。
⋯先程までとは明らかに様子が違う。
無邪気な笑顔は消え、放心した様子で男達を見つめている夜宵。
「⋯化⋯⋯物⋯私は化物じゃない、化物何かじゃ⋯」
自身に言い聞かせるように言葉を反復する。
プツリ、と頭の中で何かが切れた⋯ような気がした。
突然立ち上がり、夜宵は〝影〟に縛られている男を見上げる。
それを目にして、男の目は驚きで見開かれた。
───⋯能力は解けていない筈なのに。
「な⋯⋯んで、俺の⋯能力が」
「ねえ、弱肉強食って知ってる?」
男の呟きには答えず、無表情のまま男に問う夜宵。
───ポキリ
音が反響する。
⋯⋯これは『骨』が折れた音だ。では、その骨は誰のか。
───勿論、能力者の男だ。
刹那、
「あ、うぁぁあああ、あっ、あ⋯いだい⋯⋯痛いいいい!!」
響き渡る絶叫───それはリーダー格の男から発せられる物。
「⋯あーあ、大の大人がうるさいなぁ。質問にも答えてくれないし⋯まあいいけどさ」
夜宵は呆れた様子でため息をつく。
叫んでも尚、「あ⋯⋯ああ⋯あ」と途切れ途切れに声を漏らす男。
目からは涙が頬を伝い、コンクリートの床にシミを作る。鼻からも体液は垂れ、口へと入り唾液と混ざり込む。それは口の端から輪郭を伝い、床へと垂れた。
もう既に男の顔は、見るも無惨なものへと変貌を遂げていた。
それを無表情で一瞥する夜宵。
「おにーさん、男だよね?⋯⋯情けないなぁ、たかが骨折程度で何泣いてるの?」
「⋯うあ、あ⋯⋯あぁ、あ」
『たかが』骨折程度───別人のように豹変した夜宵が、肩をすくめる。それに合わせるかのように〝影〟は、追い打ちをかけた。
〝手〟が、動く───容赦なく男の骨を握りつぶす。
───ポキリ⋯⋯ポキリポキリ
「あ゛あ゛ああああぁぁあああ!!あ⋯ああ⋯」
ぐりん、と男が白目を剥いた。自身を蝕む痛みに意識が持たず、気絶したのだ。
⋯⋯人間の骨の硬度は、同重量の鉄にも勝るという。それをいとも簡単に折ってしまった。
非能力者からすれば、『化物』という表現もあながち間違いではないだろう。
目の前の惨劇を、間近で目撃した男達は固まる。
今まで、強いと信じて疑わなかった男が、自分達を導いてくれた男が、何度も助けてくれた男が⋯⋯負けた。
幼い少女に、負けたのだ。
───自分達が適うはずがない。あれは、人間なんかじゃない⋯狂った化物だ。
最初の余裕は何だったのか───男達は一斉に動き出す。
「あ⋯ああ⋯⋯逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ」
「たすけ⋯助けて⋯⋯たす、助けてくれ⋯誰か」
目を見開かせ、口はだらしなく半開き⋯四つん這いで皆「逃げなきゃ逃げなきゃ」と狂ったように呟き続ける男達。
何とか逃げようとする『それ』を夜宵の漆黒の瞳が捉えた。
ああそういえば、と存在を思い出す。
「今逃げられちゃ困るなぁ、おにーさんたち。⋯ね、待ってよ」
獲物を追い詰めるように、ゆっくりと歩み寄る夜宵。
───やばい⋯⋯来る!
急いでほふく前進の要領で、少しずつ確実に逃げる。旗から見れば四つん這いでみっともないが、そんな事は気にしてられない。
化物の足音は聞こえない。気配も感じられない。
逃げられたか?───男達が恐る恐る後ろを向こうとした、その時。
「まだ逃げちゃ駄目だって」
すぐ側で、声は聞こえた。
ハッ、と後ろを振り向く。
真後ろで少女は微笑んでいた───無邪気に。
愛らしく唇の前に指を立てているが、今の男達にとっては恐怖でしかない。
1人が叫んだ。
「た、助けてくれ!⋯い、いや、許して下さい!!」
⋯その言葉に夜宵は首を傾げる。
───おかしな事を言う人もいたもんだ。
「許す?何を?⋯⋯だってこれは、只の正当防衛でしょ?先に手を出したのはおにーさんたちじゃない」
これは只の正当防衛、あくまでも『正当』防衛なのだ。それは事実。
1人の男がなるべく小声で反論する。
「で⋯でも⋯これは過剰⋯すぎじゃ⋯⋯」
「だって相手は能力者だよ?骨折くらいはやらないと⋯⋯怖いじゃん。それに私は子供だしね」
くすくす、と笑う夜宵。言葉とは裏腹に、その表情に能力者への恐れは無い。
じゃあ、そろそろ───夜宵が男達に向けて手を広げる。
「あのおにーさんの大声で、もう警察が来てるみたいだし、無能力者のおにーさんたちは少しの間眠って貰おうかな。あ、この事は私とおにーさんたちとの秘密だよ?」
指を立てて小首を傾げる夜宵に、男達はただただ頷くばかりだ。yes以外の選択肢などない。
⋯首を横に振った暁にはどうなる事やら。
夜宵の足元の影から複数の〝手〟が音も無く生える。
「物わかりが良くて助かったよ⋯⋯じゃあ、おやすみなさい」
───男達が最後に見たのは、柔らかな少女の笑顔でもなく───腕をあらぬ方向に曲げて白目を剥き、泡を吹いている仲間でもなく───⋯⋯視界を覆い尽くす『黒』だった。
路地には静寂が戻り、遠くからは雑音が聞こえ始めた。
「⋯⋯あー、このおにーさんたちから食べ物を貰えば良かったなぁ⋯失敗した」
再び空腹を主張するように鳴り出したお腹に手を当て、夜宵は心底後悔したような顔で言う。
⋯少し前、影を媒介として覗いた景色には、こちらへと向かう警察の姿が『見えた』。
それもそうだ、あれだけの絶叫が聞こえたのなら尚更只事だとは思えないだろう。きっと一般人に通報されたか、パトロール中に聞かれたかのどちらかだ。
警察とは逆の方向に歩き出す。寂しさから一人駄弁る。
「⋯夜玖も皆も見つからないし、どうしたものか」
数日前までは、行動を共にしていた仲間の姿を思い浮かべる。特に心配なのは、双子の兄である夜玖の事だ。
「大丈夫かなぁ⋯夜玖。人様に迷惑かけてないのなら良いんだけど⋯」
あの性格だからこその心配。自分も人の事は言えないが、そこはご愛嬌ということで。
───何はともあれ、まずは食料確保だ。