プロローグ
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特異能力。
それが一般化されたのはいつの事だったか───生まれつき能力を持つ者もいるし、年齢に関係なく突発的に能力を目覚める者もいる。
能力を持つ能力者、持たない非能力者───この2つに人は分けられる。種類も強さも千差万別、その始まりは判明していないが、現在は遥か昔にあったとされる魔法が発展したものだという説が有力だ。
大半の能力の有無は血に関係している。言わば遺伝的なものだ。それには先祖返りも含まれる。
しかし、遺伝でなくとも能力を有する者もいるため、はっきりとした事はわかっていない。
近年、世界で人工的に能力を開発する試みもなされており、期待が高まっている。副作用も何もなく成功した、という報告もされたとかされてないとか。
また能力者は、能力が判明した時点───ほとんどが乳幼児期に専用の検査によって判明するが、稀に学生や成年時に定期検査、最悪の場合は能力の暴走が起こることで見つかる場合(両者共に突発的な能力覚醒の場合)もあるらしい───その時に、政府専用名簿上に能力名と概要を書く事が義務化されている。
非能力者の能力者に対する攻撃手段は、殆どないと言っても過言ではないだろう。刃物、拳銃、電流⋯基本、非能力者に効くものは能力者にも効く。身体の構造が変わらないことは既に証明されている。
当然、効く強さは個人の能力にもよるが。
⋯社会的ヒエラルキーは能力者が上になるのは必然。歴史上の出来事から見ても少しでも力があるものが上となっている。
それでも共存が成り立ってない訳では無い。政府から非能力者に対しての配慮として様々な工夫がなされていた。
それに攻撃手段はなくとも、能力を抑制する装置や無効化する機械など、対能力者用の専用装置が開発され、防犯用として、都市部を始めとした様々な所で使用されている。
また、能力者や非能力者のように、有が存在すれば相対する無も存在する。
同様に善が存在すれば悪も存在する。
特異能力という強大な力を手に入れた人間もまた然り。
最近、世間を騒がせている組織───《961》通称〝狂〟
一言で言うと悪の組織または犯罪組織。殺しに盗みに薬物、噂によれば殺しなどの依頼も受け持っているとか何とか。
ただし本当の目的は不明で、3年ほど前に突然表舞台に上がったかと思えば、何処で見つけてくるのか能力者という能力者を引き込み、世界へと急速に勢力を拡大していった。もちろん、組織内でのトラブルもあっただろうが、それを感じさせない程の早さ。
それを目の当たりにした政府は異常を悟った、と同時に危機を察した。
このままでは危ない。狂の他にも犯罪組織は、ざらにある。きっと手が足りなくなってしまうだろう。
元々、能力者を中心とした政府直属の組織───《犯罪抑制組織》が非能力者である警察代わりに能力者による犯罪などを取り締まってきたが、狂の出現を境にまるで張り合うかのように組織全面を改新、強化、拡大を始めた。能力を開発し、能力者を正しく教育する為の学園を『更に』増やしたのも同時期だ。
政府が口を揃えて言う建前は〝国民の絶対の安全の為。あくまでも国民の為〟
本音は───能力者という戦力の確保の為。あくまでも自分たちの安全の為。
本音はともかく、政府の判断は正しかった。
狂に感化されたか治安は日を追う事に悪くなり、複数の支部に分かれた犯罪抑制組織がそれを取り締まるという繰り返し。強化前ならば、圧倒的に数が足りなかっただろう。
まさに結果オーライ。怪我の巧名。塞翁が馬。
⋯こうして世界は平和になりましたとさ、おしまい。
───なんて甘くはないだろう、現実は。
力を求めすぎた人類の叡智は、期待通りに〝初めて〟完璧な化物を生み出した。それも複数だ。
力を求め、力を支配し、力に溺れる者。
その成功は人類にとっての大きな進歩だが、そう手放しに喜んではいられない。
まさに因果応報。身から出た錆。自業自得。
化物達には他のモルモットとは違い、自分の意思があった⋯いや、残ってしまった。
それは初めての〝失敗〟⋯とある役員1人による手順の誤り、そのたった一つの失敗によって、全てが壊された。
そう、全て。
しかも、よりによって⋯。
これでは自分たちの脅威となり、逆効果になってしまう。
───殲滅しなければいけない。
031、074、089、339、490、841
今度こそは完全に完璧なモノを造らなければ。
こうして化物始末の令が下された。しかし、それは思いがけず難航することとなる。
原因は主に次の2つだろう───まず情報が極少数の者にしか伝えられていない為、手掛かりは圧倒的に少ない点。次に、なかなか表舞台に出てこない点。
目立った事件もなし、化物と思われる不審人物もなし、気になる点もなし、これでどう探せばいいのか。次々と増えるモルモットも宛にならず、犯罪抑制組織も頭を抱えるばかり。
こうして令が下されてから一週間、何の進展もなく進んでいたある日。
961───狂から1通の手紙が政府に届いた。
どんな手を使ったのか、厳重な警備をすり抜けた先───御丁寧に50円切手まで貼られた封筒が、モルモットの飼い主の机の上に置かれていた。
内容は、ただ一言───『化物を飼い始めた』
文量にすればたった1行の短文だが、事の重大性を知るためにはそれで十分だった───⋯
「ジオちゃん、どのぐらい書いた?」
突然背後から声をかけられ、ジオと呼ばれた幼い少女は動かしていた手を止め、顔を上げた。
まるで人形のように整った顔、ぱっちりとした紫の瞳が青年を捉える。
「⋯⋯まだすこし」
一言だけ呟き、再び視線を戻す。
膝の上に乗せた本。それは少女と年不相応な程に分厚く、アンティーク調の分厚めな表紙と黄ばんだ羊皮紙が年代を感じさせる。
少女が丁度開いているページには文字がぎっしりと羅列していた。
それを覗き見て、顔を顰める青年。
「うわ、結構書かれてる。しかも、もうすぐだし⋯⋯こりゃ、前のと一緒に報告しなきゃな。⋯⋯ええと、続きはここからか」
あー忙しくなりそうだ、と青年が呟いている間も少女は羽ペンを手に取り物語を綴ってゆく。
少女がページの最後の一文字を書き終えた時、ふと顔を上げ、鈴を転がすような可愛らしい声で言った。
「⋯⋯ふみはる」
「⋯⋯なんだい?」
2人の視線が絡み合う。
暫くお互いに見つめ合った後、小さな桜色の唇が薄く開いた。
───少女から飛び出した言葉は棘。
「じゃま、でていって。そんざいがうっさい」
「なにその理不尽!?」
思わず絶句した青年に追い打ちを掛ける。
「しんじゃえ」
「いつもながら俺の扱い酷くない!?死んじゃえって何!?ねえ、俺何か悪いことした!?」
「しんじゃえ、くず」
「くず!?」
「⋯ちがうの?」
瞳を潤ませ、キョトンとした顔で首を傾げる少女。
その可愛らしい表情に青年はぐっ、と言葉を飲み込む。代わりに、静かにため息を吐いた。
「見た目はこんなに愛らしいのに、言葉が⋯しかも更に酷くなったよ」
ブツブツと呟きながらも、ぬいぐるみやクッションの海に足を取られないようにして出口へと向かう。
ドアを開ける前に、後ろを振り返った。
「あー⋯と、ジオちゃん。後で一緒に報告しに行くからね?」
「⋯⋯⋯」
一緒に、というところを強調して言う青年に、無言でシッシッと手で追い払う少女。
青年の目元の涙が光った。
バタン、と青年が部屋から出ていくと、少女は開いていた本を閉じる。
「⋯⋯⋯」
何処か焦点の合わない瞳で空を見つめた。傍にあった巨大なクマのぬいぐるみを抱き寄せる。
「よん、きゅう、ぜろ、ぜろ、はち、きゅう、はち、よん、いち⋯」
伏せ目がちに呟いた後、脳内に浮かんだのは───紛れもない純粋な恐怖。本能が〝恐ろしい〟と震える。
何故、数字だけでこんなにも恐ろしいと感じるのだろうか。
「⋯⋯こわい」
眉を顰め、ぬいぐるみを一層強く抱きしめる。理由もわからず、ただ怖いとだけ感じる脳に更に恐怖した。
バタン───⋯
「⋯⋯⋯っ!」
膝の上から本が、落ちた。唐突な出来事に少女が息を呑む。
───それは何かを示唆するように。
⋯⋯少女が綴った物語は進む。