スキルの本質
お腹がいっぱいになると狼は、そのまま眠りだす。
その隙を見て、カナリアは食事を作り始める。
食材はその辺りで取ってきた木の実や果物。帰らずの森ゆえに、自然は裕福だった。王宮つきの侍女には、それなりの教養が求められる。
故に、ある程度の食べられるものは分かっていたのだ。
「ああ、ありがとうございます。カナリアさん」
そうマモルが言ったのは、何日までだろうか。
狼が眠っても、マモルはそこから動こうとしない。
カナリアが近寄って、その口元に果物を当てると、まるで機械のように咀嚼して飲み込む
「うわぁなにこれ!うめぇ、なんてくだものなんだ!?」
子どものように騒ぎながら笑顔でそう言うマモルの姿もそこにはない。
マモルの表情は変わらない
光の宿っていない目でただただ果物を噛み続けるだけ。
そして、狼が起きると、その視線からカナリア
隠すように立ち上がり、また食い物にされる。
カナリアは見ているだけ
食われて再生して食われて再生して食われて再生していて
そのやりとりをただ見るだけ。頰に一滴を垂らしながら。
言えるのは、ここに来てカナリアに危険が及んだことは未だに一度も無かった。
⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐
何日経っただろうか、何回食べられただろうか、何回再生したのだろうか
『カナリアさんを……守らなきゃ』
マモルの脳裏に残るただ一つそれだけ。異常なほどにそれだけだ。
マモルは、
声を出すのを止めた。
笑顔を作れなくなった。
痛みを感じなくなった。
狼が怖くなくなった。
そして、その日はやってきた。
⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐
狼が起き上がるのを俺は視界の片隅で捉える。
最初の方こそ狼に食われることで目を覚ましていたが、今では、そもそも睡眠をほとんど取らなくなった。それでも辛くなくなった。
段々と狼の動きが見えるようになってきている。それは、自分でも自覚している。狼が運動を怠り遅くなっているのか、自分が慣れてきているのか、はたまたその両方か、それは分からないが、事実として狼の動きは見えていた。
だが、俺は戦えない避けられない。
なぜか、後ろにはカナリアがいるから。
狼が走ってくるのが見える
そして、その口を大きく開けて、右足に噛みついた。
ここで、衝撃的なことが起こった。
狼の歯が足に通っていない。それどころか、俺の足に傷一つついていない
よく分からないので、右足を軽く振るう
すると、物凄い力に吹き飛ばされたかのように狼が飛んでいった。そして、近くの木を23本へし折ってようやくその勢いをころし、そのまま倒れ込んだ。
その姿に生気は感じられない。
本当によく分からない。
「マモル様」
すると、後ろからカナリアさんが名前を呼ぶ。いつからか彼女は俺のことを様付けで呼ぶようになった。
「」
なんだ?といったつもりだが、声が出ない。つかわなかったせいか、口だけ動かしているように見える。
すると、突然カナリアが涙を流し始めた。
いそいでそれをぬぐうと、
「マモル様、以前お教えした、恩恵の確かめをやってみてください」
と言う
やってみると、以前とは大きく変わっていた。
《歯刃耐性7》《状態異常耐性8》《精神耐性7》《睡眠耐性5》《飢餓耐性3》
そんなものが並んでいるように思える。声が出ないので、よく分からないといったふうに首をかしげるとカナリアさんが説明してくれた。
「おそらく、耐性スキルを獲得していると思われます。これは、傷を受ければ受けるほど上がっていくものなのですが、熟練度5を超えるとその肉体そのものすら強化しはじめるのです」
そして、おれの、足に目を向けて
「常人は、それほどの傷を受けることもそれで生きていられることがありませんから、耐性スキルをそれほど上げるのは不可能と言われておりました。しかし、マモル様の今までを考えると……おそらく今の現象はそういったことだと思われます」
それで、俺は理解した。
何度も食いちぎられることで、いつの間にか狼の顎がかみちぎれないほどの耐性を付けると共に、肉体を強化されていた。
あの状態異常耐性というのは、おそらく初めの頃に毒有りか無しかを確かめるときに、ついたのだろう。余程の猛毒だったらしい。
そして、それは、俺が唯一カナリアを外に返せる方法だった。
その日は、本当に久しぶりに肉を食べた。