襲撃
「危ない!!!」
突然カナリアがそう叫ぶ
「……え?」
よく分からないマモルは、惚けた顔をして、まぬけな声を出していた。
見ると、カナリアが悲壮な顔をしてマモルを……いや、その向こう側を見ている。
マモルが振り向くとその先には、真っ白い巨大な物体があった。
一瞬の疑問もその白の中に若干の赤が混ざっていることと、「グルル」という声を発していることを認識すると状況を理解し始めた
ーーーーば、化け物
自分の体を大きく上回る巨大を持った狼、恐怖しないでいられるわけがなかった。
そいつは何かを咥えていた
ーーーーあれは…人の手か?
見覚えのある、その手を見ると何の因果かふと自分の左手を確認する。
そこには、肘からが下がなくなった“腕だったもの”があった。
「い、いでぇぇぇぇえ!!」
分かると襲いかかる痛み。平和な日本で擦り傷切り傷に慣れてる人間は居ても、腕がなくなるほどのケガになれている人間はそう居まい。
そこからは、驚きの光景だった。
「な、なに!?」
カナリアが、いつもの冷静な面持ちを崩して驚愕の顔を浮かべる。目線の先には狼ではなく、マモルの姿があった。
ーーーー光っている
眩しい白光が辺りを包む
「な、なんだよ!これ」
驚きに痛みを忘れたのか、マモルでさえも声を上げていた。狼も様子を窺うように身をかがめている。
しかし、その光もものの一瞬だった。
開けた先にあったのは、腕が生えそろった五体満足のマモルの姿だ。
「なっ!!」
カナリアのこえがあがる。彼女は知っていた。回復魔法のスキルがあれば腕の欠失も治せないことはない。
だが、それが出来るのは熟練度を7以上上げる、すなわち一生を回復魔法にかけるもの達ぐらいのものだ。しかも、それには、膨大な魔力が必要。
しかし、目の前にいるマモルに疲労の色は見えない
『完全再生』の真価を目の当たりにした瞬間だった。
その実、彼女は、この森にきた時点で生き抜くことなど考えもしていなかった。しかし、これを見たとき僅かながらも希望を抱いてしまったのだ。そう、抱いてしまったのだ。
突然のことに、驚いていた二人と一匹、狼は、少し様子を見つつ、マモルが動こうとしないのを確認すると、またもや襲いかかる
しかし、反撃は来ない。
理由は簡単だ、マモルには、狼の動きが見えない、追えない。
気づいたら食われて気づいたら治っていて気づいたらまた食べられている。
狼が腕を咀嚼するうちにまた腕は生えている。
そこからは、惨劇の連続だった。
似たような現象は、チンパンジーに自慰行為を覚えさえたときのようなものか。
彼らは、一度自慰行為を覚えると死ぬまでやり続ける、と言う話は有名なものだ。
これも同じ
目の前に無限に沸いてくる食事がある
しかも、なんの危険もなしにそれを得られる
当然だ。ふたりは知らない。
この狼は森で最弱、食物連鎖の最下位にいることを
故に、生きていくために必死で戦ってきた狼にとってそれは、楽園だった。
こんななかでもマモルは、逃げようとしなかった。そう逃げようとしなかったのだ。
決して逃げられなかったから、逃げなかった訳ではない。逃げられない、というのは、事実ではあるが、気持ちはそうではなかったということだ。
『おれが食われていればカナリアに害が及ぶことはない』
それが、このときマモルの中にある唯一の気持ちだった。
出会ったばかりのカナリアを守るために自らを犠牲にして。
そして、そんな中何度もたべるうちにどんどん歯が通り辛く、つまり、マモルの体が強靭になっているのに気づいているのは、捕食者の狼だけだった。