プロローグ01
「初めまして。ようこそお越し下さいました、勇者様」
一人の少女、真っ白なドレスに美しい王冠のようなものを頭の上にちょこんと載せた美貌の少女が、一人の男に向かって言っている。
対して、男の方は、まだ寝起きのようにうつらな目をしていて、その言葉を正しく認識しているのかも怪しい
「……ここは……?」
「はい!ここは、イース王国の王宮の一部屋になります」
「?……イース王国?」
「あ、失礼いたしました。異世界の方にはなじみのないお話でしたね。イース王国というのは、この世界を束ねる四つの国の東側に位置するものになります」
ここまで聞いて、男はようやく状況を理解したかのように目を見開き、流暢にしゃべり出した。
「それで、俺が勇者?だって?」
「はい、この儀式では、少なからず元の世界を憂いている方を喚ぶようになっています。勇者様もそうだったのではないでしょうか?」
その台詞に、少し考えるように沈黙を続ける男。思ったより長かったのか、少女の方が先に切り出した。
「あ、あのっ、勇者様のお名前をお聞きしたいのですが、あっ、いえ、あのですね、決して私が知りたいという訳ではなくてですね、いや、知りたくない訳ではないのですが、って違いますっ。いつまでも勇者様とお呼びするのは、変でしょうから……」
「っぷ…あはははははは」
その妙な慌てように思わず、と言った具合に噴き出してしまった男。その態度に一瞬唖然とさせられたものの、笑われたことを認識すると、ほっぺを膨らませてプンスカと怒りをアピールしていた。
「ぶ、無礼です。わ、私は、一応姫なのですよ!」
「あ、やっぱりお姫様だったんだ。綺麗な格好してたからそうじゃないかとは思ってたけど。自分で一応って言っちゃうあたり……」
「っっ!!」
「…………」
わざと最後まで言わない、という言い方にさらに顔を真っ赤にしていく姫。しかし、それをしたのは男の本意ではなかった。
姫の少し後ろで控えているメイド服を着た女性、今の今まで全くその存在に気がつかなかったが、物凄い剣幕でこちらをにらみつけてきている。それに圧されて言えなくなった、というのが事の真相だった。
「すまんすまん、俺は神坂護。17歳だ。姫さんは?」
「私は、イース・ハートと申します。ふわぁ同い年だったのですね。私も17になります」
「ハートか……言い名前だし、似合ってるな」
「ッ!」
今度の顔を真っ赤にする現象は、怒りから来るものではないことは、誰の目にも明らかだった。まあ、その召喚の間と呼ばれる部屋には、二人と侍女を含めた三人しか居なかったが。
「それで、後ろの綺麗なメイドさんは?」
そして、実際こちらも美しい少女だった。護の世界では、コスプレとして扱われる服も、本職が着るときちんとしたものに見える。実際、どことなく格のようなものが感じられていた。
「私は侍女ですので、教える必要を感じません」
その口から放たれるのは、全く想像と逆の辛辣な言葉であったが。
「もうっ!カナリア、一応勇者様なのですよ」
一応、と付ける姫も姫だと思うが……、というのが護の素直な感想だった。
「カナリアと申します。あらかじめ言っておきますが、姫に手を出したら切り落としてから殺します。何をとは言いませんが。以後お見知りおきを」
自己紹介も辛辣で、さらに、攻撃的だった。しかも、やることがエグい上に結局死ぬというフルコース。いつの間にかナイフを右手に握っているのを見て、護は縮こんでしまった。何がとは、言わないが。
姫が、少し険悪な雰囲気を「はい!」と手を叩きながら言って、空気をかえる。
「マモル様も、意識がしっかりしてきましたし、父上の元に向かいましょうか、細かいことは、行きながら説明いたします」
そういいながら、扉に向かっていく姫。今は何も出来ない護は、その背中について行くほか選択はなかった。追い掛けるうちに、スルリと二人の間に這いよる影
「………フッ」
謎のドヤ顔とその後ろに幻えた「それ以上近づいたら切り落とす」という顔。カナリアが、近づけまいと間に入り込んだのだ。
それから、王の間に向かうまで色々な話を聞いた。
この世界にある
『恩恵』のこと
『スキル』のことと、それの熟練度と呼ばれるものについてのこと
勇者は必ず強力な恩恵を持っているということ
そして、悲劇は起こった
⭐⭐⭐⭐⭐
この先が王のいる部屋になります。
お姫様が言うと同時に軽く廊下の先を指した。おおよそ人の歩くために作られていないであろう巨大すぎる廊下故、その長さも尋常ではない。そこからさらに考えると、この建物の規模がいかに規格外か推測するのは難しくない。
したがって、護にその王の間とやらが視認できるはずもなかった。
「へ、へぇあれがソウナンダー」
見えないと知りつつも目をこらしているふりをしつつ、相づちをうつ。
しかし、そんな無駄な努力が思わぬ悲劇を生んだ
「勇者など消えてしまえぇ!!」
唐突に聞こえる叫び声。
それは、廊下からではなく、全く違う方向から
バリィーーンという音とともに、窓を突き破って城に乱入する影が一つ。全身をみすぼらしい黒装束に包んでいる。そして、その手には、一つの謎の物体
その影は、彼らが反応するより早くその物体を勇者ーーー護に向かって投げつけた。
「マモル様っ!!」
言うも遅し、そのなにかの石に見えるそれは、すでに護のもとへ到達していた。
「え、なにこれ」
そのつぶやきと莫大な光と共に、護の姿も消え失せていた。
⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐⭐
ここは、とある森。
人間の小ささを嘲笑うかのような大木が生い茂り、どこからともなくナニカのわめき声、叫び声が聞こえてくる。
そこに、黒髪黒目の少年が一人。
「あれ、俺はさっきまででっかいとこにいたはずじゃあ………………」
やっぱり夢だったのか、なんか勇者様とか言われたしな、恥ずかしっ。とさらに独白は続いていた。そして、考えがまとまったのか不意に顔を上げ一言。
「ここは……………どこなんだ?」
無論、彼も返事が返ってくるなど期待はしていなかっただろう、だが、それは嬉しい形で裏切られることとなる
「ここは、恐らく帰らずの森でしょう」
「え………」
聞こえるはずのない声が、しかもどこか聞いたことがあるような声が聞こえてくる
「ちなみに、先程までのアレは夢ではありませんよ、何者かに飛ばされたのでしょう。恐らく賊の持っていたのは転移の石だったのでしょうね」
「いや、ちょーーー」
「なんですか、まだ夢だとか思ってるんですか?いい加減にしてくれませんか、というかなんかうざいです」
「え、いきなり酷くない!?てか、ほんーーー」
「生きる価値のないゴミに話し掛けてあげてるだけでありがたいと思って下さい」
「分かったわかったから、感謝するから、落ち着いてくれ」
ふぅーふぅーとわざとらしく護自身も息を吐き、一つ深呼吸してから言った。
「何で、あんたがいるんだ?カナリアさん?」