プロローグ00
神坂護は、異世界人だ。
勇者として、この国に降臨するため、召還された。
ただし、その後に何かしらの命令がつくことはなかった。
「魔王を倒してくれ」「世界を救ってくれ」
そんな台詞は、誰一人として発することはなかった。この地に降り立ち、言われたのはその瞬間の一言だけ
『存在してくれれば、それでいい』
かつては、確かに前述したような目的のために召還が行われていたらしい、書物にも《魔王》なる存在がいたことを示すものがある。
しかし、それは昔の話。今は、魔王という名はお伽噺の中だけの者である。
そして、その中でも、また、実際にも異世界から呼ばれた勇者という存在がその《魔王》を倒したことは、ほぼ全てのひとが知っている事実である。
故に、勇者、という肩書きはそれだけで民衆の心を惹きつけ、国の統治がしやすくなる。民意を束ねやすくなるからだ。
それだけではない、
今までは、魔王たちとの戦いが終わり、長らくの平和が訪れていた。
勇者は、依然として政治のための《道具》として何度も召喚され続けてきたが、今回の目的はもう一つあった。
ある学者が言ったのだ。
「このままでは、民を養うための食料が足りなくなる」
学者でなくてもそんなことは時間が経てば分かることだ。
平和がもたらしたのは、良いことばかりではなかったということだ。
戦争があったころは、何人という人が日々死に続けていた。それが、何の因果か人口調節のスタビライザーとなり、食糧問題が起こることは、どんな国でもなかった。
だが、現在。人が死ぬとは言っても、大気中の魔力が偏在しているため発生する、不規則な魔力溜まりから出てくる、通称《魔獣》と呼ばれる化け物による襲撃ぐらいのものだ。かつての戦乱の時代にくらべれば、微々たるものになる。
もっと言えば、平和のおかげで、魔法技術から医学的技術までもが上昇、生活水準上昇、それによる、寿命の上昇、そんな要因が重なり合って、逆に危機的状況を招いていた。
すなはち、国同士の領土、食糧などをめぐる戦争だ。
その二つのための道具として、ほぼ同じ時期に複数の国で勇者の召喚が行われたのだ。