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還らない想いは

「俺、誰だっけ…」

記憶喪失なわけでもないがそんな言葉を漏らした。

「いってえ…」

足の方を見ると驚愕した。

鉄骨に、足が潰されている。

「なんだよこれ…助けて!助けて!」

携帯はポケットに入っておらず、俺はひたすら叫んだ。

叫び疲れて、しばらくすると知らない間に目を閉じていた。

眠るんだよな、死なないよな。

「大丈夫ですか!」

天国からの迎えか…?やっぱ死ぬのか…?

「救急車呼びます!待っててください!」

目を少し見開くと、女の人の顔があった。

女子高生みたいだった。美人だった。

他人の情報はわかっても、自分が誰だかわからない。

体の大きさからして…俺は高校生に生まれ変わったのか?

「ありがとう」

感謝を伝え、俺は疲れからか寝てしまった。


「え、ここは?」

起きると、ピンク色のカーペットがひかれたリビングのような場所にいた。

「病院じゃない…?」

ガチャッとドアが開いて女の人が入ってくる。助けてくれた女の人だった。

「目、覚めたんだね。足は大丈夫?」

足を見ても、傷一つない。鉄骨に埋もれただけだったようだ。

「大丈夫、助けてくれて本当にありがとう」

俺がにっと笑うと彼女はぽっと頬を赤らめた。

「こちらこそ、出逢いをありがとう…じゃなくて、えーっと、うん、とりあえず無事でよかった」

一件落着だったはずなのだが、俺は未だに自分が誰だか思い出せない。

「あの…自分は、誰ですか…?」

ニコニコしながら彼女は答える。

「隣のクラスの黒岩公樹くんだったよね、ボケないでよ困るじゃん」

黒岩公樹、それが俺の名前か。前の人生と全く違って戸惑うな。

「君の名前は…」

ふと思いついたように俺は聞く。その方が色々言われたりしないだろう。

「私は天使!あなたを守る天使…ってわけじゃなくて普通に周藤宏海だよ」

「普通に」の意味がわからないが、宏海ちゃんというのはわかった。

「宏海、俺は…」

俺は大事なことを話そうとしたが、まだ時は来ていないと口をつぐんだ。

「宏海って…私のことなんで名前で呼んでるの…?」

「なんとなく」

「なんとなくとかサイテー。気があるとか言ってみなさいよ」しばらくこんなおしゃべりが続いた。

宏海と、仲良くなれてよかった。ただこの人は本当の俺を知らない。

「宮戸遊真」という俺の名前も。


「ごめん、俺帰んなきゃ」

夜の8時を過ぎ、家に帰らなければいけない時間になる。宏海とのひと時も楽しかったけど、それより俺にはやることがあったのだ。

「親が心配してる」

親の顔を見に行くことだった。

今まで親のどっちかが死んでいて不自由な生活を送っていた俺としては、両親がいることほど嬉しいことはない。

「じゃあね、公樹」


夜の道は怖い。街灯の陰に露出狂が隠れてたりどこかから監視されてたり…こんなこと考えるのは少年の悲しき性だ。

ところで、家はどこだろう。本物の記憶喪失を味わったようだった。ポケットに入れられた紙切れには、ちゃんと住所も家の形も自分の部屋のエ○本の数も載っていた。

「こんなん親に見られたらどうするつもりだったんだよ…」

スーパーおバカな自分に呆れてため息をつく。

このため息には、今までのことに対する不満が全て滲み込んでいる気がした。


あの時親父が○○○を殺さなければ…最初から母親が生きてたら…俺があの時○○○を…

「はっ」

○○○って、誰だ…?思い出そうとすると頭がガンガンして何も考えられなくなる。

それに抵抗する間も無く家に着いたようだ。

ドアノブを右に一回転すると玄関はあっけなく開いた。

「公樹…!?今までどこ行ってたのよ!パパもママも心配したのよ!」

父さんと母さんが寄ってくる。2人の胸に埋もれて俺は苦しい。

でも、家族がいるという安心感は最高だった。

こんなに心配してくれる母さんがいる。

こんなに必死そうだった父さんがいる。

「嬉しい…」

涙目で俺は素直な気持ちを言葉にした。

「何が嬉しいのよ…パパもママもどれだけ心配したと思ってるのよ…」

母さんによると、俺は丸1日家に戻らなかったらしい。最初は友達と遊ぼうとしていたらしいが、連絡が取れなかったらしく両親は家でじっと待っていたらしい。

ここで警察に捜索願を出すこともできたのだが、大事にはしたくなかったと母さんは言っている。

「じゃあ公樹が帰ってきたから早速夜ごはんにしましょう」

食卓には豪勢な食事が並んでいる。もしも俺が帰れなかったらどうするつもりだったんだろう。

「美味しそうなステーキだね」

テーブルの真ん中には何gあるかわからないぐらいのステーキが盛り付けられている。

「いただきます!」

全員で同時に合掌。喜びの象徴。

家族全員で食べるなんて、俺の夢が叶ったみたいだ。嬉しくて嬉しくてしょうがない。

その日は食べ過ぎてトイレに直行するはめになった。


次の日は学校があった。今までの人生で初めて経験する高校。

「行ってくる」

朝の眩しい太陽光を浴びて外に出る。目が壊れるくらい眩しい。俺は知らなかったが、もうすぐ夏休みらしい。

「おい公樹、大丈夫か!」

朝一番に言われたクラスメイトの言葉がそれ。おはようとか行ってくれないのか。

「大丈夫」

「宏海ちゃんの膝枕はよかった?」

全くそういうの考えてないが、とりあえず答えておく。

「気持ちよかったなあ」

羨ましそうに見てくる友達に俺はそっけなく返す。

「お前にゃ無理だな」

「ひっでえな」

こいつの名前はなんだろう。チラッと上履きを見ると、鍋森と書いてある。

「勝、自販機んとこ行かね?」

勝と呼ばれていることから、こいつの名前は「鍋森勝」らしい。ポジション的に言うと親友ぐらいだろうか。

「よ、公樹」

また名前を呼ばれて振り向く。そこには、何かを感じさせる奴がいた。

「よっ」

上履きに書いてあった苗字は、「宮戸」。偶然俺の前の苗字と同じっぽい。

「ついにお前ら付き合ったのか、よかったな」そういう前提なのか。俺と宏海はそんなに仲よかったのか。

「うるせぇ、お前の名前UMA(未確認生物)にするぞ」

なんとなくだが、こいつには俺と同じオーラを感じた。だからこそ、名前を調べようとこんなことを言った。

「俺の名前の遊真にかけてんのか?全く面白くねえよ」

やっぱりそうだ。こいつは俺だ。中に入っている魂が違うだけで、こいつは「宮戸遊真」の人生を送っている。

「付き合わねえと俺みたいなリア充になれねぇぜ?」

遊真が自慢げに言うので、聞いてみた。

「そーいやお前誰と付き合ってんだっけ」

さも知らないように問いかけ、遊真は更に上から目線で話してきた。

「忘れたのかぁ?俺の彼女は美与子だよ、清水美与子」

全てを思い出した。俺の、宮戸遊真の彼女は清水美与子だった。

なぜ、だ?美与子は父親のせいで死んだはずだ。高校まで生きてるはずがない。ということは…


こいつは今俺が昔目指した最高の人生を、こんなに楽しそうに送っているということか?

俺はなぜこいつになれなかった?俺が宮戸遊真に戻っていれば、俺はこのタイムトラベルを終わらせることができたはずなのに。

美与子を好きな宮戸遊真は、「俺だったのに。」

もう俺は、美与子を好きじゃなくなってしまったのに。

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