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幾つもの改変

「美与子…?」

下の名前で呼んだのは初めてだ。ところで俺は今、どこにいるんだ?

「ここはどこだ?」

目の前の人影に話しかける。その影の形はどこかで、見たり会ったりしたことがあるような気がした。

「遊真くんは、どこに行きたい?」

躊躇せず、俺は自分の気持ちに正直になり、行きたい場所を言った。

「…に行きたい」

「そう、じゃあ、行ってらっしゃい」

俺の体から力が抜け、立ってたはずの床が崩れ始めた。底なしの白い世界を、延々と落ちていった。

誰もいない、何もない。願うのは、この世界から早く出たい。それだけだった。


「生まれましたよ」

俺は大きな産声をあげた。眩しい世界へ、2度目の誕生を遂げたのだ。

「可愛がってあげるからね、遊真」

1度目の人生と同じ名前をつけられた俺は、温かい母親の懐に埋もれている。

不自然なのは母親の顔が変わっていないということだろうか。1度目と同一人物の気がしてならない。

「ほら、お父さん、生まれたよ」

母親は窓際に目を向ける。つられて生まれたばかりの俺もそっちを向く。

1枚の顔写真が置いてあった。それも、前は生きていたはずの父親の写真。

「天国で見守っててくれてるよね」

過去は、変わってしまったのだ。父親は31歳という若さで交通事故により亡くなっている、らしい。

ということは未来も変わり、美与子が父親に殺される未来もなくなった。

幸せな未来へ、進むことができるのだ。


幼稚園は順調に進級していき、年長になった頃。

「今日からここの幼稚園に入ることになった、清水美与子!よろしく!」

オオーーーーッ!!とはしゃぐ同じ組の子たち。その中で1人俺は額に汗をかいていた。

「美与子ちゃんの席はあそこ、遊真くんの隣ね」

よりによって、空いていた席が俺の隣しかなかった。

近寄ってくる美与子の顔も見れない。俯くことしか今はできなかった。

「よろしくね、遊真くん!」

小1で出逢うはずの人と年長の時点で知り合うということは…

未来が、また一つ変わっている。いい方向か、悪い方向かのどちらかへ。

「よ、よろしく…」俺はできる限りの挨拶をしたつもりだが、美与子には悪い印象を与えてしまった。

「色々教えてね」

悪い方向へ進むことは、もうわかってしまった。だが、いつでも時間跳躍ができるわけではないため、俺は2つ目の人生を改めて歩み始めた。

「遊真くん、どうしたの?元気なさそう」

美与子の顔が目の前にある。慌てて俺は顔を背け、「なんでもないよ」と呟く。

「そう?そんな風には見えないけど…」

やっぱり見透かされてる。まるで俺の全てを知っているように。

「美与子ちゃん、俺は大丈夫だからほっといて」

最低な男だ、俺は。女子の優しさをこうも簡単に踏みにじるなんて。

「うん…わかった」

悲しそうに席を外す美与子の後ろ姿を見て、俺はこっそり幼稚園を抜け出した。

「あれ、遊真くん?幼稚園じゃないの?」

帰り道で近所のおばさんに話しかけられ、咄嗟に思いついた言い訳を言う。

「お腹痛くて…」

「そうなんだ…お大事にね」

親しみのあるおばさんにも嘘をついて、俺は家に帰った。

「遊真?幼稚園はどうしたの?」

玄関に母親が走ってくる。

「お腹痛かったから…」

苦し紛れの言い訳はなんとか通じたようで、「自分の部屋でゆっくり寝てたほうがいいわ」とだけ言われて母親は家事に戻っていった。

俺は結局部屋で寝転んでいただけだった。仮病が楽なものだと思えてしまう自分は、極悪人のように思えた。

母親は幼稚園に上手く事情を伝えてくれたようで、安心した。

母親もこき使えるようになった自分がここにいる事実、末路は見えている。いつか逮捕されるかもしれない。

その時から、俺は幼稚園に行かなくなった。あと5ヶ月、全ての授業を休んだ。母親は俺が幼稚園に行きたくないことを察してくれて、ある時園長先生と面談をしたらしい。そして、園長公認で俺は休めることになった。

だが、休む日を重ねる毎に、母親はだんだんとやつれていった。


ついに幼稚園の卒園式の日。俺は5ヶ月間行かなかった幼稚園へ向かった。

「え…あんな子いました?」

保護者たちは俺の姿を見て疑問を覚えた。そりゃ毎日毎日迎えに来ている保護者たちには怪しまれるはずだ。

「卒園式を始めます」

園長の話、挨拶などは全く頭に入ってこない。半分寝たような状態で、式をそつなくこなした。

「卒園式を終わります」

あっという間だった。列に並んでホールから出た後は、俺は1人でさっさと帰ろうとした。

それを、止めようとする女子もいた。

「遊真くん…!」

がっしりと腕を掴まれ、ふりほどけないほどの力を加えられる。

「美与子ちゃん、やめてよ」

「やめない!なんで幼稚園に来なかったの!」

本気の怒りの表情を、初めて見た。それを見ていると、俺も逆ギレしたくなってくる。

「来たくなかったんだよ」

美与子の手を思い切りはたいて、俺は半泣きの状態で1度も振り返らずに帰った。

後ろから、美与子の泣いている声が聞こえた。慰めている同級生の声も聞こえた。

何も聞こえなくなった時、俺は小さな声で呟いた。

「もう、好きじゃねぇよ」

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