禁忌解放
「どういうことだ…?」
言葉使いも変わっている。完全に、俺は変わったのだ。
自分の部屋には散らかった雑誌や漫画、教科書の山。教科書のタイトルは、「中学1年数学」。
「そっか、俺は中学生になったのか…」
不思議なことに、冷静な自分がいた。
突然、アラームが鳴り出す。ジリジリジリジリという音で耳をやられる。
「うるせぇ…あ、学校か」
頭を掻き毟りながら学校の準備をする。
どこの中学かは、わかっている。うちの近くの遊会中学だ。名前だけ聞くとヤバい感じがするが、それは名前だけである。
「すいませーーーん!遊真君はいらっしゃいますかねーーー!」
窓を思い切り開けて俺は叫ぶ。
「うるせー!今行くから待ってろ奏太!」
白金奏太は俺のクラスメイトで、今の所一番仲がいい。俺は一応、信頼してる。
「行くぞー!」
愛用の自転車を走らせ、中学へ向かった。舗装された道は昔と変わり、面影は残っていない。
「そーいや遊真は一人暮らしなんだっけ?暇なときなにしてんの?やばい本とか読んじゃってる?」
自転車をこぎながらニヤニヤする奏太に俺は笑顔で答えよう。
「やばい本自体ないから」
「純粋だなぁ」
「恋愛したいなぁ」
可愛い女子もたくさんいるし、俺自身もモテないわけじゃない。だけど、何かを忘れられなくて今を彷徨ってる。「今」が何かも知らず。
「あなたはモテているにも関わらず何を言いだすのかしら」
どこの学校にもいる、委員長。一つだけ違う点があるけど。
「委員長だってモテてんじゃん」
「なっ…私はそんなの気にしないんだからっ!」
…ツンデレってことかな。
「じゃあね、俺はトイレであんなことやこんなことしてくっから」
「何よそれ、変態!」
俺も俺で変態っていう特徴持ってるけどね。
廊下でこちらへ超スピードで走る女子がいる。不意に廊下へ出た俺は思い切りぶつかってしまった。
「いって…大丈夫か?」
「うん大丈夫!あ、遊真くん!おはよう、竜司くんが大変なの、ヤンキーの集団に絡まれてるの!」
竜司は喧嘩っ早いからいつヤンキーにボコボコにされるかわかったもんじゃない。俺が助けに行かなければ。
「ありがと栞!」
登校中の生徒たちを押しのけながら走り、制服姿のまま街道に出る。
雑貨屋と服屋が立ち並ぶ大通りで俺は目を凝らす。
すると、店と店の間に背の高い男たちが戯れている。その真ん中には、竜司の小さな体が見えた。
だがその体は原型をとどめておらず、凹みが所々にあり顔は大きく腫れている。
目は上を向き、口は半開き。遠くから見てもわかる。
…死んでいる。いや、殺されたのだ。
「何見てんだガキ?」
こちらに矛先が向いた。俺は殺されたくない、竜司の様になりたくない。
路地裏を抜け出て、地元民のみが知っている裏道を駆け抜けた。
「待てやガキィ!」
「どこ行きやがった!」
その頃俺は100m離れたところにある公園の茂みに隠れていた。さすがにここはわからないようで、男たちは引き返していった。
「遊真?そこで何してんだ?」
気づかれたか、と思ったが後ろを向くと奏太がいた。
「奏太…竜司が死んでた」
奏太は平然とした顔でいる。まるで知っていたかのように、表情一つ変えない。
「そうか」
疑問を覚えながらも、俺は奏太と一緒に学校に戻った。
「二人とも大丈夫だった!?竜司くんが路地裏で死んでたらしいの、巻き込まれたりしてないよね!?」
委員長のキャラが崩壊し、発狂しまくりのキ○ガイと化していた。
「あ、うん、大丈夫」
「遊真くん!竜司くんが…」
栞も慌てすぎで汗びっしょりになっている。
「聞いたよ、俺らその死体見てきた」
「えぇ…事件の内容とかは?」
思い出せるのは、男に囲まれていたことぐらいしかない。
「不良かなんかに囲まれて暴行を加えられて死んだんだと思う、そいつらに俺も追いかけられた」
今は普通に話してるけど、追いかけられてる時はすごい怖かった。
「大丈夫!?」
「おう」
ピーンポーンパーンポーン。半年に1回使われるか使われないかのアナウンスが流れた。
「えー本日は重大な事件があったため生徒の安全を図り学校を臨時の休みとします、帰宅時は一人で帰らず、友達を連れて帰ってください」
よっしゃー!と皆が口々に騒ぎ出すが、俺は正直怖い。どこでさっきの奴らに会うかわからないし、会ったら最期というのが洒落にならない。
「はぁ…」
「帰る人がいないの?じゃあ仕方ないから私が一緒に帰ってあげるわ」
ツンデレ、最強。
「よし帰ろ」
きょとんとする委員長の手を引き、校門を出た。
「あんた、本当に私と帰るの?」
「そうだけど」
「そ、そう」
覇気がない委員長もいいなぁとか思う今日この頃だが、不安は尽きぬまま。人口が密集しているところでは特に気をつけなければ何が起こるかわからない。
「委員長、なんで俺と帰ろうとしたの?」
「うるさい、黙って帰りなさい」
言葉にトゲはなかった。弟をなだめる姉のような口調。
兄弟がいない俺にはあまりわからないが、いたら頼もしい、姉貴だ。
「気をつけて帰るのよ」
「委員長は俺の母ちゃんかよ」
別れ際に交わすのは独特の挨拶。カラスが電柱を渡る夕方のことだった。
「まもなく、5時30分になります」
ニュースが告げたこの時間は、通り魔が出現しそうな時刻。
俺は仇を打つつもりで外に出た。ポケットにはカッターを装備した。
「無理しないで」
背後には誰か、心強い人がついてくれている。幽霊が後押ししてくれている。
その幽霊と俺は、いつだったか会ったことが…
「次の獲物は誰だ?」
ふと聞こえた男の声は、朝に聞いた覚えがある。
「うちのクラスにいいのがいるぜ、宮戸遊真って奴がな」
…俺の名前!!次のターゲットは俺?嘘だ、死にたくない。
目を凝らすと、クラスメイトの顔が見えた。
「奏太…」
反射的に声を出してしまった。やばい、と思った時には男5人に道を塞がれた。
「朝逃げたガキじゃねぇか、死にに来たのか?」
「いい度胸じゃねぇか、白金、こいつ殺っていいか?」
奏太は笑いながら言う。
「殺っちまえ、そいつが宮戸遊真だ。」
なんで?奏太、お前は俺の友達じゃ…
「俺を友達だと思ってたのか?笑えるぜ!思い込みが激しすぎんだろ?自意識過剰!居場所がねぇお前なんて死んじまえ、宮戸!」
俺の心はズタズタになって、亀裂が生じた。
「はっはっはクズ野郎!オトモダチに裏切られたな!信じる方がバカだろ!人間を恨んで死ね!」
不良に罵声を浴びせられながら隅に追い詰められ、腹を思い切り殴られる。
血を吐いて、吐瀉物を地面に垂らす。
顔も殴られて鼻血がふき出す。強く舌を噛み、血の味が口の中を回る。
「あれぇ?もうダウンですかぁ?もうちょっとやるガキかと思ったのに、白金、こいつがターゲットっておかしいんじゃねぇの?」
裏切り者…
「ここまで弱いと思わなかったぜ、心も体も腐ってんな」
死ね…
「行こうぜ、こいつは死んだことにして」
俺が、殺す…
「もう死んでんじゃね?」
許さない…絶対に…生きて返さない!!
自然と自分の手が動いた。ポケットのカッターを取り、ゆっくりと立ち上がった。
「これからどうすんだよ」
「次のターゲットは委員長かな」
殺らせない…
「おい、足音しねぇ?誰も近くにはいなかったよな?」
「まさか…」
男たちが一気に振り向いた。だが俺はカッターを奏太の背中に刺した後だった。
「くっ…そっ…野郎…」
奏太を殺し、残り5人が立ちはだかる。
「俺たちに敵うと思ってんのか?」
言葉を無視し俺は突進する。
「なんだこいつ、目も息もイってやがる!」
ハァハァと荒い息をたてながら本能の赴くままに辺り構わず切っていく。
顔を半分に切り、目をカッターでガリガリと掘っていき、指を一本一本切っていく。
最後には、5人全員の性器までもザクザク切っていった。
「うぐっ…なめんなよキ○ガイ…」
生き残りの男の喉に俺は手を突っ込み、両手で口を引き裂いた。
「うがぁ…」
そして声を上げなくなった。俺が喋れなくさせた。
ただ俺は、死体たちを見て興奮しているだけだった。
正気に戻り、俺は走って逃げた。玄関のドアをバンと強く閉めた。
つけっぱなしにしていたTVから聞こえるのは、壊れた世界のニュース。
「警察が、使い物にならなくなりました」