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戻らぬ日常

「宮戸くんの家ってどこ??」

「もうすぐだよ」

夕方5時頃に、僕の家に着いた。それも、女の子を連れて、だった。

「すっごい散らかってるけど、気にしないで」

毎日毎日起きて寝てを繰り返すうちに家の汚さに慣れている自分がいた。

「き、汚い…」

初見の人はそういうだろう。勿論のこと清水さんも「き…」と言っていた。その後に続く言葉は誰でもわかる。

「今父親いないから、テレビ見ても寝てもいいよ」

テキトーに言う彼氏を、清水さんは許してはいないはずだ。酷く汚い家に入らせて挙句の果てに何してもいい、なんて何したらいいかわからないではないか。

単細胞な僕は、そのとき後悔なんてこれっぽっちもしなかった。こういう男を世間は「デリカシーがない」と言うのだろう。

そして僕は困り顔の清水さんを居間に座らせて、何気なく話を始めた。

清水さんが窓の外をずっと見つめていること、そしてその目線の先に、ある男が立っていたということも知らずに。

「でさ、僕の家ってさ…」

話を始めようとした瞬間に、玄関が思い切り開いた。

「きゃっ!」

あまりのショックに清水さんが気を失いそうになる。僕は焦りながら居間のドアを開けた。

玄関の側に、太った男が立っている。よく知っている、子供の頃から知っている、明らかなデブ体型。

腰抜けな自分を抑えて玄関へ歩いていく。近づくほどに男の体は大きく思える。

「と…」

僕は言葉を詰まらせた。最悪のタイミングで、最悪の奴が帰ってきた。

「父さん…」

鬼の形相でこちらを睨みながら、ずかずかと床を鳴らしながら向かってくる。左手には缶ビールが何本も入った袋、右手にはバットが握ってあった。

金属製のバットは、赤く染まっていた。

「お前に父さんと呼ばれる筋合いはない」

殺人鬼のようなものががすぐそばを通り過ぎた気がして、僕はその場に膝をついた。

「どこ行くの、父さん…」

父親が真っ先に向かっている場所はわかっている。清水さんのいる、居間であろう。

「あの女は誰だ」

思わぬ質問が返ってくる。鋭い殺気を感じ取れたのか、僕は父さんの足を掴んでいた。

「何の用だ」

父親はこちらを振り返り、ニコッと笑って僕を強く蹴った。その後には缶ビールを袋ごと投げつけられ、額から血が吹き出た。

痛そうにわめく息子を無視して父親は進む。

僕の意識はだんだんと薄れ、もう目を開けてられないと思った時に、僕は叫んだ。

「やめてよ、父さん!!」


どれくらいの時間が経っただろう。気を失った僕は廊下で倒れていたらしい。

ところで、清水さんが見当たらない。家に連れてきた記憶しか脳内に残っておらず、どこで話していたかも忘れていた。

「僕たちはどうしてたんだっけ…」

頭の中を奥深くまで探り、バラバラの記憶の破片に辿り着いた。

「居間…」

しかし、誰の声もしない。帰ってしまったのだろうか。僕は嫌われてビンタでもされて気を失っていたのだろうか。

「清水さん?いる?」

何も帰ってこない。それどころか、物音一つしない。やはり、帰ってしまったのだ。

「嫌われちゃったんだ…」

一般人からしたら小2の恋愛なんてこんなものだろうが、僕にはそれなりにダメージを与えたのだった。

「はぁ…」

大きくため息をつき、僕は忘れ物がないか居間に見に行った。

よく見ると、居間のドアから何か漏れ出している。

「赤い…?」

そう、それは血。血液。指を切ったりしたらたらたらと出てくる、血。

「どうしたの!ねぇ!清水さん!」

記憶が戻りかけるのを感じながら、僕は猪のような勢いで居間へ突進していく。

「…開かない!」

ドアを思い切り引っ張ると、チェーンが見えた。鉄のチェーンによって固く塞がれている。

僕は咄嗟に近くにあったバットを取って、力強く振り下ろす。

「清水さん?」

ドアには小さな穴しか開かなかったが、そこから清水さんの顔が見えた。

何故か、彼女の目は大きく見開かれていた。

「清水さん!」

安心感とともに、バットは何回も振り下ろされた。

ドアが壊れていくと同時に、僕には清水さんの「体のパーツ」が少しずつ見えていった。

バラバラの、肉片達が。

「し、み…」

近くに包丁が投げ捨てられている。刃の部分には鮮血がこれでもかというほど付いている。

顔と手と足と腹と胸がボトボトと散乱し、骨が見えるほどえぐられている。

「なんで?どうして?」

頭の中のケーブルが一つずつ切れていく。崩壊寸前の脳ミソを僕は止めることができなかった。

「うあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

最後の一本が切れた時、頭が真っ白になって電撃が走った。

彼女の亡骸を抱えながら、僕はその場に倒れた。


「…君はどこで、何をしていたと聞いている」

警察官の尋問は時間を重ねるほどにひどくなっていく。

遊真はぽつんとして何も答えない。いや、答えられないのだ。自分の名前以外の記憶をなくした彼に、答えられることなどない。

「聞いているのか!」

警察官は罵声を浴びせ、無理やり喋らせようとする。だが、遊真は思うように口を動かせず、「あ、え、い」としか言えなかった。

そしてとうとう、警察官は強行手段に出た。

「早く喋れ!顔面ボコボコになりてえか!」

少しの間遊真を殴り続けた後、その警察官は尋問部屋に駆けつけた他の警察官達によって連れて行かれた。

「すまなかったな、何か言いたいことはあるか?」

優しそうに聞かれ、遊真は頑張って口を動かす。

「なにもわかりません」

「そうか、じゃあ一度病院へ行くか。話を聞くのはその後にしよう」

うん、と頷き、そのまま気を失った遊真は病院へ搬送されていった。

「つらいかもだけど、がんばれ」

私の声は、届かないのかな。人には、戻れないのかな。

少しでも、出来ることがあったらいいな。

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