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リシェの服を切り裂いてみて気づいたこと……ぼくにこんな能力が!?

《リシェとの特訓》


「えっへへぇ、お待たせしましたぁ。今日のお相手はあたしなのだぁ」

 いつもより少しだけぶりっ子気味に、リシェは両拳を頬に当てるポーズで言う。ここまで「作って」見せるのはもはや天晴れと言うしかないと思う。しかも、恐ろしいことに、それが似合ってしまっているのだ……。リシェの完璧な計算のなせる業なのだろう。


 目の前の、少し頭の弱そうな(失礼)美少女と武術の訓練、という違和感を拭いきれず、ぼくは取りあえず雑談を持ちかけた。


「ねぇ、最初に会った日、コキュの剣が光ってたけど、あれってどうやるのかな? リシェは確か、剣気って言ってたよね」

「うーん、剣気は、おいそれと狙って発現させることができるものじゃないよ。何て言うのかな、基本的に強い感情の発露に伴って発現するものだから……」


 一転、口調が変わり、何やら難しげな言葉が並ぶ。こういうリシェを見ると、あのぶりっ子が、あくまでもロールプレイであることがわかる。


「なるほど……リシェにもできるの?」

「できるよ。コキュたんとは違う質だけどね」


「剣気にも色々あるんだ?」

「うん。その人の性格がすごく反映されるから……というより、寧ろ、性格に偏りがないと、剣気は発現しにくいかも」


「それってどういうこと?」

「例えば、コキュたんの剣気は雷火、すぐに熱くなる性格が火を現してて、かつ、すぐに怒るところが雷を現してるの」


「雷火、かぁ……ちょっとわかるかも」

「あたしの剣気は、『風』。何者にも囚われず、自由気儘な『風』……」


「単にわがままなだけじゃ……うっ」

 リシェの足が綺麗な弧を描いてぼくの股間を蹴り上げる。

「先生に向かってそんな失礼なことを言うのはこのお口かな? このお口かな?」

 思わずうずくまったぼくの頬を両手でつねりながら、危険なくらい甘ったるい声でリシェが言った。

「ほめんははい、ほめんははい……」

 涙を堪えながら、不用意な発言をぼくは本気で悔いた。


「じゃあ、ぼくには無理かなぁ、剣気……。自分で言うのもなんだけど、取り立てて性格に特徴がないんだよね……」

 呻きながらのたうち回るうちにようやく痛みも収まり、ぼくは話を本題に戻した。武芸の経験がないぼくでも、あんなすごい光が出せたらかっこいいし、何より簡単に強くなれるかな、なんて甘いことを考えていたのだ。


「確かに、ありすたんは、気が弱くてうじうじ悩みそうだし、一つの感情に盲目的に支配されるとかはなさそうだよね」

 さっきのお返しか、きついことをずけずけと言う。まあ、図星なのだけれど。


「でも、本当はね、感情に任せて剣気を出すのは未熟者だとされるんだよ。狙って出せないし」

「確かに、すぐ怒りに我を忘れたら、勝てない気がするよね」


「そうそう。達人になると、自分で感情を制御して剣気が出せるんだよ。カミナたんは狙って出せるみたい。操る剣気は『風』と『氷』」

「そうなんだ。カミナってすごいんだね」


「でも、『剣聖』シリウス様はもっとすごいよ。四大属性……地水火風、全部使いこなせるらしいし」

「また、シリウスか……」

 みんなが奴を誉めそやす。ぼくは、見たこともない奴にかなり本気で敵意を覚えていた。


「あれ、ありすたん、シリウス様を知ってるの?」

「知らないよ」

 少しぶっきらぼうに言う。そんなぼくを見て、リシェがちょっと意地悪く笑った。


「さては、ありすたん、シリウス様に妬いてるな? 確かに、どこかの変態女装少年と違って、掛け値なしのいい男だからなぁ」

 トリチェと違って、リシェは本当に鋭かった。


「でも、まあ、ありすたんもそんなに悪くないと思うよ? 可愛いし、お肌すべすべだし」

 突然ぼくの顔を撫でながら言ってくるリシェに、自分でもわかるくらいに顔が赤くなる。

「な、なにバカなこと言ってるのさ、早く訓練しようよっ」


「えへへ、照れちゃってかぁいぃ。でも、あたしは、ありすたんならシリウス様にも負けずに四つくらい属性が使いこなせるようになると思ってるんだよ」

「ほんとに?」

「うん……。ありすたんなら、努力次第では弟属性、男の娘属性、ショタ属性と執事属性まで使いこなせそう」

「……」

 そんな四大属性嫌過ぎる。うなだれるぼくを見てリシェは満足の笑みを一つ漏らした。


「さて、そろそろほんとに訓練しないとね」

 彼女は少し表情を改めた。

「う、うん」

 つられてぼくも表情を改める。じゃれあいが終わってしまったのは残念だけれど……。


「あたしが教えてあげるのは、短剣の使い方だよ。短剣はね、騎士とか戦士とかに限らず、人にとって最も身近な武器なんだよ。一本あれば、料理から殺人まで、なんだって出来るし。それに、軽くて腕力のない女性でも使えるし……。勿論、一番役に立つ武器は、自分自身、なんだけどね?」


 言って、リシェはスリットになっているワンピースのスカートから、ちらり、と美しい脚線を覗かせた。思わず目が釘付けになる……。

「えっ!?」

 ぼくの目が、リシェの太ももに奪われたその一瞬の間に、リシェはぼくの喉元に短剣を突きつけていた。


「ほら、こんな感じ。これなら、か弱いあたしでも、屈強な殿方を殺せるでしょ?」

 リシェが悪戯っぽく笑う。確かに、リシェがその気なら、ぼくはもう生きていない。自分の浅ましいすけべ心が情けない……。


「男の子なんだから、すけべなのは仕方ないよ」

 完全に見透かされてる。

「ごめんなさい」

 ぼくは謝ることしかできなかった。


「うふふ、そんなありすたんには、特別に、あたしが短剣の扱い方を覚えた訓練法を教えてあげるね」

 言いながら、リシェは手の中の短剣をくるくると自由自在に弄んで見せた。素人のぼくにも解るくらい、鮮やかな技量だ。


「う、うん、お願い」

 どんな訓練なのか、少し嫌な予感がしたけれど、仕方なく頷く。

「ほら、ありすたん、短剣を持って」

 リシェはぼくに短剣を渡して、その後、宿舎の壁際まで歩いていくと、壁にもたれかかった。怪訝に思いながらも、ぼくはリシェに続く。


「じゃあ、ありすたん、はじめるよ……。その短剣で、あたしの服を切り裂いて?」

「ええっ!?」


「あたしが、まあ、そういう酒場で働いていたのは聞いたでしょ? そこではそういう見世物があったから……。でも、これなら頑張れそうでしょ? すけべなありすたんは……」

 悪戯っぽく舌を出して言うリシェ。

 ごくりっ

 思わずぼくは生唾を飲み込んだ。罪悪感とか良心とかが頭の中でぐるぐる回る。


「でも、あたしの肌に傷付けちゃ、いやだよ?」

 潤んだ瞳でぼくを見つめながら、悩ましげな声で言う。その声で理性は完全に吹き飛んだ。震える手で、短剣をおそるおそるリシェに近づける。


「ゆっくり、だよ、ゆっくり……」

 リシェの着ている、少しゆったりめのワンピースの胸元に刃先を近づけていく。いきなり刃を立てると、リシェのきめ細やかな肌は簡単に傷付いてしまいそうで……。とりあえずぼくは、短剣の腹をリシェの胸元にすべり込ませた。


「いゃっ、冷たっ」

 リシェが艶かしく呻く。ぼくはそのまま短剣で服を引っ張って隙間を作り、そこでようやくワンピースに刃を立てた。恐る恐る、刃を下へ引いていく。


「あ、下着は、切っちゃだめだからね……恥ずかしいし……」

「う、うん……」


 そう答えながらも、ぼくは震える手で短剣を動かすのに精一杯で、狙って下着を切ったり、切らなかったりという微妙な力加減は到底できそうもなかった。


 幸い(?)刃がブラを切断することはなかったのだけれど、刃が胸元を過ぎ、腹部に至るに従って、リシェの白く美しい肌が露になり、その白さとは対照的にリシェの頬は赤く染まって……。昼下がりの静寂に、速くなったぼくの鼓動とリシェの吐息だけが大きく聞こえた。


「じゃあ、そのまま、左脚の方に……」

 リシェがスリットのない側を切るように指示をする。ぼくは相変わらず震える手付きで短剣を動かして、スリットを作るように左脚の側面を切り裂いていく。


 膝よりやや上の、スカートの終わりまであと少し……。ぼくは、露になった肢体を凝視したい誘惑と必死で戦いながら、短剣を動かした。そして……。


「いたっ」

 やってしまった……。最後の最後、スカートの端を切り終えて安堵した一瞬、反作用から解き放たれた刃が、リシェのふくらはぎに浅くない傷をつけたのだ。


「あ、あ……ごめんっ」

 リシェの白い脚を流れる真っ赤な血を見て、ぼくはもうパニックに陥っていた。慌ててリシェの足元に跪き、傷口を舐める。血の味が口一杯に広がって……。


「……この、外道っ……恥を知りなさいっ」

 どごっ

 鈍い衝撃によって遠ざかる意識の中で、身体を貫く電撃と全身を焼く炎の熱さを感じたのは、おそらく気のせいではなかったと思う。


***


「アリス殿も隅に置けぬな。コキュだけでは飽き足らずリシェまで毒牙にかけるとは」

 愉快そうにカミナが言う。


「わ、わたしは毒牙になんてかけられてないよ」

 コキュが不機嫌そうに言い返す。もしも、例の件でぼくの隠れた能力が明らかになっていなかったなら、不機嫌だけではすまなかっただろうと思う。


「てっきり、殿方専門だと思ってましたのに、両刀使いさんだったのですね……」

 相変わらず、ピントのずれた感想をもらしたのはトリチェだ。


「……一刀もろくに使えないのに……両刀は無理」

 キルシュが興味なさ気に論評する。


「でも、びっくりだよね。傷口を舐めるだけで怪我を治しちゃうなんて」

 リシェがしみじみと思い出しながら言う。そう、あの時、ぼくがリシェにつけてしまった傷は、ぼくが舐めることで瞬時に治ってしまったらしいのだ。


 治癒能力というのは、この世界では(勿論、ぼくの元いた世界でもだけれど)とても珍しい能力らしい。


 信じられなかったぼくは、試しに自分の指をナイフで切ってみたのだけれど……。傷口を舐めることはできなかった。何故なら、舐める前に傷が治ってしまったから。

 その後、トリチェが自分の指を切ってくれたから舐めてみると、確かに傷を治すことができた。


 こうしてわかったぼくの能力は二つ。1つは、舐めることで他人を治癒する能力(試してみたけど、触るだけではダメだった)。もう1つは、異常なまでの自己治癒能力。


 もちろん、どちらの能力についても、どの程度の傷まで治せるのか、その限界は怖くて確かめていない。


「でも、こんなにすごい能力なんだから、もうこれだけで騎士叙任は確定だね!」

 リシェが嬉しそうに言う。自分が発見者になったからか、どこか得意げだ。


「いや、できればこの能力は伏せておいた方がよいのではないかな」

 カミナが冷静に反論した。


「え、どうして?」

 カミナの意外な反応に、思わず声が上ずる。実はぼくも、これで大会で活躍する必要がなくなったかなと、密かに期待していたのだ。


「珍しい能力ゆえ、この能力が明らかになれば、侍医に抜擢されるか、医療兵として従軍させられることになるのではないかな? 毎日、何人もの屈強な兵士達の傷を舐めたいと言うのなら止めはしまいが……」


 カミナが意地悪に笑う。想像して、ぞっとしてしまった。むきむきの男達の身体を舐めさせられるくらいなら、ぼくは死を選ぶ!


「あら、アリス様にはぴったりですわね……。アリス様がいなくなってしまうのは寂しいですけれど……」

「えっと、ご遠慮させてください。訓練も死ぬ気で頑張るので……」

 既にぼくがいなくなることが確定したかのように寂しそうにしているトリチェに、ぼくは涙を流しながら懇願した。


「治癒能力については隠すとして、アリスには他に何か取り得があるの?」

 まだ少し不機嫌そうに、コキュが聞いてきた。

「えっと、特には……」

 言い淀むぼく。


「前にいた世界ではアリス様は何をしていらしたのですか?」

 フォローするかのように、トリチェが優しく尋ねてくれた。


「……学生だよ……一応、大学を目指して勉強してたかな」

「大学!? 学士を目指すなんて、見かけによらず頭がいいんだぁ」

 リシェが尊敬の眼差しでこちらを見ている。な、何か勘違いされてる?? 確かに、大学を出れば学士の資格がもらえるはずだけれど……。


「知性のかけらも見えないのに……意外だね」

 何気に酷いことを言いながらも、コキュの顔にも敬意が見て取れる。なんだか、視線が痛い……。


「最高学府を目指すなど、おいそれとはできぬこと。それだけの学識があるのなら、我らの軍師になってもらうのもよいやも知れぬな」

 カミナまでもがいつもの皮肉な響きもなく、素直に感心している。


 この世界では大学というのはそんなにすごいものなのだろうか? 全入時代と呼ばれている某国の大学とこの世界の大学とは、別物なのかも知れない……。


「あ、あはは、た、大したことはないんだよ、ほんとに……」

 慌てて否定しようとするも、既に手遅れ。みんな、謙遜と思って聞いてくれない。


「夢を諦めることはないですし、この世界でも大学を目指してみてはいかがですか? 幸い、城内には大きな書庫もございますし。早速、書庫への入室許可を貰ってきて差し上げますわ」

 トリチェが親切にも申し出てくれたお陰で、ぼくは毎日の訓練の後に勉強まですることになってしまったのだった。



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