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ぼくが美少女騎士団の一員に!?

「なるほど、それではアユム殿は異世界より参られた、と言うのであるな」


 辛うじて2度目の昇天を免れたぼくは、とりあえず例のワンピースに着替え、3人の少女を前に事情を説明した。カミナが興味深げに確認する。さっきも思ったのだけれど、カミナの色っぽい声は、彼女の芝居がかった大仰な言い回しとよく合っている。


「それも、懸想していた女性の姿に生まれ変わるなんて……惰弱だね」

 吐き捨てるように酷評したのはコキュ。落ち着いてはいるものの、まだ機嫌悪そうに(実際悪いのだろうけれど)顔を顰めている。


「でも、どうして身体は男のままなのかな」

素朴な疑問はリシェ。リシェは時と場所と相手によって言葉遣いを使い分けているようだ。今のリシェは素に近いみたいだけど、気になる男の前では、思いっきり、ぶりっこなんだろうな……。


「確かに……。時に、アユム殿はそのアリス殿とやらの身体を知っておったのかな」

「えっ、身体を知る??」

「露骨に言えば、ったことがあるのか、と聞いておるのだ」

「ぶはっ」

 予期せぬ直球に思わず吹き出し、咳き込んでしまった。しれっとした顔でなんてことを聞くんだ……。


「な、な、ないよ……その、身体を見たことも、ない……」

 赤面しながら俯いて正直に答える。こんな美少女達の前で、こんなことを話して、恥ずかしく、情けない気持ちでいっぱいになった。


「やはりな。知りもしないものは思い浮かべることもできなかったのであろう。これで得心がいった」

 一人頷くカミナ。その横で、コキュがぼくに憐れみの目を向けている。その、可哀想なものをみるような目はやめて欲しい。


「いひひ、じゃあ、あたしが、教えてあげよっか? オンナノコのか・ら・だ」

 人差し指を唇に当てたポーズで、リシェが悪戯っぽく微笑む。その蠱惑的な姿態に、一気に頭に血が上り、くらくらしてしまう。


「こら、リシェ、いい加減にしておけ。未経験の殿方をからかうのは気の毒が過ぎるぞ」

 カミナが嗜めるが、フォローになっていない。多分、わざとだろう。


「まぁ、冗談はともかく、これからどうするの」

 素に戻ったリシェが言う。もっともな話だけれど、やっぱり冗談なのか……少し期待していたのに。


「そうだな……。まぁ、これも何かの縁であるし、我らの仲間になってもらえばよいのではないかな」

「ちょ、ちょっと待ってよ、カミナ、本気なの!? ここは、男子禁制のヴィルキア騎士団だよ!?」

「別に、男性の入団が明文で禁じられているわけでもなかろう。それに、アユム殿なら男だとはばれぬよ」

「うんうん、それがいいよぉ。クリエム王女にも、推挙しちゃったしね」

 リシェも同意する。ぼくの意見は無視なんだよなぁ、などと僻んでいると、


「アユム殿も、寄る辺無い身ではその方がよかろう」

 心を読んだかのように、カミナがぼくに言う。確かに、言われてみると、こんなわけのわからないところで一人放り出されては生きていく自信もない……ぼくに選択の余地はなさそうだ。


「それに……アユム殿とて殿方なれば、我のような傾城の美女の近くにいられるのは、まんざらでもあるまい?」

 妖しい流し目を送ってくる。自信たっぷりに自分のことを傾城の美女と言い切るその口調は清々しくすらあって、微塵の嫌味も感じられない。


「あー、カミナたん、ずるいっ。あたしの方が若くて可愛いのにっ。色気だってぇ、負けてないしぃ」

 リシェが負けじとこちらに悩ましげな視線を投げかける。そんな二人を横目に、コキュが呆れ顔で溜息をついた。


「何能天気なことを言ってるのよ。いい、仮にも、王女殿下を謀ることになるんだよ」

「仮に、どころか、コキュとリシェは、既にしっかり謀っておろう。先ほど推挙したのは実は女装した変態男でした、とでも正直に王女に言うのか」

「さ、さっきは男だったとは知らなかったんだもん……」

「よく知りもしない者をいたずらに推挙したことには変わりあるまい」

 うっ、とコキュが言葉に詰まる。


「あ、あれはリシェが勝手に……」

「コキュたん、往生際が悪いよぉ。毒食らわば皿までっ、だよ」

「……あなたたち……どうしてこんな変態をこの栄えあるヴィルキア騎士団に入れようとするのよ……」

『面白そうだから』

 リシェとカミナが異口同音に答えた。単純明快な答えに、コキュはがっくりと項垂れた。


 どうやら、追い出されずには済みそうだけれど、これからも女装し続けなければいけないという事実と、誰も否定してくれなかった「変態」の一言に傷付きながら、ぼくはコキュに負けないくらい深い溜息をついた。


***


 ぼくは、とりあえず正式に騎士に叙されるまでの間、騎士見習いとして働くことを許された。ぼくのような得体の知れない人間が、こうもすんなりと騎士見習いにしてもらえたのは、コキュの推挙のお陰らしい。


 なんでも、コキュの家は王国でも屈指の名家で、現国王とは血筋も近く、信頼も厚いのだそうだ。確かに、言われてみれば、あの可憐な王女さまも黒髪金瞳で、コキュとどことなく似ていなくもない。

「それ故、お国大事、王女大事と堅苦しく考えすぎるのが玉に瑕なのだ」

 とは、カミナの評だ。


 もっとも、5人の騎士団員の中で血筋家筋のしっかりしている者はコキュともう一人、トリチェことベアトリーチェだけで、後の3人、リシェことリシェル、カミナと、最後の一人、キルシュの身元の不確かさはぼくと似たり寄ったりなのだそうだ。

 リシェは、幼い頃よりいかがわしい酒場で踊り子をしていたらしいし、キルシュに至っては凄腕の暗殺者だったという。


「我が騎士団の栄えは家柄の良さにあるのではなく、出自に囚われず、実力のある者を広く用いる実質本位の気風にあるのだ」

 ということだけれど、これもカミナの弁だったりする。コキュに聞いたらきっと、王女への忠誠心とか、そういう言葉が出てくるのだろうなと思う。


 騎士団の詰め所前に迷い込んだ次の日、ぼくはまだ会っていない二人……トリチェとキルシュに会うことができた。未だぼくを仲間に加えることに抵抗があって不機嫌な騎士団長コキュに代わって、カミナが紹介してくれることになった。

 カミナは僕に、

「上手く説明するから我に任せて黙っておくように」

 と言ったんだけど……。


「こちらはベアトリーチェ・ガリアード嬢。皆はトリチェと呼んでいる。アリス殿は存ぜぬやも知れぬが、トリチェの名は『美しき楯』として王国でも名高い」

「そんな、名高いだなんてお耳汚しですわ……よろしくお願いしますね、アリス様」

 トリチェは、ぼくがここで会った中で唯一、正真正銘のお嬢様だった。紫紺の髪は高級な絹布のように滑らかな光沢を湛え、青玉の瞳は慈愛に満ちている。清楚で上品な美しさ、暖かく優しい雰囲気に包まれた聖女のような女性が、鎧姿で戦うなんて、にわかには信じられない。


 ちなみに、カミナがぼくを「アリス」と呼んだのは、アユムはこの国にはない名前だけれど、アリスは女性の名前として普通に存在するからその方がよいだろうと、前もって4カミナとリシェとコキュとぼくだで決めた結果だ。


「そしてこちらが、キルシュ。素手で人どころか熊をも惨殺できる凶悪な暗殺拳の達人だ。無口で無愛想に見えて、その実なかなか味わい深い人物だぞ」

 褒めているのか貶しているのか分からない紹介に気を悪くした風も無く……というより、無関心という方が正しいのかも知れない……キルシュは徹底した無表情だ。


 顔立ちは他の4人に負けず劣らず美しいが、血錆色の髪はろくに手入れもしていないのであろう、ぼさぼさで、髪と同じ色の大きな瞳は、生気に乏しい。まるで、ホラー映画のワンシーンにでも出てきそうな、朽ち果てた洋人形か何かのようだ。


「……よろ……しく」

 長い長い沈黙の後、キルシュはようやくその一言を口にした。


「ちなみに、キルシュの髪の色は本当は黒いのだが、返り血を浴びすぎてこんな色になったというのが、もっぱらの噂だ」

 じょ、冗談に聞こえない。おそるおそるキルシュを見ると、無表情は変わらなかったけれど、

「……返り血を浴びるようなへまなんて……しない」

 ぽつり、と呟いた。カミナの軽口にまで律儀に答えようとする辺り、確かにただの無愛想ではないのかも知れない。


「そして、こちらが、本日の主役、本日より我々の仲間となる、アリスことアユム・ミナセ殿だ。アユム殿は実はさる小国の王子で、本来王位継承権を有するのであるが、男であることがばれれば野心家の伯父殿に命を狙われる恐れがあったため、病弱でいつ倒れるともわからぬ父王陛下が不憫に思い、生まれた時より彼の国では王位継承権のない王女としてお育てになられたのだ。そして遂に先日、父王陛下が崩御遊ばされたのであるが、まんまと王位についた伯父殿が婚姻によって王権の正当性を主張しようと、歩殿に求婚してきたために、アユム殿は意を決して亡命なされたのだ」

 カミナが臆面もなく吐いた根も葉もない法螺話に、ぼくは唖然とし、コキュは呆れ果て、リシェは笑いを堪えている。カミナめ、何が、上手く説明するから任せておけ、だ。突っ込み所が多すぎる。こんな与太話、誰が信じると言うのだろうか……。

「アユム、の名は隠し名とするゆえ、アリスと呼んで欲しいそうだ」

 そう言って、カミナは話を締めくくった。


「ですが、伯父殿の追及の手を逃れるなら、いっそ、男として新たな生活を始めた方が欺きやすいのではないのですか」

 トリチェがもっともなことを言う。


「確かに、それができれば一番よいのであるが……何分、幼少のみぎりより女性として育てられてきた故、アリス殿は身は男でも、心は芯まで女性。下着までも女性用でなければ落ち着かぬほどなのだ」

「まあ、それは……」

 な、なんてことを言うんだ!? トリチェは引いたぞ、絶対……。


「これまで美姫と謳われてきたアリス殿に、この先オカマとして後ろ指刺されて生きていけと言うはあまりに哀れ……幸い、心のみならず、見た目も美しい少女であるから、我々さえしっかりと口を噤めば問題もないであろう。それに、アリス殿は女性には興味はないらしく、王女殿下は勿論、我々の操にも危険はないはずだ」

「そ……そうですわね……」

 トリチェは肩を震わせている。変態扱いは確定的だ……ぼくは目の前が真っ暗になるほどの屈辱感と絶望感を味わっていた。トリチェはそんなぼくの方に向き直り……ぎゅっとぼくを抱きしめた。


「辛い身の上でしたのね……大丈夫、わたくしが護って差し上げますわ」

 寄せられた頬からトリチェの熱い涙が伝ってくる。ひょっとして、信じたのか、今の話……暖かく、柔らかく、優しい抱擁に戸惑いながらも、ぼくは心の中で冷静に突っ込んだ。トリチェって、天然かっ。


***


 こんな感じで、騎士団のみんなとも何とか上手くやっていけそうかなと、安心したのも束の間……ちょっとした問題が発生した。


「これから君には、厳しい特訓に耐えてもらうから」

「え、特訓?」

 コキュの言葉は寝耳に水だった。騎士見習いになってからの数日、ぼくは言ってみれば騎士団の雑用係りだった。洗濯、お掃除エトセトラ……。まぁ、ご想像にお任せするけれど、ちょっとした「役得」もあったりなんかして、それはそれで、美少女達に囲まれた生活を堪能していたんだ。なのに……。


「そうだよ。騎士見習いから騎士になろうと思うなら、何らかの武勲を立てる必要があるの。今みたいな平和なご時世ではそうそう戦なんてないし。でも、実は格好の機会があるの」

 未だにぼくの前でだけは不機嫌なコキュが、しかめっ面で続ける。


「年に一度の御前試合だよ。国中から腕に憶えのある者達が集まり、その技を競う。そこで王に顔を売ることができれば、正式に叙任してもらえるはずだよ」

 なんでも、カミナもキルシュも、御前試合で優勝したことがきっかけで騎士に叙されたらしい。


「その御前試合は、いつあるの?」

「三か月後だよ」


 この世界の一年は、元の世界と異なり13ヶ月。1週間は現実界と同じ7日で、どの月も4週28日らしい。一日の長さが現実界と同じかは比べられないけれど、体感ではそれほど違いなく感じられる。だから、三月というのは決して短い時間ではないのだけれど……。


「えっと、ぼくは剣とか扱ったことないし、三か月程度で優勝できるとは思えないんだけど」

 控えめに不同意の意を表してみる。

「誰も優勝しろなんて言っていないよ。1、2度勝ち抜ければそれで十分」


 曰く、御前試合にでるのは腕に自信のある者ばかりであるし、そうした者達と互角程度に渡り合えるなら、後は武芸以外の才を示すことで騎士に叙して貰えるだろう、とのこと。


 一流の女騎士は超一流の男騎士よりも遥かに少ないかららしい。どこの馬の骨とも知れぬぼくのような人間を騎士にするには甘すぎる条件だとも思うけれど、コキュの家柄がものを言うに違いない。


 でも、確かに難易度からすれば、参加者の中でも図抜けた力量を示せと言われるよりも、参加者と同レベルであることを示せと言われる方が楽なのだろうけど……ぼくのようなずぶの素人が三か月程度でそのレベルになるのも無理ではないだろうか。ちなみに、武芸以外の取り得というのも、これといって思いつかない。


「ともあれ、成り行きとは言え王女殿下に推挙してしまった手前、あなたがある程度の力量を示してくれないとわたしたちの信用にも傷が付くの。だから、これから御前試合までの間、毎朝走り込みを行うこと。それから、手の空いている者があなたの特訓に当たるからそのつもりでね」


 コキュはにこりともせず、相変わらず不機嫌な表情で淡々と宣告した。ぼくの意見を聞く気はさらさらないようだ。王女や、他のみんなに対してはこんなにも不機嫌な顔を見せないから、きっとぼくはかなり嫌われているんだろうな。そう思うと、コキュとの特訓も気が重くなる。


「とりあえず、わたしは今手空きだから、早速わたしが相手してあげる」

 ぼくの気持ちを読んで嫌がらせしようとしているとしか思えない。コキュは防具を身につけて中庭に来るよう指示をして、部屋から出て行った。


 ぼくはコキュの後ろ姿に舌を出してやろうかとも思ったのだけれど……コキュなら後ろに目がついていてもおかしくないと思い、思いとどまった。


「はぁ、特訓か……」

 ぼくは、いやいやながらも指示通り防具を身に着け、暗鬱な気持ちで中庭へと向かった。


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