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騎士叙任!? だけど、ぼくは旅にでる

 『魔』王の復活から、一月が過ぎた。怪我で寝たきりだった王女もようやく回復した。明日は、王女の回復祝いと、『魔』王討伐の慰労を兼ねて、王がぼくたちのために盛大な宴を催してくれるんだけど……。


 ぼくは、宴には出ないで、今夜のうちにこっそりと、この国を出ようと考えていた。


***


 この一月は、一言で言うと、事後処理に忙殺された一月だった。復活した『魔』王を退けた、ということは、ジェイドがちゃんと教団に申し立ててくれたんだけど、どうやら彼は教団上層部から好かれていないらしく、事情聴取やらなんやらで、とことん時間をとられたのだ。


 ぼくが『何故か』、『魔』王の真名を知っていて、その真名をもって『魔』王を退けたことは、ラディム騎士団の連中が報告したらしく、追及の矛先はジェイドからぼくに向いた。


 ぼくに後ろ暗いことがあったのも、事情聴取が長引いた原因なんだけど……。そう、まだカミナにしか言っていないけど、実は、『魔』王は滅んだわけではないのだ。


 『魔』王が死ねば、存在の意味を無くしてぼくも死ぬ……。ヴィルキアはそう言っていた。あの時は無我夢中で後のことなんて考えていなかったから、自分が死ななかったことに特に疑問も感じなかったんだけど……。取り調べの最中に気付いてしまったのだ。『魔』王はまだ滅んでいないのだと。


 では、『魔』王は、あの退魔結界から逃れて、どこに消えたのか……。答えはすぐにわかった。そう、『魔』王は、ぼくが王女を治癒している隙に、ぼくの中に逃げ込んだのだ。


 退魔結界で重傷を負った『魔』王の意識は、暫くの間は宿主であるぼくにもわからないくらい微弱だったのだけれど、時間が経つに連れて徐々に回復し、今ではぼくと口論できるほどになっている。


 もし、『魔』王がぼくの中にいることがバレたら、きっと王女の代わりにぼくが生贄にされてしまうだろう。そんなわけで、どうしても教団に対する供述が不自然になって、なかなか信じて貰えなかったのだ。最後には何とか解放されたものの、まだ疑われているだろう。はっきり言って、金輪際教団とは関わり合いになりたくない。


 また、この一月、ぼくたちはできる限り、王女を見舞った。大きな外傷は、ぼくがほぼ全て塞いだものの、内臓が破裂しかかっていたり、体内に弾丸が残っていたりと、兎に角生きているのが不思議なくらいの大怪我だったのだ。


 最初の数日間は、ほとんど目も覚まさないほど、深刻な状況だったんだけど、目を覚ましてからは退屈だったのだろう、ぼくたちが見舞いに行くのを心待ちにしてくれていたようだ。そこで、ぼくは興味深い話を聞いた。


「ルシフェルが、いなくなっちゃったの……」

 王女は、少し寂しそうにそう言った。

「え……ルシフェルって?」

 馴染みのある悪魔の名前を聞いて、ぼくはびっくりした。


「わたしの頭の中にね、男の人がいたの……ルシフェルっていう……。とても優しかったの……。わたしが小さいときから、ずっとずっと、一緒にいてくれたのに……」


 王女の頭の中にいた者……当然、それは『魔』王だろう。そして、『魔』王がルシフェルなら、『魔』王はぼくの元いた世界の悪魔だ、というヴィルキアの言葉とも一致する。


(お前、ルシフェルだったのか?『ヘレル・ベン・サハル』なんて、聞いたことないから、マイナーな悪魔だと思ってたのに、本当に、魔王じゃないか)


(ルシフェルの名で呼ばれていたならば、貴様如きに支配などされぬわ。忌々しい女神め……妄りに予の真名を教えおって……)


 あの時、名前を呼べば命令に従わせることができる、と気付いたのは、本当に偶然だった。以前(生前というべきか)、悪魔の真の名を知ることで悪魔を支配できる、という話をどこかで読んだことがあったのだ。上手くいくかは半信半疑だったのだけれど。


 ともあれ、王女も寂しがっていることだし、王女が支配されさえしなければ、こんな奴、のしでもつけて王女に返したい。はっきり言って、邪魔なのだ。


(貴様のように出自も知れぬ薄汚い下賤の民など、こちらから願い下げだ)


 ああ、うるさい! こいつを滅ぼせばぼくも死ぬし、かと言って、ぼくの中から追い出したら、また暴れ出すだろうし……。


 王女のような、発達途上の魂と違い、一度死んで固定化されてしまったぼくの魂は『魔』王にも支配できないらしく、それだけが救いなんだけど……。


 この一月、コキュとの関係が親密になってきている気がして嬉しいのに、ちょっといい雰囲気になると、すぐにこいつが邪魔してくるのだ。


(何をしておる、さっさと押し倒してしまえ。女の方もそれを望んでいるではないか……)


 これが悪魔の誘惑という奴か……。コキュをその気にさせる話術をアドバイスしてくれるなら誘惑に乗ってもいいんだけど、会ってすぐ「押し倒せ」では、こっちの方が白けてしまう。ある意味、カミナやリシェより性質が悪い。


 というわけで、ぼくは、コキュと結ばれるためには、まず、こいつをなんとかしなければと思うようになっていた。


 そこで、ぼくはもう一人の『魔』、カミナに相談してみた。

「ふむ、『魔』王の言うことももっともゆえ、さっさと押し倒してしまえばいいと思うが……」

 カミナに聞いたぼくが馬鹿だったか。


「まぁ、どうしても、と言うなら、魔術の盛んな国を訪ねてみてはどうかな。フィアーナから西に位置するエポルエ王国なら『魔』を操るなり封印するなりできる術者がおるかも知れぬな。もしくは、東方の小国の中にも、『魔』を使役する術をもつ部族があると聞くが……」

 ぼくの中で、この国を出ようという考えが浮かんだ瞬間だった。


***


 更にもう一つ、ぼくが国を出ることを決意するきっかけとなるできごとがあった。それは、ぼくの騎士叙任だ。


 今回、『魔』王を討伐し、王女の命を救った功績で、ぼくは宴の場で、正式に騎士に叙任されることになったのだ。ヴィルキア騎士団ではなく、ラディム騎士団の一員として!


 どうやら、シリウス辺りが、ぼくが男であることを王に報告したらしい。ぼくが『王女の身体を舐めまわして』治療したこともしっかりと報告しているに違いない。

 国王直属の騎士として、当然の義務なんだろうけど、悪意を感じてしまうのは気のせいではないはずだ。


 ……というわけで、今日を過ぎれば、ぼくはこのプティ・フィアナの敷地内にあるヴィルキア騎士団詰所から追い出されてしまうのだ。

 ラディム騎士団なんかに入れられてしまったら、下っ端の騎士としてこき使われるのは目に見えているし、それこそ、男の身体を舐めさせられることにもなりかねない。


 こうして、ぼくは国外逃亡を決意したのだった。


***


 真夜中……みんなが深い眠りに落ちた頃に、ぼくはこっそりと自分の部屋から抜け出した。荷物は、僅かな着替えと剣だけだから、身軽なものだ(鎧は、残念だけど重いから諦めたのだ)。


 部屋には一人一人に宛てた手紙を置いてきた。明日になれば誰かが気付くだろう。ぼくが旅立つ理由も、理解してもらえるはずだ。こんなぼくでも、いなくなればきっとみんな寂しいと思ってくれるはずだから、事情を説明するだけじゃなく、精一杯みんなへの感謝と愛情を手紙に込めたつもりだ。


 外に出る。月の美しい夜だった。夜気は冷たく、澄みきっている。ぼくは後ろ髪を引かれる思いで、ゆっくりと歩き始めた。


 美しい月の光が感傷を呼ぶのか、足が重い。一歩進むごとに、楽しかった思い出が頭をよぎる。立ち止まって振り向きたい衝動を必死に堪えていたんだけど……。


「黙っていっちゃうなんて、冷たいぞ」

 その声に、思わず振り向いてしまった。

「コキュ、どうして……起きてたの?」


「シャロンが手紙を持って起こしにきてくれたんだよ」

 コキュはあくびを噛み殺しながら苦笑した。


「やっぱり、行っちゃうんだ?」

「ごめん……」


「ううん……仕方ないよ。アリスが『魔』王に取り憑かれたなんて、知らなかったし。でも、すぐ、戻ってきてくれるよね?」

「うん……『魔』王を追い出したら、すぐにでも」


「じゃあ、もう一つ。今でもわたしのこと、好き?」

「なっ!? ……も、も、も、もちろん……」

 顔を赤らめて聞いてくるコキュが可愛過ぎて、ぼくはまともに喋ることもできない。


「ほら、もっとしゃんとして。こんな時、騎士なら、跪いて手に誓いのキスをするんだよ」

 言って、コキュはぼくに手を差し出した。ぼくは、破裂しそうな心臓を必死で宥めながら、跪いて、コキュの手の甲にキスをした。


「よくできました。でも、早く帰ってこないと、知らないからね。こう見えても結構モテるんだから……」

 涙を堪えて潤んだ瞳で、虚勢を張るコキュが愛おしくて……気がつくと、ぼくは、コキュを抱きしめて、その唇を奪っていた。

 唇を重ねるだけの拙いキスがどれほどの時間続いたのだろうか。これ以上続ければ戻れなくなると悟って、唇を離した。


「急にするなんて……ばか」

 コキュが甘い声でなじる。

「ご、ごめん……」


「戻ってきた時は、もっと優しくしてくれないとイヤだよ……」

「うん……」

 頷くことしかできな自分が情けない。


「じゃあ、気をつけて……絶対、無事に帰ってきてね」

「約束するよ」


 名残りは尽きなかったけれど、一刻も早く戻ってくるために、ぼくはコキュに背を向けて歩き始めた。月影に照らされた地面を蹴る足は、驚くほど軽くなっていた。


このお話は、いったんここでおしまいです。拙い作品を読んでくださった方、ありがとうございました。お手すきなら、感想、批評などいただければ泣いて喜びます。ありがとうございました。

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