『魔』王復活!
もうここからは視点変更はありません。
~ アユム's eye ~
シリウスの治療を終えると、まるで部屋の外で待っていたかのように、すぐにみんなが入ってきた。みんな無事でよかったけれど、意外なことに、敵であるはずの男たちまで一緒だ。
ディーン以外は初めて見る顔だけど、事前にみんなに教えてもらっていた特徴から、誰が誰かはわかる。おっさんがカロン、キザ男がレディウス、ガキがエランだろう。
王女を除いて、これで総勢12人。いくら王女の部屋が広いとは言え、これだけいれば身動きもままならない。
「まだ目覚めては居らぬのだな。そろそろ頃合いだと思っておったのだが」
「そうでもないようだぞ」
カミナの問いかけに答えようとしたぼくよりも早く、後ろから声がした。聞き覚えのある王女の声にも聞こえるけど、どこかが違うその声に、場が一気に凍りつく。恐る恐る振り向く。そう、いつの間にか、そこにいたんだ。王女の姿をしたソレが……。
「なかなか面白い見世物だったのでな。見物させてもらっていたのだ」
王女の美しい青玉の瞳は、今や、吸い込まれてしまいそうなほど虚ろな、瞑い紫玉に変わっている。
柳眉を軽く釣り上げ、口元に皮肉気な笑みを湛えるその姿は、王女の可憐な可愛さからはかけ離れているはずなのに、不思議と見慣れたもののように感じられた。
「あなたは『魔』王なのですか? 王女は、どうなったのです?」
恐る恐る、トリチェが皆の知りたいことを尋ねる。
「いかにも、予は『魔』を統べるべくこの世界に降り立つ者にして、人の世に煉獄をもたらす者。王女……クリエムとやらの精神は、予の精神の片隅にまだ辛うじて残ってはいるが……それも時間の問題。すぐに予の精神に飲み込まれ、同化しよう」
余裕なのか、いやにあっさりとこちらの知りたいことを教えてくれた。
「では、早々に彼の国にお帰り頂こう」
これまで少し離れたコキュの傍にいたジェイドが『魔』王の前に歩み出て、いきなり何事かを呟き始めた。
おそらく、これが祝詞というものなのだろう。意味はまったくわからないけれど、その祝詞がものすごく長いことと、そして、ジェイドの詠唱がものすごく速いことだけは理解できた。
「退魔結界……貴様は『奴ら』の末裔か……面白い。少し遊んでやろう」
『魔』王が意地悪く笑う。ジェイドの詠唱は確かに速い。だけど、それでも『魔』王がその邪魔をするには十分過ぎる時間があった。
「爆ぜよ!」
戦慄が走った。『魔』王が軽く手を挙げただけで、空間が弾けた。荒れ狂う炎と爆風。ぼくは一瞬、死を覚悟したのだけれど……。爆発は、その中心にいるはずの僕たちにまでは届かなかった。
「虚無結界の先行詠唱、か。まるきり馬鹿というわけでもないようだな」
それがどんなもので、どのくらいすごいのかはよくわからないけれど、ジェイドが予防線を張っておいてくれた、ということなのだろう。
確かに、何の備えもないのに、わざわざ相手の注意を引いてからあんなに長い祝詞を唱え始めて、途中でやられたら間抜けすぎる。
「魔よ、退け!」
『魔』王が虚無結界とやらと戯れている間に、ジェイドは祝詞を唱え終えたようだ。
『魔』王を中心に、光が満ちる。それは、禍々しいほど神聖な、光の棺だった。その棺に隙間なく敷き詰められた数多の光の槍に貫かれ、しかし、『魔』王の顔から邪悪な笑みは消えていない。
「……いい精度だが、今の予には心地よい痛みだ」
「ちっ、器が人では、やはりほとんど効かないか……」
「それってどういうことなの?」
素人相手に説明する暇があるとは思えなかったけど、ぼくの問いにジェイドは律儀に答えてくれた。
「あの結界は人には効かない。中身は『魔』でも器が人なら効果は激減する。それでも、この結界の強さなら、人に巣食うある程度上位の『魔』でも退けることができるはずなんだが……。伊達に王を名乗ってはいないらしい」
「勘違いして貰っては困るな。予は別に自ら王を名乗っておるわけではない。単に王として意味付けられたに過ぎないのだから。それも、汝ら、人によってな」
『魔』王は何を言いたいのか……少なくともぼくにはわからない。周囲を見回すけど、ジェイドを含め、理解できた者はいなさそうだ。
「まあ、よい。どうだ、まだ予に歯向かうか? 先刻の退魔結界……確かに前回はあれに苦しめられたが、今の予には効かぬ。見たところ、いずれもかなりの遣い手。予に忠誠を誓うのであれば、この世を煉獄と化さしめる手伝いをさせてやってもよいが……。汝はどうだ、我が眷族よ」
眷族……それが誰を指して言ったのか、ぼくにはわからなかったのだけれど……。
「遠慮させて頂こう。我は別段、うぬのように特別な意味付けをされているわけでもないゆえ」
カミナが、『魔』王の眷族? みんなの間にも動揺が走った。本人は全く悪びれていないけれど。
「他の者も同じ、か。まぁよい。王に逆らうことの愚かさを、身をもって識るがよい」
『魔』王の瞳に明確な殺意が宿った。みなそれぞれ自分の武器を構える。
「結局、お前らの力を借りないとどうにもならないようだ。いいか、人の身が傷つけば、『魔』としての性質が強くでるようになるはずだ。そうすれば、俺の結界で退けることもできるかもしれない」
「だが、ここじゃ狭くて剣は振えんぞ」
ジェイドの言葉に、不機嫌な声で、ディーンが吐き捨てる。
「場所は移すさ。相応しい場所に……」
言って、ジェイドは懐から何かを取り出した。それはルビーと思しき、美しい赤い宝石だった。
「門よ、開け!」
その一言で、宝石から、視界を奪うほどの眩い光が溢れた。思わず目を覆う。光の奔流が止み、恐る恐る目を開ける。驚くべきことに、ぼくたちは、狭い王女の部屋から、燃えるように紅い荒野にいた。
「……アル・メギド……だと?」
『魔』王の顔が忌々しげに歪む。
「教団の三賢が伝承を元に再現した異界結界さ。わざわざ現地にまで足を運んで作った力作だそうだ。流石に、似てるだろ?」
ジェイドが意地悪く笑う。確かに、これだけ広ければ自由に動けるけど……。
「動いて、大丈夫なの? 荒野に見えるけど、実はまだ部屋の中で、壁にぶつかったりしない?」
「大丈夫。ここは人工的に作り上げられた異界……術者である俺が自分で解除するか、死ぬまでは見たままの世界として現に存在する」
「よかろう……。では遠慮なく、うぬを殺してこの忌まわしい場所から出るとしよう」
本気になったのか、『魔』王が炎を纏った。輝ける黄金の炎に美しいまでの邪悪さを感じる。
『魔』王は無造作に腕を振った。それだけで、炎が腕を形作りジェイドを鷲掴みにしようと迫る。
「させませんわ」
音もなく、ジェイドの前に滑り出たトリチェの楯が、炎の腕を防ぐ。
「お前が最後に封じられてから500年……人の進化の証を見せてやろう」
そう言ったレディウスが構えるは銃。確かに、500年前にはなかったはずだ。
バンッという小気味よい破裂音と共に、打ち出された弾丸は、しかし、『魔』王の纏う炎に触れて、溶け落ちてしまう。
「なにっ!?」
「500年でこの程度か」
驚きを隠せないレディウスを嘲笑い、『魔』王が身に纏った炎をすべて右手に集め、レディウスに向かって解き放つ。
「青嵐よ、蹴散らして!」
リシェの放つ、風を纏った無数の短剣が炎の勢いを弱め、レディウスは辛くも炎から逃れた。
身に纏っていた炎がなくなったのを好機とばかりに、カロンが渾身の刺突を放つと、その巨体の影に隠れて間を詰めたキルシュが死角から打突を繰り出す。脇腹を抉られ、内臓にもダメージを受けただろうに、『魔』は意に介した風もなく、再び、炎を纏う。
炎の鎧が弾丸すら防ぐのはさっき見た通り。それでも、この鎧を貫ける者がいた。カミナだ。
「氷嵐円舞!」
『魔』王の炎の守りをカミナの氷の剣気が切り裂き、その隙をついてディーンが鋭い斬撃を浴びせる……。
激しく、人間離れした戦いが繰り広げられる中、ぼくは何もできずにそれを眺めていた。ただただ唖然。渦巻く炎、迸る閃光、降り注ぐ氷……ここが映画館でないのが不思議なくらいだ。
何もできないのは一番若いエランも同じで、ようやく目を覚ましたコキュとシリウスも、まだ状況が飲み込めないらしく、ぼんやりとしている。
それでも8対1だ。いくら『魔』王が強大な力を持つとは言え、器が人では限界があるのだろう、優勢なのはこちらだった。『魔』王はところどころ、浅からぬ傷を負っている。
「ふむ、面白い余興であったが、これ以上、人の体が壊れては面倒だな……。そろそろ、終わらせるとしよう」
その一言で、コキュが跳ね起きた。気づいてしまったのだ、傷ついているのが、他でもない、王女の体だということに。そして、コキュが壊れた。
「もうやめて!!」
泣き叫びながら、仲間に向けて剣を振るう。自分を制御できないのだろう、コキュの剣は、さっき、シリウスに放ったのとは比べ物にならないほどの強大な剣気を帯びている。このままでは間違いなく、誰かが致命傷を負ってしまう!
ダメだ、コキュに仲間を傷つけさせちゃいけない……そう思ったとき、ぼくは迷わずその死の光の前に身を投げ出していた。




