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『剣聖』との戦い!

~ カミナ's eye ~


「いい加減起きるがよい」

 そろそろ夜の帳が降りて月が満ちる。我は、散々弄ばれたまま気を失っているディーンを蹴り起こした。


 ディーンは、苦しそうな声をあげて目を覚まし……数瞬の後に自らの身に降りかかった災厄を理解したようだ。ディーンは、自分の上に脚を乗せ、意地悪く笑う我を見て、露骨に顔を引きつらせる。


 リシェはリシェで、自分の捕虜を起こしに行っている。我は素早くディーンに、我の正体を決して明かさぬよう忠告した。他人に知られれば自決も止むを得ぬ程の恥辱を受けた事実を黙っていてもらえるのだ、絶望的な暗さで衣服の乱れを正すディーンも、この申し出には感謝していることだろう。


 ディーンを促し、階段を昇る。レディウスも目を覚ましたようだ。女性に負けてしまった二人の男は、互いの顔を見合わせバツが悪そうに顔を顰めた。


「普段強気な男の顔が屈辱に歪むのはいいものだよね」

 リシェが意地悪く悦に入っている。全くの同感だが、今は時間がない。

「そろそろ行くぞ」


「いいのか、俺達を連れていけば、王女を護り切れぬぞ」

 ディーンが皮肉っぽく言う。が、これははったりだ。


「月が満ちれば、結論は出る。月が満ちてなお『魔』王が目覚めねば、予言ははずれたということだ。その場合、主らも王女を拉致しようとは思うまい」

 二人は同時に、降参とばかりに肩を竦めた。


「もっとも、そうはならぬ可能性が高い、と我は踏んでいるが、な」

 似たような予感を抱いていたのだろう、みな無言で頷く。重苦しい雰囲気のまま、我らは王女の居室へ向かって歩き始めた。


***


~ カロン's eye ~


「さて、ここから先は化け物退治だ。てめぇらは巻き添え食わないうちにとっとと逃げろ」

 気を失っていた全員が意識を取り戻したのを確認して、俺は言い放った。まだ動くのは辛い奴もいるだろうが、そうのんびりもしていられない。


「またまた、化け物退治ならなおのこと、人数いた方がいいでしょ」

 アズマだ。各所で同意の声が上がる。基本的に、騎士というのは逃げる、という言葉を忌み嫌う。しかも、頑固な奴が多いから、説得は難しい。


 しかし、『魔』王とやらの力が伝説通りだとすれば手負いの下位騎士など肉壁程度にしかならないだろうし、折角生き延びたこいつらをそんな風に扱う必要もない。もっとも、上位騎士の俺たちでも、肉壁にしかならない可能性が高いわけだが。


「怪我人が何人いても邪魔なんだよ。足手まといがいると、こっちまで全滅しちまう。頼むから戻ってくれ」

 殊更に冷たく言い切る。自尊心の強いものには堪えるだろうが、仕方がない。


「愛しの女性を口説くところを見られたくないなら、素直にそう言えばいいのに。邪魔っていうのは、そういう意味でしょ?」

 アズマが意地悪く言う。俺をからかうことで、みなが安全な場所に退避する罪悪感を取り除こうとしてくれたのだろう。なかなか、できた部下だ。


「悪かったな。わかっているなら邪魔するなよ」

 感謝しつつ、調子を合せる。アズマはてきぱきと撤退の手筈を整えた。本当に、できた部下だ。最後に、こんなことを言い残しさえしなければ……。


「ああ、当然、これは貸しですからね。しかも、かなり大きな。お返しを期待してます」

 一体どんな「お返し」を要求されるか頭が痛いが、言い争っている時間もない。生返事でアズマを送りだして、俺は少し前に王女の居室へと向かったキルシュを追って、先に進んだ。


***


~ アユム's eye ~


 ベッドで眠り続ける王女に向かって歩を進めるシリウスの前に、ぼくは歩み出た。ぼくに助勢するつもりなのだろう、ジェイドが撲殺用の聖典を構えたけれど、ぼくはそれを手で制した。


「ジェイドは、コキュを見てあげて」

 ぼくの覚悟を汲んでくれたらしく、ジェイドは黙って、倒れているコキュを診てくれた。外傷がほとんどないから、舌奴隷の出番は残念ながら、ない。


「何のつもりだ? 見ての通り、今の僕は女の子相手でも容赦はしないよ」

 コキュを傷つけた罪悪感からだろう、シリウスの形相は凄まじく、剥き出しの殺気に、ぼくは自分が震えているのを自覚した。


 それでも、ここで道を開けるわけにはいかない。それに、ぼくはコキュとシリウスとの戦いの中で、僅かばかりではあったが、シリウスに対する勝機を見出してもいた。


「容赦する必要なんてないさ。ぼくは、男なんだから」

『なっ!?』

 驚愕の呻きは、シリウスのみならず、ジェイドからも聞こえたのだけれど、それはこの際関係ない。


「なら、本当に手加減はなしだ」

 ぼくが男だと分かれば、ぼくの実力が素人に毛が生えた程度であっても、シリウスは本当に手加減しないだろうけど、それでいい。


「必要ないって言ってるだろ。コキュを傷つけるような奴に負けるもんか。ぼくは、コキュが好きだから」

「貴様に何がわかる!」

 シリウスが激昂する。


「わからないさ。好きな人を傷つける奴の気持ちなんて、わかりたくもない」

 これは嘘だ。本当は、少しわかる。シリウスは、いけすかない奴だけど、ぼくよりもずっと長い間、コキュを守りたいと思ってきたのだろうから。それでも、わずかな勝機を掴むために、ぼくはシリウスの心の傷を抉る。


「お前の剣はただの凶器だ。大切なものを守るどころか、傷つけることしかできない。そんな奴に、ぼくは絶対に負けない」

 言って、剣を構える。不思議と震えは止まっていた。


「その程度の力量でほざくじゃないか。貴様の剣が何も守れないことを、教えてやる」

 シリウスは剣を上段に構え、滑らかに歩を進めながら切り下げる。その一連の動きは、ゆっくりに見えるほど優雅だが、その実、見惚れてしまえば何もわからないうちに斬られてしまうほど、速い。


 それでも、今のぼくなら、何とか一撃目は捌くことができるだろう。だけど、一撃目で態勢を崩され、二撃目でなすすべもなく斬られてしまうはずだ。そして、シリウスも、そんなぼくの実力をほぼ正確に把握している。


 ズシャッ……


「なっ……」

 だから、その一撃目がぼくの肩口を易々と切り裂いた時、他ならぬシリウス自身が、その予想外の結果に驚愕した。


 ぼくが気付いたシリウスの欠点、それは、彼が人を斬り慣れていないことだった。幾ら優れた技量を持っていても、生来の優しさ故か、最後の最後で剣先が鈍る。


 力任せにコキュを殴り飛ばそうとして、最後の最後で一瞬だけ自制したのがその証拠だ。あれは、コキュへの愛情がそうさせたというよりも、人を傷つけてしまうことの恐怖がそうさせたように、ぼくには見えたから。そんな奴の優しさ……いや、甘さに、ぼくは最大限、付け込むことにした。


 そう、ぼくが狙っていたのは、先の先でも、後の先でもなく、後の後。ぼくは痛みを堪えて、予想外にぼくを傷つけたことで、恐怖に固まっているシリウスの鎖骨辺りを、渾身の力で貫く!


 ぼくもシリウスも、衝撃と痛みで倒れ込んだ。相討ち……傍でぼくたちの戦いを見守っていたジェイドにはそう見えただろうけれど、それは違う。ぼくの傷口は、みるみる塞がって、血も出ていないのに対して、シリウスの傷は深く、おびただしい血が溢れているのだから。


 痛みと精神的な疲労でその場に身を投げ出したかったけれど、このままではシリウスが危ない。ぼくにとってはただのいけ好かない奴でも、死ねばコキュは悲しむだろうし。


 ぼくは自分の体に鞭打ってシリウスに歩みよる。シリウスは立ち上がることもできずに無言でこちらを睨みつけているが、ぼくが剣を持っていないこともあり、それほど警戒してはいなかった。ぼくは、敵意がないかのように近づいて、扉の方を指さしてみせる。思わず、つられてそちらを見やるシリウス。


「これは、コキュの分だ」


 ずごっ

 

 振り向いた奴の後頭部に、キルシュ仕込みの鉄拳をお見舞いしてやった。脳震盪を起こしたのだろう、シリウスはそのまま気を失う。ぼくは不本意ながら、大人しくなったシリウスの「治療」をはじめた。


***


~ カミナ's eye ~


 王女の居室の前で、我らは、皆と合流した。我らより少し先についたらしいキルシュとカロン卿は、すごい剣幕でエランに捲くし立てているトリチェを呆れて見ている。


「ふむ……網に捕らわれる姿がなかなか似合っておるな」

「不本意……ですわ」

 我の素直な感想に、傍らに立つエランを睨みつけながら、トリチェは刺々しく答えた。


「そう怒らないでよ。仕方なかったんだよ」

 我らと行動を共にしているラディム騎士団の面々を見て、事態を理解したのだろう。エランは、居抜きで網を切り裂いた。まだ粗削りだが、年の割にはいい腕だ。2、3年後にはかなりの使い手になることだろう。


「あら、自分から戒めを解くなんて、殊勝な心がけですわね。お仕置きは、半泣きくらいにしておいてあげますわ」

 怖いくらいの笑顔でエランに近づこうとするトリチェ。後ずさるエラン。暫く見ていたい気もするが……。


「お仕置きは後の楽しみにとって置くがよい。そろそろ行かねば一番良いところを見逃すぞ」

「もう、始ってるよ……」

 一足先に王女の居室への扉を少し開けて、中を覗き見たリシェが叫ぶ。


 『魔』王はもう復活しているのか? 背筋に冷たいものが走る。我とトリチェも慌てて扉へと向かう。……中には、悩ましげな顔で気絶するシリウスの、露出した肩口に舌を這わせるアリスの姿が……。


「確かに、ある意味メインイベント、ですわね……」

 食い入るように見つめるトリチェに、誰も異論を唱えなかった。


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