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何故か好きな女の子の姿になってしまったようです

「ひ、姫宮ありす……」

 ぼくは思わず呻いてしまった。詰め所に案内されたぼくは、着替えを渡されて姿鏡の前に立ったんだけど、鏡に映るぼくの姿は、見慣れた自分、少年、水無瀬 歩ではなく、あろうことか、ぼくの好きだった姫宮ありすの姿だったのだ。


 姫宮ありすの姿のぼくは、見たこともない形の、女性用と思しきローブを着ている。着替えとして貸し与えられた服も明らかに女物の紺のワンピースだ。先ほどまでの会話からして二人の少女も王女も、ぼくを女の子だと思っていたようだけど、確かにこれなら女にしか見えない。


 ぼくはまず、信じられないまま自分の顔に触れてみた……鏡像は、ぼくと同じように顔を触る。頬を強くつねると……鏡像も頬をつねり……夢とは思えないほど、痛い。おそるおそる、胸に触れてみる……が、胸はぺったんこだった。


 でも、ぼくは姫宮ありすの胸を、生はもちろん、服の上からでさえ直視したことはない。少なくとも、巨乳ではないと認識していただけだ。胸の大きさからは何もわからない。


 そして、更にどきどきしながら手を更に下へ……むにゅ……柔らかい感触、これは……。そう、そこには、16年間慣れ親しんだモノが、あった……。


「どうしたの? 一体何をぐずぐずしてるのよ」

 濡れた服を一向に脱ぎもせず、鏡の前で奇行に走るぼくを見て、コキュが声をかけてきた。リシェも興味津々でこちらを伺っている。

「え、えっと、その……」

「別に、女同士なんだし、恥ずかしがることもないでしょ」

「いゃ、でも、ちょっと……」

 うろたえるぼくの背後に、素早く動く影……

「いひひ、じゃあ、あたしが手伝ってあげるねぇ」

 言うが早いか、リシェがぼくのローブを一気にまくりあげ、脱がせてしまった。

「わ、ちょっと!?」

 コキュとリシェの目線が、鏡に映るぼくの身体を上から下へなぞり……また上へ、下へ……そして、二人の視線がある一点に固定されて……時間が、止まった。


 コキュもリシェも、凍り付いている。ぼくもおそるおそる鏡に映る自分を見た。ぼくは上下とも女性用の下着を付けられていたのだけれど(付けていた、ではない、決して)、ふくらみがあるのだ、当たり前のことだけれど上の下着にではなく、下の下着に……。


「き、き、き……」

 コキュの肩が小刻みに震えている。なんとなく、やばい気がする。

「貴様……よくも謀ってくれたわね……粛清するよ!」

 コキュが佩いていた剣を抜き放つ。波打つ刃を持つ長剣だ。ぼくは剣なんてほとんど見たこともないから良し悪しも種類もわからないのだけれど、その剣には一目見てわかるくらいに異常な点があった。刀身が黄金色の、炎のようなものに包まれているのだ。しかも、ところどころでチリチリと青白い火花が散っていることからすれば帯電しているようだ。


 多分、絶体絶命のピンチなんだろうけれど、こんなに冷静に観察できているのは……目の前で光り輝く剣を構える少女があまりに神々しく……そして、あまりに現実離れしすぎていて、まるで映画か何かを観ているような気になっていたからだ。


「わちゃー、ヤバいって、コキュたんマジだよ……剣気が発現しちゃってる……」

 リシェは耳元で囁くとぼくの衣服を剥ぎ取った時以上の素早さで安全圏まで退避してしまった。そんなリシェの言葉と行動で、ぼくは我にかえった……先ほどまでは神々しく見えていた少女が、途端に首切り鎌をもった死神のように見える……。

「あの、その、ちょっと、話せば……」

「問答……無用!!」


 ガチャ

 低い唸り声を上げて剣が振りかぶられた瞬間、天の助けか扉が開き……見たことのない一人の少女が入ってきた。


「おや、なにやら騒がしいと思って覗いてみれば……これは珍しい、痴情の縺れ

の真っ只中であったか。詰め所に男を連れ込むとは、清純そうな風をして、コキュアス殿も隅に置けぬな」

 よく通る色っぽい美声ながら、いやに古風な言い回し……多分に皮肉を含んだその響きに、コキュの動きが止まる。


「か、カミナ、ちょっと待って、な、何か勘違いしていない? こ、これは……」

 今度はコキュがうろたえる番だ。剣気、とやらもどうやら霧散したらしく、剣は既に金属の冷たい輝きのみを放っている。


「勘違い? コキュが詰め所に男を連れ込み、お花摘みか何かで場を外した隙に、リシェが男にちょっかいをだし、服を脱がせたところでコキュが戻って来て、自分を裏切った男を一刀両断にしようとしていたのであろ? そんなことは、誰の目にも一目瞭然だが」


「か、勝手に妄想して下世話な話を作らないで! 何が一目瞭然よ。そういう卑猥な発想が既に間違っているんだって」


「むきになるところが怪しいな。寝取られ女の癇癪ほど、惨めで醜悪なものはないぞ。それにしても、国が大事、王女が大事と強がっていても、所詮コキュも一人の女に過ぎなかったと言うことか……友人としては、寧ろ喜ぶべきことなのであろうな……」


 真っ赤になって必死に弁解するコキュとは対称的に、カミナと呼ばれた少女は明らかに楽しんでいる。なんとも妖艶な雰囲気の女性だ。年の頃は、コキュやぼくと変わらないように見えるのに、動作の一つ一つが優美で、女性らしい色香を感じさせる。美しい濃紺の髪は肩辺りで綺麗に切り揃えられており、切れ長な二重の奥で、紫玉の瞳が妖しく濡れている。


 ぼくの吸い付くような目線に気付き、カミナがこちらを向いた。一瞬目が合ったのち、カミナは品定めするような目つきでぼくの身体をじっくりと見つめた。うぅっ、視姦されるというのはこういう気持ちか……。


「ふむ、彼の剣聖シリウス・シンクレア殿を始め、数多の立派な殿方からの求愛を退け続けているから百合畑の住人ではないかと疑ってもいたのだが、コキュはこのような男性が好みであったか。確かに、女性と見紛うほどの美少年ではあるが……人の好みにとやかくは言うまいが、顔だけならともかく、下着まで女物を愛用するような変人はやめたが良いと思うぞ」


『ち、ちがっ』

 ぼくの声とコキュの声がハモった。ぼくがコキュの方を見ると、コキュもこちらを見た。目が合う。そして、コキュが呆れたようにため息を一つ吐いて苦笑した。


 なんとか命だけは助かったようだ。ほっとして、「男装は麗人、女装は変人」というのは、万国共通の認識なのかな、なんて、どうでもいいことを考えていると、いつの間にやらリシェがぼくの身体に触っていた。


「ちょ、な、なにを……や、やめてよ」

 必死で手足をじたばたさせるも、リシェはやたらといやらしい手つきでぼくの身体を撫で回す。

「えへへ、いいじゃん、ちょっとくらい、減るもんじゃないし……こんなところにいたら、男の子の身体に触れる機会なんて滅多にないんだもん……ふふっ、ほんとに男の子だったんだね」

 リシェはほんのりと顔を上気させ、少し呼吸を荒くして言った。


「いいのか、コキュ、ほんとに寝取られてしまうぞ」

 カミナが笑いながらけしかける。


「粛……清っ」

 フルスイングされた剣の腹がぼくの頭部に直撃し、ぼくの身体は再び、宙を舞った。


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