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大広間の戦い!

アリスが王女の居室で籠ってているため、ここから数話は視点がころころと変わります。ご容赦ください。

~ カミナ's eye ~


「コキュたんはありすたんで、あたしはカミナたんかぁ、何か割に合わないなぁ」

 我と二人、大広間に赴いたリシェがぼやく。本気半分、冗談半分、といったところか。


「そうぼやくな。なんなら、我が可愛がってやろうか?」

「うーん、今は遠慮しとく。カミナたん激しいから、足腰立たなくなっちゃうしぃ」

 唇に指をやって、蟲惑的に微笑む。我とて無論戯言のつもりで言ったのだが……冗談とも本気ともとれるようなその姿態に、惑う男共の気持ちがわかる気がする。


「正面と搦め手、どちらから来ると思う?」

 そしてこの切り替えの速さ……余程の男でも手玉にとられるだろう。


「さて、な。奴等に騎士としての矜持がどの程度残っているかに依るのではないかな」

「そうだね。騎士の誇りの残り具合で、全員正面から全員搦め手までありえそうだし」


 がしゃん!ちゅどーん!


 言っている傍から、窓が割れる音とそれに続く爆発音。シャロン殿の罠が発動したようだ。


「……あんまり、誇りは残って無さそうだね」

「それだけ、形振り構っては居られぬ、ということだろう。油断は禁物だぞ」


「大丈夫。あたしはカミナたんの後ろから矢を放つだけだから。こっちに敵来たら、逃げるし」

 言ってくれる。我が苦笑すると、

「カミナたんは強いし、油断してないから大丈夫、だよね」

 とすかさず笑顔で持ち上げてくる。これでは怒るのも馬鹿馬鹿しい。


 我は、扉と階段の間を塞ぐように、広い踊り場の中央に愛用の槍を杖のようにして立ち、リシェは階段の上から矢を準備している。先ほどの爆発音からほどなくして、正面玄関の扉が開いた。


 最初に入ってきたのは、いずれも見知った顔であった。シリウス卿、ディーン卿、カロン卿、レディウス卿、そして、場違いなことに、軽薄な高司祭、ジェイドだ。後ろには部下の騎士たちが続いているようだ。黙って槍を構える我に、連中が足を止める。


「正々堂々、正面から来られるとは、流石は誇り高き騎士殿」

 我の皮肉に、表情を変えた者は、上位騎士では一名のみ。意外に冷静らしい。

「僕達の任務は、貴女達を倒すことではないですから」

 丁寧な口調で、シリウスが受け流す。


「詭弁だな。剣を交えねばならぬことはわかっておろうに」

 シリウスが首を横に降る。他の面々は黙したままだ。

「退いて貰えませんか。僕には、君達が正しいとは思えません」


「ふむ……話が通じそうで安心した。我らとて、我らが正しいとは決して思ってはおらぬ。そして、それと同様に、王の命を受けた主らが正しいとも思えぬ。主らとて、その任務の正しさを信じておるわけではないであろう」


 沈黙……それが肯定に他ならぬことを、彼らの表情が物語っている。我は続ける。


「そして、それは王にしても同じ。今思えば、王はこのような時が来るのを知って、我らのような得体の知れぬ者を王女の私兵としたようにすら思える」

 我の言葉に答える者はない。我は更に続ける。


「司祭殿が共に来ているということは、『最悪』の事態も想定しておろう。主らとは、交渉の余地がありそうだ」

「交渉?」

 ようやく、シリウスが口を開く。


「然様。そもそも本当に『魔』王が復活するとも限らず、王女はこのまま眠りから覚めぬやも知れぬ。仮に『魔』王が復活したとしても、王女がどうなるのかは誰にもわからぬ。王女を寄り代に復活した『魔』王に王女の人格が残っていれば、『魔』王との共存も可能かも知れぬ。そこで、だ、我らと共に、『魔』王の復活とやらを見守っては貰えぬか。共存が可能なようであれば、その後、王女を取り戻す算段を練ればよい。また、『魔』王との共存が不可能でも、我らと主らが力を併せれば、『魔』王を討ち滅ぼすこともできよう」


「つまり、『魔』王に従う気はない、と?」

「少なくとも、我が忠誠を誓ったのは王女であって『魔』王とやらではないゆえ」


「その話、乗った」

 深く悩んだ様子もなく、ジェイドが言う。元より、『魔』王が復活した時のみシリウスらに手を貸す約定だったのであろう。


「なら、通ってよいぞ」

 ジェイドは軽い足取りで、投げ接吻を残して、我の横を通り過ぎて行った。この非常事態にこれだけ軽薄に振舞えるとは、侮り難い。


「一つだけ……それは、ヴィルキア騎士団の総意と考えていいのですか?」

 ジェイドとは対照的に暗いシリウスが重々しく尋ねる。

「あたしも、『魔』王に忠誠を誓う気はないよ」

 リシェが後ろから口を挟む。


「我の見たところ、『魔』王と化した王女を無条件に護ろうとするとすれば、コキュだけではないかな」

 我の正直な指摘に、シリウスは首を振る……あたかも、コキュの考えにしか意味がない、とでも言うように。


「あなたの言うことは理解できる。しかし、王と王国に剣を捧げた騎士として、『魔』王復活を黙認するという危険な橋を渡るわけにはいかない」

 自分に言い聞かせるように、言う。その意志の強さは賞賛に値するが……。


「やれやれ、剣を捧げるとは、不器用な生き方よなぁ」

「貴女は、そうでないと?」


「槍は、剣と異なり、ほれ、この通り」

 我は、ひゅん、と槍を一扱きして見せる。

「しなるものゆえ」


 場の空気が張り詰める。我の槍が、ほんのわずかの殺気を帯びたのを気取られたのであろう。槍は空気だけでなく、話し合いの雰囲気をも切り裂いてしまったらしい。


「やれやれ、これだけの人数を前にしても、大人しく僕たちを通す気はないというのですから、貴女も相当不器用だと思いますよ」

 シリウスが肩を竦める。


「か弱い女性一人を多勢で嬲るなど、主らの矜持が許すまいよ」

 我の挑発に、今まで沈黙を守っていたディーンがシリウスの前に出る。

「ったく、口の減らない女だな。シリウス、先に行け。この女とは一度仕合ってみたかった」


 ディーンは既に剣を抜き放っている。せっかちな男だ。シリウスは一つ頷くと歩を進め始めた。


「ふふ、我に勝てれば、らせてやるぞ」

「誰が、貴様のような男勝りと」

 ディーンが鼻で笑う。なんと失礼な。


「ふむ、男に逆らえぬ気弱な女性でなければ、褥での戦が不安と見える」

「そんなに犯されたいなら、四肢を切り落とした後たっぷり犯してやるさ」


 ディーンの闘気が膨れ上がる。舌戦では、最早足を止めることは叶わぬようだ。シリウスはこちらを振り向くこともせず歩を進め、ディーンの直属の部下であろう数名を残して、残りの騎士たちもシリウスに続く。


 我は、今にも襲い掛かって来そうなせっかちな獣……ディーンの殺気を受け流しつつ、慎重に気を練る。そして、シリウスの気配が槍の間合いを脱する一歩手前で、爆発的に気を解き放つ!


「氷嵐円舞!」

 風と氷の剣気を練り込んだ槍を、大きな円弧を描くように薙ぎ払う。不用意に歩を進めていた騎士の何名かが、遠心力のついた槍を受け、吹き飛ぶ。それに呼応するように、リシェが矢で射竦め、更に数名の騎士の戦闘能力を奪う。


 が、流石にシリウスを始め、上位騎士の面々は油断してはくれなかったようだ。彼らは易々と我の剣気を捌き、歩みを止めない。


「お前の相手は、俺だ」

 剣で我の一撃を受けると同時に衝撃を逃がすべく後ろに飛んでいたディーンが、既に体勢を立て直し、襲い掛かってくる。速い! 


 横殴りの斬撃を辛うじて槍の柄で受け、転がるように後方に逃れる。どうやら、先を急ぐ上位騎士たちを気にしてはおられぬようだ。



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