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作戦開始、こいつはどえらいシミュレーション?

 一夜が明けた。王が不自然にならない範囲で時間を稼いでくれると信じて、ぼくたちは、とりあえず休むことにした。


 勿論、最悪、奇襲があった場合に備えて、いつでも戦闘態勢に入れるよう、準備をした上で、キルシュに見張り役をしてもらった(屋敷の入口近くで寝て貰っただけだけど)。


 幸い、奇襲はなく、ぼくたちはしっかりと疲れをとることができた。みんな起きたところで広間に集まり、朝食をとりながら作戦会議を行うことにした。


「さて、では軍師殿、このプティ・フィアナに、どうやって兵を伏せるのが良いと思われる?」

 カミナがぼくに意見を求める。この小さな離宮、プティ・フィアナの中で、兵(無論、ぼくたち6人のことだ)を配置できる場所と言えば……玄関の大広間、階段、王女の居室に続く回廊、謁見の間……。


「逆算すれば、コキュは当然、王女の居室で王女を護るよね。寝台は入り口から遠いし、剣を振るうにも十分な広さがあるから、最終決戦はここになると思う。謁見の間をトリチェに護って貰って……窓のない回廊は、薄暗くて隠れるには丁度いいから、明かりを消してキルシュが待ち伏せ。槍を振るいやすい大広間でカミナが暴れて、それを、階段の上からリシェが援護……こんな感じかな」


 思いつくまま言ってみる。気分は、シミュレーションRPGだ。

「なるほど、悪くないですわね。で、アリス様はどちらに?」

「あ……」

 つい自分はテレビ画面の前で指示してる気になっていた。


「アリスは、わたしと一緒に王女の居室で待機したらいいんじゃないかな。どうせ、そこが最後の決戦場になるわけだし。みんなが怪我したら戻ってくる医務室も兼ねられるから」

 コキュの提案に、カミナが意地悪く笑った。


「ふむ、なるほど。コキュは、我等が手傷を負わされた上、敵を討ち漏らして逃げ帰ってくると考えておるのだな」


「違うよ。一人も通すまいと張り切らなくてもいいって言ってるの。無理して、動けなくなるほどの怪我を負ったら意味ないし。それに、少しは、わたしにも活躍の場を残しておいてもらわないと、ね?」

 コキュもにやりと笑って、背中の大剣を鍔鳴りさせる。カッコいい。


「コキュたんは意地っ張りだなぁ。正直に、ありすたんと一緒にいたい、って言えばいいのに」

「な、何言ってるのよ!?」

 リシェの戯言に、コキュが顔を真っ赤にして両手をぱたぱたさせる……このギャップが、可愛すぎる。


「まあ、それはそれとして、配置は、悪くないと思うんだけど、敵は正面から来るとは限らないんじゃないの」

 急に口調を変えて、リシェが鋭く指摘する。確かに、搦め手から攻められることは考えていなかった。


「それは大丈夫。窓と裏口はシャロンが塞いでくれるわ。きっちり、罠も仕掛けてね」

 コキュが請合う。


「シャロンって?」

 はじめて聞く名前だ。


「エルロンド家のメイド、と言ったら失礼ですわね、家令ですわ」 

「そんな人がいるんだ……」

 トリチェが当然のように説明してくれたけど、初耳だ。


「何言ってるの、ありすたん。ここの食事とか、誰が作っていると思っていたの?」

 そういえば……最初の頃こそ、洗濯やら掃除やらやらされたけれど、すぐにしなくなったし、食事については、ぼくは作ったことがない。みんなが作っているのも見たことがない。


「宿舎の掃除も、料理も、洗濯も、全部シャロンがしてくれてるから」

「え、でも、ぼくそんな人見たことないよ?」


「シャロンはわたし以外に姿を見せることは滅多にないから」

 家事全般を一人でこなしているのに、数ヶ月間、一度も姿を見せないなんて……。

「そ、そんなことが可能なの?」


「我も、最初に話を聞いたときは耳を疑ったものだが……。その身のこなしといい、家事全般の習熟度といい、シャロン殿の能力は人の限界を極めているといって良いだろう。得意分野が異なるとは言え、身体能力もキルシュに劣らぬ。この我でさえ、実際にシャロン殿の姿を目で捉えるのに二月を要したのだからな」


 同じ屋根の下にいて、カミナの目を二月も免れるなんて……ぼくでは一生お目にかかれそうにない。


「あの方でしたら、それは完璧な罠を仕掛けてくれるでしょうね」

「でも、一応、ぼくたちも騎士だよね? まあ、ぼくは見習いだけど……罠は卑怯じゃない?」

 おそるおそる聞くと、

「ひっかかるのは裏口から攻めてくるような卑怯者だから問題なし!」

 と、自信満々に言い切るコキュ。妙に納得した。


「では、これで配置も決まりましたわね。コキュも言っていましたけれど、決して無理はなさらぬよう。ラディム騎士団は、命懸けで戦う相手ではないのですから」


 みんなが表情を改めて、頷く。トリチェの言葉に含まれた意味を、みんな理解していた。そう、ラディム騎士団を撃退しただけでは、話は終わらないのだ。


 『魔』王が復活したらどうするのか……。王女ごと殺すのか、王女を殺さずに『魔』王だけを封じる術を探すのか、それとも、『魔』王に従うのか……その答えを、まだぼくたちは保留しているのだから。


***


「そろそろ、動きそうだよ。街中、その噂で持ちきりだった」

 食料調達と偵察を兼ねて、街へ出ていたリシェが戻ってきたのは、あと一刻ほどで日も暮れようとする頃だった。


 王の時間稼ぎが功を奏し、教団とラディム騎士団の連携はスムーズにはいかなかったのだろう。期待以上に時間を稼げたといっていいと思う。


 指名手配されているかも知れない、そんな懸念があったから、変装したリシェが偵察に行ってくれたんだけど、怪しいお店(?)で鍛えたという変装はびっくりするほど見事だった。


 髪をいつものツインテールからストレートに下ろしただけでも随分印象が変わるんだけど、化粧と服装、それに表情(重要らしい)を変えることでで、すっかり純朴な田舎の少女といった雰囲気だ。


 リシェを見慣れたぼくでも、街で見かけたら気付かないだろう。話し方や声もガラリと変わって、まさに別人だ。


 意外だったのが、みんなの反応。リシェが、自分が行く、と申し出た時、みんな、リシェなら大丈夫、と安心して任せたのだ。戦闘能力では他のみんなにやや劣るリシェだけれど、彼女のスキル……変装をはじめ、情報収集や尾行、色仕掛け(本人談)は、みんなから正当に評価されているのだ。


「何事につけ融通の利かないコキュでは、まず無理な芸当よなぁ」

 カミナが意地悪に言う。


「むっ、そんなことないもん。見てなさいよ」

 言って、ぼく達の前から姿を消して5分ほど、現れたコキュを見て、ぼくは言葉を失った。


「へ、変かな?」

 変ではない、決して。しかし……綺麗に結わえた髪、いつもより濃い目に塗った紅、そして、胸を強調するその純白のドレス姿は、目のやり場に困るほど官能的で……。


「えっと、コキュ、それは……変装というより、盛装と言うのでは……」

 トリチェが控えめに指摘する。

「蝶仮面をつけたら、仮装だね」

 リシェも容赦ない。


「この短時間に、その変身は早すぎない?」

「シャロンの手にかかればこれくらいは楽勝だよ!」

 コキュが得意げに言う。よほど自慢のメイドさんなのだろう。一度お目にかかってみたいものだ。


「まあ、変装にかこつけて胸の谷間を見せつけることで、アリス殿を篭絡したい、という目的だけは、十分に達成できたようじゃな」

 カミナが、ぼくとコキュを同時に冷やかす。一気に顔が赤くなったのが自分でもわかる。

「もう、そんなんじゃないって」

 コキュも真っ赤だ。


「それにしても、コキュのこんなに艶やかな装い、初めて見ましたわ」

「うん、いつか舞踏会にでも着て行きたいと思ってたんだけどね……。そんな日が、いつ来るかわからないし、一度は着ておきたいなって……」


 ……コキュは、それほどの覚悟をもって、王女を護ろうとしているのだ。ぼくは胸を衝かれた。


 『魔』王が復活すれば、おそらく王女は戻って来ない。ぼくたちは背徳の騎士として投獄されるかも知れない。少なくとも、コキュたちが華やかな社交界に戻るのは困難になるだろう。


 勿論、最悪は、死だ。ラディム騎士団に殺される可能性はそれほど高くはないとしても、『魔』王に殺される可能性は低くない。『魔』王が復活しない可能性や、復活しても、『魔』王から王女を取り戻せる可能性がどれほどあるのだろう。


「大丈夫、王女はきっと戻ってきますわ。そうしたら、王に、盛大な宴を催して貰いましょう」

「それは楽しみだね、特にありすたんの格好が」

 みんなが一斉に笑う。よかった、暗くなりかかった雰囲気が一気に明るくなって。みんなの笑顔が見られるなら、女装も道化役も悪くない。


「あれ、そういえば、キルシュはどこじゃ?」

 カミナの言葉で思い出した。無口なキルシュは、こういう話合いの場では存在感が薄れるのだ。


「あそこだよ」

 リシェが指し示した先には、リシェの調達してきた食料を音も立てずに小動物のように頬張る、キルシュの姿があった。


***


「じゃあ、そろそろ配置に付こう」

 先ほどと同じ素早さで鎧姿に戻ったコキュが強く言い放った。皆が黙って頷く。でも、誰の顔にも、死地に赴く悲壮さはなかった。


「気をつけてね」

コキュの励ましに、

「そちらこそ。敵が来ないからといって、気を抜いて、アリス殿と二人、情事に耽ったりするでないぞ」


「ば、ばか、そんなことするわけないでしょ!」

「そうですわ。その時は勿論、わたくしも混ぜていただけますわよね?」


 カミナだけでなく、トリチェまでが軽口を叩く。戦いが終わっても、またこうやってじゃれあえたらいいな、なんて思いながら、ぼくはそれをどこか他人事のように聞いていた。


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