とある高司祭の見た裏舞台
この話だけ、視点がコキュの友人の高司祭、ジェイダイトに移ります。美男子揃いのレディム騎士団の人物紹介もかねていますが、興味のない方は読み飛ばしてください。
~ ジェイド's eye ~
「馬鹿げている」
「言葉を慎め、ジェイダイト!」
場の面々……教団の最高幹部『三賢』とラディム騎士団長シリウス・シンクレアを前にして吐き捨てた俺に、『三賢』の主席を務めるメルスキュラが声を荒らげた。
『魔』王が復活して多くの民を死なせるよりも、王女一人に犠牲になってもらう方が良い……。だから、王女を人身御供とするために、王女を庇護するヴィルキア騎士団から王女を貰い受ける……。これが今回の計画だ。
俺はヴィルキア騎士団の面々と仲が良い。ラディム騎士団による実力行使に先立って、その仲の良さを活かして、王女を引き渡すよう彼女らを説得しろ、というのが、お偉方から俺に下った任務なのだが……。
彼らの主張はわかる。というより、彼らの立場ではそうするしかないだろう。しかし、自分の嗜好に合わないことだけは間違いない。
「『魔』王復活を防ぐために、依り代である王女を殺す……生贄という発想が、聖職者というより寧ろ悪魔崇拝者か原始人だな」
わざわざ口にしてしまう辺り、俺もまだまだガキだな、とは思うが、言わずにはいられない。
俺の言い草に、『三賢』は苦りきった顔をしている。シリウスは感情を押し殺しているのだろう、無表情だ。
「そうは言うがな、ジェイダイト。もし『魔』王が復活してみろ、王女だけでなく、数え切れないほどの犠牲者が出るのだぞ」
『三賢』の最年長、ベイラードが正論を振りかざす。
「『聖祖』プロメーテが予言を残してから数百年、『魔』王復活に備えて、人は己を高めて来たんじゃないのか? 『魔』王が復活して、この世が煉獄と化すとしても、それは予言された予定調和のうちのこと。『魔』王とのアル・メギドを戦い抜く方が教義に叶っているだろう」
「しかし、勝てるとも解らぬアル・メギドに身を投じる前に、できる限りのことは……」
「つまり、『三賢』などと祭り上げられても、これまでの自己研鑽に自信がないと……なるほど、わかりやすいな」
「口が過ぎるぞ、ジェイダイト!」
『三賢』の最年少(とは言っても、齢60を裕に超えているが)モルドフが声を荒げる。
「少なくとも、俺は、可愛い女の子を殺すために、なりたくもない司祭なんぞになったわけじゃない。『魔』王が復活するまでは、あんたらの計画に協力する気はないよ」
交渉決裂……というより、交渉する気もないことを一方的に宣言しただけだが。
問題は、シリウス以下、ラディム騎士団の出方だ。俺の視線に気付いて、シリウスが口を開いた。
「私は……王と教団の命に……従うのみです」
強い意志で自らの感情を押し殺した声音……その意志の強さと責任感は尊敬に値するが、友達にはなれそうにない。
『三賢』は満足そうに頷き、再び俺を見た。
「いいだろう。彼女らの説得はしないが、あんたらについて行こう。幼女殺しがあんたらの正義と言うなら、邪魔はしないさ。手伝いもしないがね。あんたらがしくじって『魔』王が復活したら、その時は手伝おう」
言いはしたが、おそらく、これは嘘になるだろう。自分の性格上、王女が殺されるのを黙って見ていられるとも思えない。
もっとも、悲痛さを悟られまいと必死で感情を押し殺している目の前の男が、非情に徹して王女を殺せるとも思えないのだが。
***
「……つまり、我々に下った任務は、王命に反し、不当に王女を拘束しているヴィルキア騎士団の手から王女を奪い戻すことだ」
冷やかに見学する俺の前で、シリウスは4人の騎士団員に事情を説明した。
ラディム騎士団のうち、幹部である上位騎士はシリウスとここにいる4人だけだが、それぞれが4人ずつの部下を持つため、総勢25人の部隊となる。コキュ達は6人だが、部下を持たない。普通に考えれば人数的にはかなり不利だ。
しかし、こいつらは騎士だ。多数対1を好まない連中も多いはずで、そこだけがコキュ達にとっての救いだろう。
「王女を奪還、と言えば聞こえがいいですが、要は生贄にするためでしょう。私の主義には合いませんねぇ」
口を開いたのは、5人の騎士の中でも最も気障な騎士だ。名前はレディウス卿と言ったか。甘い顔立ちは女性には人気だろうが、上目遣いで長めの金髪を指に絡める仕草は、男から見ると気持ち悪い。主張は俺と一致するが、やはり友達にはなれそうにない。
「王女、と考えれば確かに後味は悪いな。しかし、復活目前の『魔』王を捕獲する、と考えれば、騎士として、恥じることのない任務だろう。事実、そうなのだろうしな」
正論を口にしたのは、最年長(と言ってもせいぜい30かそこらだが)のカロン卿だ。自分に言い聞かせていたであろうその言葉を代わりに言ってもらえて、シリウスは幾分かほっとしたようだ。
「それはいいとして、要はどうやって王女を取り戻すか、だよね。ヴィルキア騎士団はそう容易い相手じゃないよ」
エラン・ジーク……卿とは呼びたくない、こまっしゃくれたガキだ。癖のある金髪とそばかすは、少年らしいと言えなくもないが、性格悪そうな(実際に悪いと思うが)釣り目のせいで、生意気さがいや増すのだ。剣の腕は年相応だが、知略に優れ、最年少ながら、騎士団の知恵袋といった役回りらしい。
「俺が斬るさ……」
仏頂面で吐き捨てたのは、シェリダン・スティルの現当主、ディーン卿。確かに強いが、無愛想で直情的な、いけ好かない奴だ。こうしたむさくるしい野郎供を見ていると、つくづくヴィルキア騎士団に行きたいと思ってしまう。
「馬鹿じゃないの。ディーン一人で何とかなるなら、僕ら全員で集まる必要ないじゃん」
エランだ。言ってることも生意気だが、言い方は更に生意気だ。ディーンの手が剣の柄にかかる。
「二人ともやめろ」
シリウスが頭を抱えながら制止した。残念、潰しあって欲しかったのに。
「エラン、何かいい手はあるのか」
レディウスが聞く、が、余り期待はしていなさそうだ。
「想像通りさ。そりゃ、取れる手は無数にあるよ。でも、結局行き着く先は、そんな卑怯な手は取れないから、却下、でしょ」
皆が苦笑する。策略というもの自体、騎士団の信条である正々堂々からはずれているのだから仕方がないのだろう。
「まあ、でも今回の策は心情的にも受け入れ易いんじゃないかな。とりあえず、彼女達をまともに相手にしないことだね。相手は離宮の各所で手分けして僕たちを待ち伏せるんじゃないかな。全員で王女の傍にいて乱戦になればこっちの思う壺だし、こっちが正面から仕掛けるとも限らない以上、全員が王女の傍から離れることもありえないんだから。彼女達が離宮のどこにいるのか、僕たちにはわからない。数で劣る彼女達にとって、この地の利は重要だしね。僕たちがしてはいけないことは、兵力を小出しにして各個撃破されてしまうこと。どこにいるかわからない以上、不意打ちされちゃうだろうから、簡単にやられるよ。だから、相手の不意打ちを防ぐためにも、死角ができないように多勢で一気に突入する。全員が一度に正面玄関から突入すると動きにくいから、それよりは、ニ、三の組に分けて、窓から侵入する組も作る方がいいと思う。その上で、敵に出会う都度、数人をその場に残して、他の者は先を目指す。ここで重要なのは、決して相手を倒そうとはしないこと。幾ら彼女達が相手でも、取り囲んで防御に徹すればそう簡単にはやられないでしょ。敵は6人、こっちは25人、一人につき3、4人で取り囲めばなんとかなるだろうし。残った者が王女を取り戻せばいいんじゃないかな。相手を傷つけるわけじゃないから、多数対一でも、それほど気にならないでしょ」
確かに、理に適っている。この策が取られれば、コキュ達は苦戦するだろう。
「問題は、彼女らに卑怯者呼ばわりされて耐えられるか、だが……」
レディウスが口篭る。馬鹿馬鹿しい……俺はそう思ったのだが、俺以外には皆、似たような想いがあるらしい。発想のくだらなさにびっくりする。
そこまで名誉を気にするのであれば、それこそ、こんな任務、断ればよいのに。騎士というのは何とも堅苦しいものだ。まぁ、聖職者の俺が言うのもどうかと思うが。
結局、二手にわかれて、全員で同時に突入するが、離宮の中に入ってからは臨機応変に、ということになった。この覚悟の不徹底は、コキュ達にとっては有利に働くに違いない。俺の仕事……無論、復活した『魔』王を退けることだ……は、なくならないだろう、そんな気がした。




