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王女防衛大作戦、ぼくの役目は舌奴隷!?

「やれやれ、聖典によれば死してなお英霊となりてアル・メギドを戦うヴィルキアの騎士が、『魔』王のために戦うことになるとはな……差し詰め我らは、背徳の騎士団、と言ったところか」

 王を見送り、一息ついたところでカミナが皮肉に笑った。


「ねぇ、さっきから気になってたんだけど、アル・メギドってなんなの」

 ぼくの問いに、嫌な顔もせず、トリチェが説明してくれた。


「教団の名前にもなっているアル・メギドは、本来、教団の祖プロメーテが『魔』王を封じた地の名前です。聖典によれば、月満ちる夜に降臨した『魔』王は、眷族を従え、今のエポルエ王国の北部にあたるアル・メギドを中心に暴虐の限りを尽しました。長く凄惨な戦いの末『魔』王を退けたプロメーテは、『いつの日か『魔』王が復活し、この世は煉獄と化す。その時に備えて、この地で我々が『魔』王に勝利できたことを忘れずに、人は自己研鑽に励まなければならない』そう言ったと伝えられています。その時から、『魔』王との戦いを、その地の名前を取ってアル・メギドと呼ぶようになり、教団の名もそこから取ったのです。エポルエ王国、ラミス帝国そしてフィアーナ王国では、一番信者の多い教団ですわ」


「みんなも信じているの?」

 無神論者のぼくとしたら、不信心者がいてもおかしくないと思ったんだけど……。


「そりゃ、ね。騎士団の名前も聖典から取っているくらいだし、それなりには、ね。もともと、アル・メギドも主神ラディメジナフとその娘である7人の女神、つまり、大地の女神ラファ、清水の女神ディアラ、業火の女神イデ、青嵐の女神メルフィ、氷雪の女神ジェメ、蒼雷の女神ナスタージ、大樹の女神フィーナを信仰する、数ある教団の一つに過ぎないの。だから、アル・メギドの教えを信じない人もいるんだけど。ヴィルキアは、元はラディメジナフ信仰とは異なる民間信仰で戦いと勝利を司る女神らしいんだけど、聖祖プロメーテが死者の英霊もヴィルキアに率いられてアル・メギドで戦ったと聖典に記したから、そこからはアル・メギド教の女神になったの。国王直属の騎士団、ラディム騎士団はそのまま、ラディメジナフから名を取っているしね」


 コキュの説明を聞いて、どこの世界でも宗教なんていい加減なものなんだなと思ったけれど、口には出さなかった。


「ラディメジナフ信仰について言えば、隣国のエポルエ、ラミス西部、それと、我が国フィアーナでは、信仰していない者はほとんどいないと思いますわ」

 トリチェが補足する。


「『魔王』を復活させようとしている人たちは?」

「ラディメジナフは全知全能の神ですけれど、善悪に対しては中立なんです。聖典の表現を借りるなら、『善きものも悪しきものも全てを作り給もうた』そうです。『魔』王からして、『聖なる力を有し、黄金の炎を纏う』と形容されますし。だから、『魔』王崇拝も、その背後にはラディメジナフ信仰があると言っていいはずですわ」


「なるほど……。でも、『魔』王なんて、本当に復活するのかな……」

「怖いなら抜けていいよ。アル・メギドを起こしてでも王女を護りたいっていうのは、わたしの身勝手なんだから。わたしは王女を護る……例え、背徳の騎士と呼ばれようとね」


「おいおい、見損なって貰っては困るな。我らが忠誠を誓った王女を見捨てて逃げると思っておるのか」

「そうだよ、王女を護りたいのは、コキュたんだけじゃないんだし」

「みな、想いは同じ、ですわ。勿論、キルシュも」

 言って、トリチェが後ろからキルシュを抱きしめる。キルシュも頷いた。


「そうだね、ごめん。みんながいるんだし、一人で気負うことないんだよね」

 照れたように、コキュが少し舌を出して笑った。


「まだ一人、何も言っておらぬ者もいるが……怖ければ、抜けてもよいのだぞ」

 カミナがぼくを見て意地悪く笑う。

「確かに怖いけど、逃げないよ。ぼくだって、王女を護りたいし。大して役には立たないだろうけどさ」

 それに、コキュと……みんなと、離れたくない。それがぼくの本心だ。


「ありがと、アリス」

 コキュの素直なお礼に、胸が熱くなる。

「みな、アリス殿には期待しておるのだぞ」

「うんうん」

 カミナとリシェがぼくを頼りにしてくれるなんて……。

「正確には、ありすたんの舌に、だけどね」

「うむ、舌奴隷の如く働くが良い」

 がっくし。そんなことあるわけないか。


「舌奴隷……なんだか、どきどきしてしまいますわね」

 緊張感の欠片もなく頬を染めるトリチェに溜息を一つ吐いて、コキュは真面目な顔で話を本題に戻す。

「冗談はともかく、問題は、これからどうするか、だよ。王女の引渡しを拒否するなら、きっと教団側は実力行使に出てくるんだから……」


「となると出てくるのは……ラディム騎士団ですわね、やっぱり」

 トリチェの顔にも緊張が戻る。みな、そう思っているようだけれど、ぼくにはなぜかが分からない。


「でも、ラディム騎士団は国王直属じゃないの? どうして教団に力を貸すのさ」

「教団としては、まずは王に王女を差し出せと言ってくる。でも、王は、わたし達が命令に従わないから渡せない、とおっしゃるわ」


「そもそも我らは、王でも王国でもなく、王女に剣を捧げた騎士ゆえ」

「そうなれば、教団は、王に教団への翻意ありとの疑念を抱くことになるでしょう。疑念を晴らすには、王直属の最強の騎士団、ラディム騎士団の出動を命じるのが一番であると、教団は考えるはずですわ」


「王がそれを断ったら?」

「そのときは、王は教団を敵に回すことになるわ。そのつもりがあるなら、王はわざわざわたし達に王女を託したりはしなかったでしょうね」


「教団の人たちが攻めてくることはないの?」

「可能性がないわけではない。アル・メギドの教義では、練武が奨励されていることもあり、武に長けた僧兵も多くいるからな。ただ、相手が我らヴィルキア騎士団であると知っているからには、僧兵を差し向けてくる可能性は高くはない」

 カミナが言い切る。他のみんなも、異論はないようだ。


「みんなの方が強いから?」

「それもあるけど……わたし達とラディム騎士団とは騎士団同士、多少は交流があるから。見ず知らずの僧兵相手なら遠慮なく戦えても、言わば身内相手には本気を出しにくいだろうと、教団は考えるだろうね」

 コキュの表情は複雑だが、ぼくは、場違いながら、多少、というのがどの程度なのかとても気になってしまう。


「教団の目的は、わたしたちの殲滅じゃなくて、王女の奪還だしね。王女奪還は騎士団に任せて、僧兵とか教団兵力は万が一『魔』王が復活した場合の、アル・メギドに備えるんじゃないのかな」

 そんなぼくの葛藤になどお構いなしで、コキュは推論を続けた。


「ラディム騎士団とあたし達、お互い本気で剣を交えられないなら、目的が王女の誘拐だけに、数で勝るあっちに分があるよね」

 リシェの言葉に、みなが頷いた。


「ラディム騎士団の人たちは……その、本気で王女を奪うつもりなの? 王は、ぼくたちに頼んだみたいに、彼らにも頼んでるかも」

 ぼくの希望的観測に、コキュが首を横に振った。


「多分、それはないと思う。王からすれば、わたし達に頼むことだってかなり躊躇されたはずだよ……『魔』王が復活して、伝承の通りこの世が煉獄と化せば、国の存亡に関るんだから。国民を危険に曝してまで娘を護るなんて、王として許されないもの」


「王ではなく、父として、と仰ってましたわね。王は強いお方。あのようなこと、王の親友にして、王女を命懸けで救ったナルギス・エルロンド卿の愛娘、コキュ以外の誰に対しても漏らすことはできないでしょうね」

 トリチェの言葉に、あの時の王の、苦渋に満ちた顔が思い出された。


「さて、感傷に耽っていても仕方あるまい。当面の問題は……どこの馬の骨とも知らぬ異教の女神ヴィルキアの名を冠する我らが、全知全能の主神ラディメジナフの名を冠する奴らに勝てるか、ということだな」

 カミナの問いかけに、答える者はいなかった。

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