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車に轢かれて異世界に来ちゃいました

なろう初投稿です。作品の感想、批評はもちろん、作法や書式等の不備もご指摘いただければ幸いです。

 20**年7月1日 AM8:18 


 ノストラダムスの大予言に遅れること10余年、マヤの予言から遅れること数年、世界が、滅亡した。


 ……ような気がしたのは、客観的には純然たるぼくの勘違いだったのだけれど、ぼく自身に認識された事象としては、それはまるきり間違いというわけでもなかった。ぼくの周りからこの世界のすべてが永遠に失われてしまったことに変わりはなかったのだから。つまり、滅亡したのは世界ではなく……ぼくだったのだ。


 その日のぼくは、一大決心を胸に秘め、通学路を急いでいた。


(今日こそは、姫宮ありすに告白するぞ!)

 

 気持ちが昂ぶっていたせいで、いつもより1時間も早起きしてしまったものの、入念に身嗜みを整えているうちに(もっとも、お洒落が苦手なぼくにとっては、丁寧に寝癖を直すくらいがせいぜいだったのだけれど)、何時の間にか遅刻ぎりぎりの時間になってしまったのだ。


 だから、慌てて家を出て猛スピードで自転車を飛ばしている最中も、ぼくの頭の中は姫宮ありすのことでいっぱいだった。そして、ろくに左右の確認もせずに、普段ほとんど車の通らない狭い車道を突っ切ろうとして車にはねられ、まるで乱暴者のヒロインに叩かれて飛んでいくギャグマンガの主人公か何かのように宙を舞ったときも、ぼくの頭のなかは姫宮ありすのことでいっぱいだったんだ。


 姫宮ありすの、あの思わず指を絡めたくなるような、少し癖のある美しい黒髪。化粧気なんてないのに、十分に色白で瑞々しい肌。猫を思わせるつり目がちの大きな瞳、まるで山の天気のように表情が目まぐるしく変わる愛らしい顔。次にどんな表情をするのかが気になって、ぼくは彼女から目が離せなくなってしまう。


 ちょっと舌っ足らずで独特の声調をもったあの愛らしい声……まだ確かめたことはないのだけれど、あの声で名前を呼ばれたら、それだけでぼくの心臓は破裂してしまうに違いない。


 すれ違った時に仄かに香る髪の香り、柑橘系のシャンプーを使っているのであろう、甘酸っぱい香り……。


 そんな風に、自分の目に、耳に、鼻に焼きついた彼女の痕跡を一つ一つなぞっていくうちに……いつの間にか、ぼくの目の前に姫宮ありすが現れていた。何故か、あの美しい黒髪と同じ色の、美しい黒い翼を持った姫宮ありすが。何かのコスプレなのかな、なんてバカなことを考えていると、彼女は消え入るような声で何かを呟いた。


「……をよろしくお願いしますね」

「えっ? それって一体どういう……」


 ぼくは説明を求めようとしたのだけれど……その瞬間、ぼくの身体は頭から激しく地面に叩きつけられ……ぐしゃり、と嫌な音がするのと同時に、ぼくの意識は真っ白になって、途絶えた。


***

 

 ぼく、水無瀬みなせ あゆむは、自分で言うのもなんだけれど、取り立てて特徴のない高校生だった。体格は中肉中背、顔は、不細工というほどではないのだろうけれど、顔だけで女性を惹き付けられるほどの美形では決してない。運動神経は並で、成績も、悪くはないものの天才とか秀才というにはほど遠かった。人に嫌われるのが怖くて、誰かに必要以上に踏み込むことを避けてきた。周りからみれば、ぼくはいわゆる「いい人」で、告白しても友達が増えるだけであろうことは、自分でも容易に想像がついた。


 そんなぼくが、初めて玉砕覚悟で告白を決意したのだ……それなのに、告白もできないうちに死んでしまうとは情けない……残念、ぼくの冒険はここで終わってしまった……。


「ほら、起きなよ。目を覚ましなさい」

 凛と澄み切った女性の声だ。でも、返事なんてできるわけがない。ぼくはただの屍なんだから。


 それなのに、声の主はぼくを呼ぶのを止めない。名前を呼ばれているわけでもないのに、どうして呼ばれているのがぼくだとわかるのかというと、声の主は呼びながらぼくの頬を叩いているからだ。やめてよ、痛いって……。でも、死んでいるのに、どうして声が聞こえるのだろう。どうして、痛いと感じるのだろう。それ以前に、どうして考えることができるんだろう……。


「お水、もってきたよぉ」


 別の女性の声だ。媚びるような甘ったるい声音……。そう、媚びるような、だ。文句無く可愛く、男好きのする声なのだけれど、それは天然の可愛さではなく、理性と知性、完璧な計算の産物であるように感じられる……でも、そうとは解っていても、男とは悲しいもので、その魅力に抗うことはできないのだ。


「ありがとう。これで目覚めるかな」

 ばしゃっ

「わ、冷たっ」

 冷水を浴びせられ、思わず跳ね起きるぼく。見開いた目が、二人の少女の姿を捉える。

「起きたね」

 最初の声の主は、はっとするほど美しい少女だった。腰まで伸びた、濡れた鴉の羽のような漆黒の髪がえも言われず艶めかしい。彼女は美しい柳眉を目一杯釣り上げて、見たこともないような神秘的な黄金色の瞳でぼくを睨みつけている。


「え、どうして……ぼくは死んだんじゃ……ここは、ひょっとして天国?」

 少女のあまりの眩しさに思わず目を背けながら、おずおずと言う。意識が途絶える直前に聞いた、頭蓋が砕け、脳漿が飛び散る音(今までそんな音を実際に聞いたことがあったわけではないから、単なるイメージに過ぎないのだけれど)は、今もぼくの耳にはっきりと残っている。


「残念ながら、ここは天国じゃなくて、権謀渦巻く現世だよ。変な子だね。ぼくって、男の子みたいな言葉使ってるし」

 もう一人の声の主は、きらめくような金髪をツインテールにした可愛らしい少女だった。声と顔が驚くほど似つかわしい。こちらは綺麗な碧眼で、やんちゃな仔猫を思わせるいたずらっぽい表情からは目が離せない。なんて、見惚れている場合じゃない。今、彼女はなんて言った?


「え? え……」

「随分と錯乱しているようだね。暗殺者の類にも見えないけど、どうやってここまで入ってきたの? 男だったら気を失っている間に本当に天国行きだったんだから」

 意味がわからないけれど、男であることは黙っている方がいいことだけは理解できる。

「えと、ここは一体、どこなの」

 とりあえず気になることを聞いてみたものの、心底困惑しきったぼくを見て、黒髪の少女が苦笑した。


「呆れた……本当にわからずに迷い込んだって言うの? よく聞きなさい、ここはフィアーナ王国王都フィアの北に位置する、フィアーナ王国王女クリエム殿下の離宮プティ・フィアナを警護するために設けられた、王女殿下直属の我々ヴィルキア騎士団詰め所前だよ。迷い込もうと思って迷い込める場所じゃないんだから。何故こんなところで気を失っていたのか、納得のいく説明をいただきたいんだけど」


 冷やかな口調で、立て板に水、とばかりに一気にまくしたてられ、ぼくは口をぱくぱくさせることしか出来なかった。


「あんまりいじめちゃ、かわいそうだよ。ほら、罠にかかったウサギのようにおびえちゃってるよ」


 確かにぼくは自分で見ても可哀想なくらい震えていた。ただ、震えているのは、恐怖よりも寧ろ濡れた身体が寒気を感じていたからだけれど、敢えて訂正はしなかった。


「そうは言っても、不審者を捨て置いたとあっては王女殿下の警護を預かるわたしたちの存在意義を問われることになるんだから」

「でも、こんな鈍そうな子に何かができると思う?」


 金髪の少女の、ぼくを庇っているはずの何気ない一言に、ぼくは少し傷付いたのだけれど、そんなぼくを見て、黒髪の少女は肩を竦めた。その時、やや離れたところからこちらに呼びかける声があった。


「あれぇ、コキュにリシェ、こんなところでなにをしているのですか」

 脳みそがとろけるような可愛い声だ。金髪の少女のような媚びを含まない、純真無垢な愛らしい声。こんな声で、お兄ちゃん、なんて呼ばれたら世の7割の男は悶え死ぬに違いない。その声に反応して、黒髪の少女の表情がかしこまる。膝を折ろうとした二人を、声の主が手を軽く振って制したため、二人は立ったまま軽く姿勢を正した。


「王女殿下、実は……その……」

 この子が王女さまかぁ……クリエム王女って言ってたっけ。13,4歳くらいだろうか、まだ幼さの残る顔付きながら、いや、それ故にと言うべきか、これが日本だったら週に一度は誘拐されていてもおかしくないほどの、危ないまでの可愛さだ。


 破壊力満点の笑顔で微笑んでいる王女を前に、黒髪の少女が言い澱んでいる。王女殿下に大した威厳があるわけでもないのだけれど、骨の髄まで家臣根性が身に付いているのかも知れない。正直に事実を話せば、ぼくを不審者として罰さなければならないのかも知れず、流石に躊躇っているようだ。


「ここにいる少女を我ら騎士団の一員に加えてくださるよう、王女殿下に推挙しようと思っていたのですが、途中、水を運んでいたメイドとぶつかり、衣服を濡らしてしまったため、どうしようかと話をしていたところなのです」

 一瞬の沈黙の後、黒髪の少女に代わって口を開いたのは金髪の少女だった。今までの、少し甘えたような口調ではなく、折り目正しい、美しい言葉遣いで、澱みなく答えた。


「そうなんだぁ。コキュとリシェが薦めるなら、おねぇちゃんもきっとすごく強いんだよね。お名前はなんて言うのですか?」

 王女がぼくに向かってあの破壊力満点の笑顔を投げかける。その爆弾のような微笑みの直撃を受けて、ぼくはどうしようもなく赤面しながらも、しどろもどろになって答えた。

「み、み、水無瀬、あ、歩です」

 聞き覚えのない響きだったのだろう、王女は軽く首を傾げたが、深く考えるのはやめたらしい。

「よろしくね、おねえちゃん」

 ぼくは悶え死ぬ一歩手前だった。最後が「おにいちゃん」だったなら間違いなく悶え死んでいただろう。放心状態のぼくには聞こえなかったけれど、王女は二人に何ごとかを告げて、うさぎが跳ねるような足取りでこの場から去っていった。


 王女の姿が完全に視界から消えたことを確認して、黒髪の少女が金髪の少女に問いただした。

「リシェ、どういうつもり? 推挙なんて、勝手に……」

「えー、だって仕方ないじゃない。こうしないと、この子牢屋に入れられちゃったかも知れないし」

「にしても、もっとましな嘘はつけなかったの!? 王女の期待を裏切ることになるよ」

「まぁなんとかなるよ。それより、いい加減服を乾かしてあげないと、この子が風邪をひいちゃうよ」

 リシェと呼ばれた少女は笑いながら、くしゃみをしたぼくを指差した。



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