アスタ=バルガスⅡ
集中力を高める。
機械を動かす手は止まってはいるものの、まだ稼働しているらしく、いつ何が起こるかわからない状況なのだ。
速攻で決めなければ。
……先ほど、城山や楓が話をしていた”ツヴァイ”という何か、多分俺はもうそれに到達している。
ただ、完成はしていないので使えたとしてもほんの数秒だ。
そういう意味では俺もまだツヴァイの領域には到達できていない。
「いくぞ、エルヴレイン」
エルヴレインの名を呼び、準備を始める。
「ほう……」
エイランドが意味ありげに呟く。だが、そんなことには構わない。
「俺に全てを壊せる力を寄越せ!エルカラミティ‼︎」
エルヴレインが漆黒に包まれてゆく。エルカラミティが完成する前にエイランドへと向かって駆け出した。
「うおおおおおおおお!」
混沌とした何かを身と槍に纏って特攻を仕掛ける。先ほども言ったが持続時間は持って数秒だ。それ以降は動けないほどの疲労が押し寄せる。
一秒だ。
一秒で決めてやる。
ランスへと力を凝縮し、振りかぶる。振りかぶりきったところで力が限界まで溜まる。
その状態のままエイランドへと投擲した。
「っ!」
大きく身を逸らし、間一髪のところで躱されてしまう。
しかし、エイランドの頬には一筋の赤い傷。全然駄目だったということはないようだ。
「まだまだぁ!」
今度は剣を握り、黒をその剣に纏わせたままエイランドの目の前まで直進。
そのまま刺突へと移る。
「そうはいかせないよ」
腰を低く落として避けた後、どこからともなく姿を現したカタールで鎧に向けて攻撃を始めた。
「それはこっちも同じだっつの!」
脚部に隠されてあるニードルを脛に沿うように束ね、その状態のままカタールに蹴りを放ち、受け止める。
攻撃を弾き返した後、再度剣で攻撃を仕掛ける。
と、剣に凝縮されていた黒の気が消え失せた。時間切れだ。
脱力していく体。
倒れたくなる意識に喝をいれ、エイランドへと斬りかかる。
「強そうなのは終わりかね?」
二本目のカタールで剣を受け、最初のカタールで俺へと攻撃。
「やべっ……!」
エルヴレインはカタールを受け止めることなく、そのまま己の体を貫き通した。
「ぐっ……!」
「おや、上手くいったようだね。どうだい?私のカタールの味は」
「最悪……だな!」
剣で足元を薙ぎはらった。
しかし、剣は当たることなく虚空を舞う。
「ちっ…………!」
その場から一度距離を置き、一息つく。
まさかエルヴレインを着込んでおきながらダメージを喰らうとは予想外だった。
まあ、相手も能力を使ってくる以上、覚悟はしていたつもりではあったが。
……傷は思っているより深い。早めに決着をつけねば。体力もほぼ尽きかけていることだし。
集中力を更に上げる。
この残り少ない体力と傷ついた体で奴に勝利するにはエルカラミティの完成度を高めなければならない。
「何をしているのかね?ま、おおかた新技の開発を戦場で行うありがちな展開だろうが……。残念ながらそれを待つほど私は甘くないのでね!」
カタールを振りかざしてエルヴレインをつけているとはいえ、無防備な俺へと向かってくる。
まだ、まだ足りない。
しかし、目の前には助走を大きくつけながら迫ってくるエイランド。
回避行動に入ろうもこの怪我では満足に動けない。
……万事休すか!
と、顔の横を高速で何かが通り過ぎた。
その通り過ぎた何かはエイランドのカタールを弾き返し、空中で弧を描いた後に落ちた。
あれは……楓のナイフ?
「暑いのに……走らせんじゃねーよ!」
その声が聞こえた位置には、ブレザーを斜めに着た楓の姿が。
暑いなら脱げばいいだろうに。
と、そこまで思考した後に理解した。
腕がなくなってしまったのか。
なんと声をかけていいかわからなくなる。
「楓……」
「なんだよ」
楓の息は荒く、走っただけではとてもここまでにはならない。
……多分、こいつは死にかけている。
「お前……腕」
「そのことか。斬られたんだよ」
「そんな軽々しく言うなよ!」
「いや、いい。ここに来るまでにもう、何度も何度も不安と恐怖で押しつぶされそうになってんだ。何も言わないでくれ」
「能力で元に戻せないか?」
楓が横に首を振る。
「駄目だ。さっきまでは割といけそうだったけど、腕がなくなったから」
その話ぶりから察するに、それまでは千切れた腕があったが、それがなくなってしまったということだろう。
「……んで、あいつらは?」
「多分後から来る。短く間とはいえ、気絶してたから時間はわからん」
楓がカタールを吹き飛ばされて一度遠のいたエイランドを尻目にナイフを拾う。
「さて、よくもうちのアスタをこんな目に合わせてくれたな。この罪は重いぞ」
「君の仲間も似たようなことを言っていたよ」
「そいつは嬉しいな。仲間と心が通じてるって奴か?」
「しかし、この罪は重い、なんてことを言ったってどうする?片腕の君で何ができるのかねぇ」
「片腕?はっ。馬鹿言ってんじゃねえよ。僕には最高の右腕が『いる』」
ちらりと俺の方を見る。
「そいつは俺のことか?」
「当たり前だろ。僕が戦ってる間にお前はさっきやろうとしてたことをしてろ」
「おうよ!任せろ!」
楓がエイランドへと向かっていく。
頼んだぞ。
その隙に先ほどと同じように集中力を高め続ける。
内なる力を凝縮し、それを一気に開放するイメージで。
もっと効率よく、もっと素早く、もっと強くなる自分のイメージを。
その時、何故か今までの記憶が頭に流れ始める。
生まれてから今まで、母親に父親に、兄弟に友達に、あのおっさん、そして楓、榊、マタドーラ、ティフ、カルテット、桜、メア、城山との思い出。
そして、何かが溢れ出した気がした。
「いくぜ……。エルヴレイン」
エルヴレインを再装着。
「全てを壊せる力を寄越せ、エルカラミティ」
混沌が鎧に混ざりこむ。
「……俺に力を寄越せ、壊せる力も、守れる力も!来い、エルグランディア!」
エルヴレイン、エルカラミティと続き、鎧が光に満ちる。
エルヴレインの安定性とカラミティの攻撃力を手にした今の俺は無敵だ。
よし、いける。
「アスタ……」
「待たせたな楓」
「いや、大丈夫だ。ほら、いってこい」
「ああ」
エルグランディアの形成が終了し、白と黒の、ヴレインとカラミティの色と見た目が融合したような鎧が姿を現した。
「お前も待たせたな。第二幕といこうぜ」
「何かされてしまったよう、だね。ま、関係ないんだがね」
カタールを両手に持ち、更に左右の腰部分、両膝に二本ずつ、つま先に刃の部分を装備。
全身にカタールが装備された状態、自身の新形態のお互いベストな状態で向かい合う。
「こいよ」
「では遠慮なく」
カタールを俺に向かって投擲。
それを躱し、カラミティの飛ぶ斬撃を放つ。
「はああああああっ!」
そして、カラミティを纏わせたままエイランドへと駆ける。
それに呼応したかのようにエイランドも俺へと無数のカタールを携えて駆けてくる。
「あああああああぁぁぁぁ!」
「死ねえええええええええ!」
お互いの武器が交差し、二人の身を貫く。
「相打ち……かね」
「いいや、お前の負け……だ。カラミティ!」
そう叫んだ途端、エイランドの体が黒い気を放ちながら爆散した。
中でカラミティを暴発させたのだ。
「く、くくく……!してやられた……よ」
「……ふぅ」
一息つき、エルグランディアを解除する。
中身はボロボロだ。
「終わったぜ」
「お疲れさん」
「よし、あいつがなんかしようとしてた機械、ぶっこわすか」
「結局、何がしたいかわからなかったな」
「ま、いいじゃねえか。世界征服ってことだけはわかってたことだし、ロクなことじゃねえよ」
「違いない」
二人して機械の方向へと歩き出す。
と、そこで異変が起きた。
目の前が、真っ暗になったのだ。
「アスタ?」
突然目の前でアスタが狼狽え始めた。どうした?
「なんだ……これ」
次に地面に膝をつき、手をつき、ついに四つん這いになる。
「おい、大丈夫か?おい!」
「がは……っ!」
吐血……?
「どっか怪我してんのか⁉︎おい、おい!」
「かえ……で」
「黙ってろ!今すぐ応急処置を……」
「聞け……。お前の目指してる……ツヴァイは……」
「ツヴァイ?ツヴァイがどうした⁉︎」
「……楓。俺はおまえが好きだ」
突然話題を転換する。
こんな時に何を……これじゃ遺言みたい……。
「おまえ、まさか」
「俺はおまえ含め、みんな好きだ。榊もな。妹みたいで悪くなかったぜ。……はは。なんとなくわかるんだよ。俺はもう、駄目だ」
「やめろよ!こんな……突然すぎるだろ!」
「楓、前に進み続けろ。自分の信じる道を歩み続けろ。そうしたら、きっと……」
アスタがぐったりとする。
「アスタ?おい、どうした。しっかりしろ、おい!」
僕の声はアスタに届くことなく、虚しく室内に響くのみだった。




