お姫様抱っこ
「……だからなんでついてくるんだよ」
あまりにも仲が悪いので置いていこうとしたのにこいつは何を思ったのかついて来るのだ。
「貴方方二人を抹殺するまで付いて行きます。なのでさっさと殺されて下さい」
「ふざけてんじゃねーぞ!なんでてめえみたいな奴に殺されなくちゃなんねーんだよ!」
アスタが叫ぶ。
また喧嘩に発展するんじゃないのか?
街中で喧嘩するなよ。
「正直貴方をぶっ殺すのは容易なんですがね!問題はそこの男女です」
おいおい巻きこむなよ。
「男の姿をしていた時は武器の扱い以外は大したことありませんでした。動きも、力も。しかしあの大穴から出てきた後、即ち今の姿の貴方は常識の範疇を超えた強さでした。貴方を殺すことは今の私では万に一つ……いえ、億に一つもありません」
そんなとんでもない強さを持ってんのかよ僕は。
「しかも元は男というのに胸は大きいしウェストも細いし……!」
「そうだぞバーカ!楓はお前みたいな女と違って色気があるんだバーカ!」
子供かお前は。
「は?またやるつもりですか?」
「返り討ちにしてやるよ」
アスタはエルヴレインを、榊は剣道の袴のような服と日本刀にそれぞれチェンジした。
「いくぞオラァ!」
「死ねええええええ!」
「……先行ってるぞ」
付き合って居られないので先に進む。
「おう!さっさとこの女始末するからな!」
「こいつを殺してからすぐに行きます!」
これで道中の喧嘩は三回目だが毎回決着がつかずに二人で帰ってくるのだ。
お互いに肩を貸しながら。
こいつら本当は仲が良いんじゃないのか?
そして帰って来てしばらくすると肩を貸しあっている状況に気づいてまた喧嘩を始めるのだ。
誰かどうにかしてくれ。
しかし……。
先程榊が言っていた、武器の扱い以外は大したことない、ということだ。
僕は自慢ではないけれど、今まで武術はやったことないし、運動神経に自信がないことはなかったけど榊程の実力者に武術の扱いは大したものと言わせれるぐらいの運動神経は持っているつもりはない。
何かありそうだ。
少なくともおっさんやババァがイレギュラーという程の何かが……。
今度男の姿でババァの所に行くべきだな。
「楓ー!」
遠くからアスタの声がこだまする。
振り返るとやはりお互い肩を貸しあいひょこひょこ歩いていた。
はぁ、と溜息をつく。
「ほら、さっさと行くぞ、また喧嘩を始めるんなら肩なんか貸しあうなよ」
するとまた二人が睨み合い始めたのでアスタの腹を思いっきり殴り、気絶させて争いを止める。
「あの……仲間なのでは?」
意表を突かれて震える榊の声。
「別にいいんだよ。こいつ頑丈そうだし」
「そ、そうですか……」
「あぁ、そうだよ」
「…………」
いや、喋れよ。
アスタといいこいつといいなんで途中で会話を続けないんだ?
というより続けようとしないんだ?
「……」
やめろ!そんな期待するような目でちらちら見るんじゃない!
俯くな!そんな顔されたら放っておくわけにはいかなくなるだろ!
「あー……その……なんだ。ずっと恋焦がれてたアスタがあんなんで残念だったな」
「あぁ、そのことですか。昔の自分はどうかしてました。よりにもよってあんな男の為に何年間も費やしていたなんて」
冷静な口調とは裏腹に俯いていた榊の顔がぱぁっと明るくなる。
お前仮にも僕を殺す為にここにいるんだろうが。
「ですが後悔はしていませんよ。だってこの世界で生きて行く為の力を手に入れることが出来たんですから……それとそういえば貴方を殺す理由はもうありませんね。私、貴方の事を少し見直しました」
数日前のギラギラした目と比べて、穏やかな目をした榊がそこにいた。
なんだ、こいつこんな目も出来るんじゃないか。
多分僕も穏やかな表情をしているんだと思う。
その場の空気は和やかな物へと変わっていた。
なるほど、これが青春というやつか。
今の状況ほど青春しているものはないだろう。
ただ一つおっさんをお姫様抱っこしてさえいなければ、だが。




