扉を閉めた
昨夜、廻天術師なる者を探すと決意を新たにしたわけではあるが、現実はそうもいかず。
今日、一つの依頼が舞い込んできた。
いや、正しくは帰ってきたという方が正しいだろう。その依頼とは、アブソリュートエビルの残党狩り。
前と同じ依頼者によっての同じ組織の討伐の依頼。依頼人の名は前と変わらず、ゲイル=ルーミア。弱々しい雰囲気の男だ。
今回は僕たちのみに依頼をした模様で報酬はだいぶ弾むらしく、即答で依頼を受けると答えたのであった。
何故そこまでこの組織に拘るかわからず何か引っかかるが、金払いが良いので全力で潰しにかかる。
これで1パックのもやしを三日に分けて食べる地獄から解放される。
「またあの街に行くのか……」
「仕方ねぇだろ。奴らの潜伏先はあそこに集中してんだ。それより……」
ふい、と榊のいる方向を向くと、白目を剥いて椅子にだらんともたれかかっている。
あの街に行くと榊の姿では浮いてしまうので、洋服を着る羽目になるのだ。
洋物を極端に嫌う榊は、和服以外を着ると拒絶反応を起こす。
そうなる自分の運命を見越してああなっているのだろう。
悲しいな。
「はぁ、なんであいつはあそこまで日本以外の物が嫌いなんだろうな。そういえば、お前は和物苦手だっけか」
「いや、それがよぉ。意外と悪くねぇもんだなって思い始めたんだよ」
「そうなのか?なら、榊といがみ合う必要ないじゃねーか」
「あいつは生理的に合わねーんだよ。俺のDNAにあいつはぶっ殺せって刻み込まれてんだ」
「……ほどほどにしとけよ」
そこで話を切り上げ、支度を始める。
気絶している榊を叩き起こし、そのあとにメアと城山にも声をかけて準備を促す。
この間新しく買っておいたハンドガンにいつものナイフ、靴もそろそろ新しく金属を仕込まないといけないな。
あの金属、成分を調べて貰ったがどうやらディメライルアライトニウムと呼ばれているらしい。長い。
加工にはコツがいるらしく、とある絶妙な力の加減具合でないとほぼ切れないらしい。
この間切れたのは、ゆうちゃんのナイフの切れ味が良すぎる為になんとか切れただけで、あんな使い方をすれば、いくらあのナイフでもすぐに使い物にならなくなってしまう。
ちなみにその絶妙な力加減以外で切ろうとすると、力が過ぎると切ろうとしたものが折れ、力が足りないとたちまち跳ね返されるという。
そんなもので人を蹴り飛ばしてたのか。恐ろしい。
僕は絶妙な力加減を研究し、なんとか切れるようになった故に加工も楽だ。いい感じの大きさに切断して、靴底に仕込んだのちに緩衝材を詰めて完成。
ナイフも研ぎたいところだが、砥石の方が切れてしまい、研げないのだ。
鞄にナイフとランプ……は詰め込まないが、代わりに火種を詰め込む。
ついでに銃と財布もぶちこんで準備を完了する。……この背負うタイプの鞄じゃ戦闘に不向きそうだ。行きにウエストポーチでも買っていくか。
細心の注意を払わないといけない。僕は一度罠に引っかかって死んでいる身だ。気を引き締めていかないと。
「さて、あいつらはどうなったかなっと」
事務所の椅子から立ち上がり、二階へと様子を見に行く。
木でできた階段を登るがギシギシという古めかしい音などは一切聞こえず、ティフ達の仕事の良さが伺える。
「そっちはどうなってる?」
「あ、佐倉さん。僕は準備完了ですよ」
「うむ。我も行けるぞよ」
二人は準備OKのようだ。
さて、問題のアスタと榊は……。
まず最初にアスタの部屋へと向かう。
ドアの前に立ち、こんこんと二回ノック。
以前ノックせずに入った時、全裸で部屋をウロウロしていた上、その後襲われそうになったのだ。
その経験を踏まえて、二度とノックなしでこの部屋に入らないようにしている。
「おう、入れ」
何故そんなにも偉そうなんだ……。
そう思いつつもドアノブを握り、中に入る。
「どうなってる?」
「俺の場合、特に持ってくもんもないしなぁ。準備完了だな」
「そうか。なら外で待っててくれ」
「わかった。……それよりよ、せっかく二人きりなんだ。俺といいこと……」
「さっさと外に出ろってんだよ!」
アスタを蹴り飛ばし、窓ガラスをぶち破って無理やり外へと向かわせる。
馬鹿野郎が。
さて、次は榊だ。
榊の場合部屋に入るならノックプラス声かけがいる。
以前、うっかり何もなしで入った時に刀を首筋に突きつけられたことがあるのだ。
なんでもアスタと間違えたらしい。
なんというか、着替え中に入っちゃって「きゃー!野比田さんのえっちー!」的な展開になると思ってたのに。まさか「貴様、どこから入った」みたいなテロ的展開に発展しちゃうなんて誰も思わないだろう。
一息つき、榊の部屋の扉をノック。
「榊、どうだ?」
「あ、はい。概ね準備はできましたよ」
「そうか。なら、外に出ててくれ。もうそろそろ出発するからさ」
「わかりました!……それで、やっぱり洋服を着ないと駄目ですか?」
まだ心配してやがったのか。
「別にいいんだぞ?痛々しいコスプレ女か若い身空で風俗嬢に身を落とした哀れな女の子Aとして見られたいならな」
「……頑張ります」
うむ、良い返事だ。実に僕好みでいい。
「そ、それでは、先に降りていますね……」
とぼとぼと侘しく歩く姿からは、いつもの快活な姿は見受けられなかった。
「……さて」
二階のリビングに向かい、誰もいなくなってがらんとした部屋を静かに見渡す。
静かなのは好きだ。でも、一度うるさくなったならば、その状況を死守したい。
今度こそ、生きて帰ろう。
桜のように、あの時の僕のようにはいかせない。
「いってきます」
何もない空間にそう一言だけ告げ、パタンと扉を閉めた。




