脱落者
「楓!しっかりしろ!」
「楓さん!起きてください‼︎」
……遠くから声が聞こえる。そういや僕は……。
地面に寝そべった上半身を勢いよく起こす。
見渡すと、暗く、黒い部屋。
そう、ブラックルームだ。
しかし、いつものなんだか雰囲気が違う。以前は黒いながらも桜の性格を反映したかのように明るかったが、今はただ、薄暗い。
色々あった部屋も殺風景なものに変わり、ポツンとモニターが一つあるだけ。
桜の姿も見たらない。これは探して見つからないだろうな……。
声が聞こえたのはモニターからか。
上半身のみならず下半身も一気に起こし、モニターへと近づく。
モニターの向こうでは、アスタ達が僕をも必死に揺すっている。
「クソッ‼︎なんで血が止まらねぇんだ‼︎」
「楓さん、意識を取り戻してください!」
「あ、あわわわわわわ……」
「心臓マッサージを!それに医者の手配をしてください!」
……大事になってるな。
多分、あの体が息を吹き返さない限り、僕の意識が元に戻ることはないだろう。
それにしても、脳や心臓に攻撃を受けたらこうなるのか。戻れなかった場合はこのモニターで自分が灰になる姿を見なければいけないのか。
……恐ろしい。
なんとかせねば。
……といっても、今の僕には何も出来ない。出来ることはみんなを信じるだけだ。
「……脈が止まった……!」
え?
「楓?おい、楓!死ぬな!死ぬなああああああああああ‼︎」
ちょ……。
「楓……さん……!」
いや……。
「い、いやぁ……死なないでよぉ……!」
おいおい。
「佐倉さん、あなたの仇は必ず討ちます。それまで少しご辛抱を」
…………。
「もうちょっと頑張ってくれよ……」
アスタが僕を背負い、階段を登っていく。
みんなは僕の犠牲を無駄にしまいと、闘志に満ち溢れた様子で後をついてくる。
やめて……。僕まだ生きてるんだからな……?
しかし、外の人間から見たら、僕は確実に、疑いようなく死んでる訳で。
素直に復活出来るまでのエネルギーが溜まるまで待つか。脳と心臓にダメージを受けたら、死ぬかと思ってたけど、ここに来たということはまだ復活の余地はあるということだからな。
ババァめ、適当なこと言いやがって。まぁ、ババァはこの空間のことまでは干渉できないようだし、仕方がないといえば仕方がない。
と、そんなことを考えているうちに、次の階へと到着する。先程と余り変わりばえのないフロアだ。
「気を付けろよ、何があるかわからん」
真剣な面持ちで警戒を促す。シリアスモードだと本当に頼り甲斐があるな、お前。
「上です!」
響き渡る城山の声。その声は、全員の視線を天井に釘付けにするには十分だった。
「落ち……!」
天井が落下してきている。しかも、めちゃくちゃトゲがついている。あれに刺さればひとたまりもないだろう。
「絶鬼流抜刀術二の型……双!」
天井に向かって絶鬼流抜刀術を放つ。
切断するには至らなかったものの、押さえこみ、弾き返すには十分事足りる威力であった。
「よくやった!後は任せろ‼︎エルヴレイン!」
アスタ本人が装着せず、エルヴレインを床に顕現させ、全員に伏せることを命じる。
エルヴレインは、能力での攻撃では壊れない特別製だ。能力での攻撃でさえ、ほぼ無敵の強度を誇る。ただ、装着した場合、体力を相当に消耗するのが難点だが。強化形態を使ったときなんか、数秒持てばいい方だという。
床と天井にエルヴレインが挟まり、隙間を作る。
「助かりました。さて、進みましょう。階段は向こうにあります」
階段をいち早く見つけた城山が進行を促す。
それに従って、全員が階段を登る。
次は何が待っているんだ?
三階フロアに到着する。
既に夕闇が街を襲い、明かりも何もない廃ビルは真っ暗になってしまっている。
光がなくなると、メアが全くの無能になってしまうが大丈夫か?
「……何も見あたりません。この階は問題なさそうですね!」
そんなこと言って、何かあったのは二回目だぞ?用心しろ。……僕が言えることではないが。
「そうだな。じゃあ進むか…………榊、先に行ってくれ」
「何故ですか?……まあいいでしょう」
意味がわからん。
「…………絶鬼流抜刀術一の型……始!」
無駄に絶鬼流を放つ。何がしたいんだお前は。
しかし、この放った技は無駄ではなく、絶大な効果を発揮することになる。
「なんですかこれ……」
刀の刃が焼け溶け、フロアの奥の方にバラバラになった刃の先が落ちている。
「レーザーだよ。目に見えないタイプのな。暗くて見えにくいが、目を凝らしたらそこらに細切れになった死体がゴロゴロ落ちてやがる」
……本当だ。先程の銃撃より、かなりエグいことになってしまっている。
「おいコラ。あのまま進んだら死んでたじゃねえですか。あ?」
「あのまま死んでくれても良かったんだぜ?ほら、行ってこいよ」
また喧嘩を始めやがった。
しかし、今回は命か関わった割には比較的軽く収まる。
「メア、そこら一帯に能力を使ってくれ」
「ふむ。任されよ!」
大きく手を振るい、能力を発動する。すると、能力によって硬質化されたレーザーが視認できる形で姿を現す。レーザーは部屋中に張り巡らされ、隙間も無いほどびっしりだ。
「これは……どうしようもないですね」
メガネを持ち上げ、冷静に分析する。
「叩っ斬りましょうか?」
「いや、硬質化して見えるようになっただけで、レーザーの性質は失われていないはずだ。むしろ硬くなってタチが悪くなったかもしれん」
「ふむ。ですが見えるようになっただけ随分と楽です。なんとか躱し躱し進みましょう」
「といっても……いけますか?」
切断性レーザーは体を折り曲げてやっと通れるかどうかというくらい密集しており、通行には難儀しそうだ。
「やるしかねえよ。ま、俺はエルヴレイン使うから問題ないけどな」
エルヴレインで体全体を覆い、レーザーの中を涼しそうに通過していく。
ちなみに、僕もエルヴレインの中に詰め込まれている。男二人密着して気持ちが悪い。そして僕の体が潰れそうだ。
「ずるい……!」
メアと榊が恨めしそうな顔でアスタを睨む。
「私にもその鎧をつけてください!」
「いいけどよ多分無駄だぞ」
あっさり承諾し、レーザーを通り過ぎたアスタがいつもと違った詠唱を唱え、榊の元へと飛ばす。
「行ぎぁっ⁉︎」
変な声を出しながら、その場に大きな音を立てて崩れ落ちる。
「ほらな。エルヴレインは俺以外がつけると重さで動けねえんだよ」
適応者、この場合はアスタのみが使える鎧ということか。
「うぐぐ……よくわかりました」
アスタがエルヴレインを解除すると、疲れ切った顔の榊が倒れていた。
「お前らはどうすんだ?さっさとこいよ」
自分が渡りきったからって余裕の高みの見物だなおい。
「ふふふ……!いいでしょう。根性で渡りきってやりますよ!」
「し、雫?」
「行きます‼︎」
勢いよく飛び出し、華麗なステップでレーザーを躱していく。
「おお!」
服が掠って肌が露出していく。エロガキが見たらよろこぶだろう。
そのまま、全てのレーザーを躱しきって通過してしまった。
「はぁ……はぁ……や、やってやりましたよ」
「お疲れさん」
アスタの元へと辿り着く。残りは二人だ。
「僕は大丈夫ですが……。クロムロードさん、貴方はどうしますか?」
「……長い。我のことはナイトメアと呼ぶが良い。敬称はつけるな」
「え?あ、はい」
おい、もっと反応してやれ。涙目になってる。というかそれぐらいで泣くなよ。
「ナ、ナイトメア。貴方はどうしますか?出来れば早めにご決断を……」
「ふむ………………。我には無理だ。先に行くがよい」
「な、何を……」
「行くのだ。運動神経のない我ではこの迷宮を潜り抜けることは不可能。安心せよ。じきに追いつく。だから、行け」
……感動のシーンっぽいけど、ただ単に私は運動神経が悪いから先に行っててと言ってるだけだからな?
「……承知しました」
それだけ言うと、レーザーの中に入って行き、レーザーの衝撃を地面に受け流し、渡っていく。
レーザーの斬撃性で床はズタズタなってしまっている。
「来たか。それじゃあ行くぞ」
メアを残して先へと進む。
「……さて、我も行くか」




