終わりの戦いの始まり
アメリカの時差と、今の昼夜逆転したような生活が丁度一致し、とても助かった。
疲れは完全に取れたし、空港で円をドルに変えたし、これでアメリカを満喫……いや、なんでもない。
キューブを取り出す。
目的を忘れてなんかいない。
うん。
……南か。
被害が出てないならば、ゆっくりと行くところだが、被害が出ている以上仕方がない。
能力を発動し、先を急ぐ。
っと、平山の時の二の舞なるわけにはいかないな……と。
先ほど被っていた布をいい感じに千切り、目元と頭以外を覆う。
黒コートと相まってものすごく厨二病化が進んでしまった。
というか、めちゃくちゃ暑い。
勢いでロングコートなんか着てきたはいいものの、季節は夏に向かっていることをすっかり忘れていた。
しかし、四の五の言っている場合では無い。
急がねば。
夏の心霊特番のネタになること覚悟でビルの間を抜け、空を駆ける。
鳥だ!飛行機だ!いや、スーピャーマンだ!HAHAHA!ってか。
そこらじゅうが慌ただしい。
そりゃ超能力を使う謎の怪盗が現れたのだ。
今頃日本でも大騒ぎだろう。
キューブの指し示す方角は変わらない。
僕が向かい始めてから、都合よく彼女は動きを止めている。
もう、すぐそこだ。
頼むから僕がつくまでそこにいてくれよ。
この辺りには高い建物が無く、ずっと直線の、誰も通らない車道があるのみだ。
ショートカットもクソもないので、ただ真っ直ぐ、全力で駆け抜ける。
そして、そのまま走り続けていると、なにやら人影が見えた。
……嫌な予感が。
立ち尽くす人影は僕に気づき、手を振ってきた。
と思うと、今度は僕の後ろに現れ、銃を乱射。
「うわっ‼︎」
放たれた弾が頰に掠る。
流れ出す赤い血を拭い、後ろに振り返る。
「メイル=ドニーか」
「うふふ、あ・た・り♡」
流暢な日本語だ。
悪の組織の女幹部のような話し方をする奴だ。
「それで?お姉さんになにかご用なのかな?」
「お前を殺しに来た。それだけじゃ不満か?」
「んーん、全然」
その言葉を受けて、すかさず相手を殴りにかかる。
が、いない。
「こっちだよ!」
メイルは遥か頭上。
「馬鹿めが!当ててくれって言ってんのか……よ‼︎」
勢いをつけ、思い切りジャンプする。
そして殴りかかるが、これまたいない。
「お姉さんの能力、知らないの?」
知ってるよ。
テレポートだろ。
面倒な能力持ちやがって。
「さぁな」
だが、知らないふりをしておく。
これで油断してくれればめっけものだけど……。
「嘘、下手でしょあなた」
……やっぱ無理か。
しかし、奴の能力自体に攻撃力は無い。
いうなれば、ティフと同系統だろう。
銃にさえ気をつければ、勝機しかない。
その銃も、頭と心臓にさえ受けなければ全く問題ないしな。
前までは、どこに受けてもこの体だと問題無かったのだが、桜が分離、そしてまた同化と、ややこしいことになったので、またババアのところに行ったのだ。
能力鑑定に三回も来たのは君が初めてとか言われたな。
それはさておき、能力の事だ。
最初期の僕と桜の体はお互い五分五分の支配下にあった(僕は知らなかった)が、僕は僕の体、桜は桜の体をそれぞれ持ち、桜の体が消え去って僕と同化したことにより、桜の能力が少し薄められ、僕の能力の影響が出たそうだ。
それによって再生能力が弱体化、発動条件と解除条件の強度が変わらなくなった……らしい。
まぁそんなことは果てしなくどうでもいい。
問題は目の前の敵をどうやって討つかだ。
僕元来の能力は、メイルには相性が悪い。
しかし、この姿でも……。
仕方がない。
120%の力を振り絞って倒すしかないな。
「……なにしてんの?」
相手からみたら滑稽に見えるだろう。
何故ならば、僕は今クラウチングスタートの姿勢をしているからだ。
金髪に変化する某宇宙人様がやっていたことと同じことをしようと考えている。
限界以上のスピードを出して、テレポートを発動出来ないほど速く近づいてやる。
「……ふぅん」
メイルも何を考えているか把握したらしく、テレポートを発動する準備をしている。
ゆっくり目を閉じ、勢いよく見開く。
「はぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
120%の力で相手に接近する。
空気抵抗が物凄いが、構ってはいられない。
「残念でした!」
目の前から、標的がいなくなる。
やがて後ろから発砲音がきこえてくる。
「そうくると……思ってたよ‼︎」
地面を蹴り、後ろへと跳ねて方向転換をする。
そして、腰からこの体では使い慣れないナイフと拳銃を抜き、頭と心臓を守る。
「あっ……!」
メイルはようやく反応したらしく、驚きの声をあげるが、時すでに遅し。
「年貢の納め時だ馬鹿」
僕の足は彼女の腹を捉え、遥か後方へと吹き飛ばす。
「いてて……」
筋肉の異常な可動をしたせいで足がズタボロだ。
今すぐ死んで体を治したい所だが、奴が死んでいなかったは全てが無駄になるので、今すぐ吹き飛ばしてしまったメイルを追いかける。
……あと一度くらいはなんとかなるか。
先程と同じ体勢で走る構えをし、一本道を走破する。
足が千切れそうだよぉ。
見つけた。
気絶してはいるが、呼吸はある。
……しぶとい奴だ。
まだ生きているなんて。
恐らく能力が暴発した時のように無意識に、無理矢理能力を発動したのだろう。
能力で少し後ろに逸れて直撃を免れた……のか?
とはいえさっさと始末しないと、逃げられてしまう。
拳を振り上げ、殴る準備をする。
意識が無い相手を殺すのは抵抗がある。
目を閉じ、冥福を祈り、拳を勢いよく振り下ろそうとしたその時。
僕の頭に衝撃が走る。
「な……」
飛びかける意識をなんとか繋ぎとめる。
ふらふらと立ち上がって周りを見渡すが、誰もいない。
なんだ……?何が起きたんだ?
「……っ⁉︎」
背後から空を切る音が聞こえてきた。
「くっ!」
なんとか反応し、先ほどと同じ物であろうなにかに接触する。
高速接近してきた何かは動きを止め、しっかりと確認する。
「あーあ。駄目だったかぁ」
……人か。
こいつの顔は見たことがある。
この世界に戻ってきた最後の一人、アラン=エイブラハムだ。
こいつの能力は、確か人の物を掠め取る泥棒の能力だった筈だが……。
……と、よくこいつの服を見ると、榊と初撃を交わした時に着ていたとよく似たデザインの服を着ている。
まさか……。
「あ、気づかれちゃいました?」
やっぱりか。
こいつの着ている服は自分自身の素早さをあげる特殊な服、多分榊の物より強力だろう。
厄介な物を……!
「カラクリに気付かれたところでなんです。さっさとこれからの邪魔になる奴は殺しちゃおう!」
あれ、いつの間にかナイフがなくなっている。
……盗まれたか。
この能力を使ってキューブを効率よく盗んでいったのか。
拳銃も盗まれる前に弾を抜いてしまおう。
抜くというより、撃ちきってしまえ。
空に向け、残りの弾を全て発砲する。
「ありゃ?そんなもまで持ってたんですか。そっちを盗ってたら良かったなぁ」
……危ないところだった。
「お前も例に漏れずぶっ倒す!」
準備が整ったところで、しっかりと構える。
体はボロボロだが、仕方がない。
できる限りにのことをやってやる。
「殺される前に殺してやりますよ!」
あちらもナイフを構え、臨戦態勢になる。
こいつを倒せば、全てが終わる。
始めよう。
終わるための戦いを。




