抗争の始まり
キューブを掌に置く。
おっさんから教わった隠しコマンドを使い、能力者のいる場所を探る。
僕がいる場所は日本、一人は日本人らしいが、他の国に住んでいる者が二人。
骨が折れそうだ。
「ちっ」
軽く舌打ちをし、歩みを進める。
って待て。
ここは日本。
僕の腰にはナイフと銃。
……警察に見つかったら一発で終わりだ。
これからここで生活していかなければならないっぽいのに、お尋ね者は御免だ。
裏を通ろう。
路地へと足を運ぶ。
つか、キューブが四次元ポケットとかになってないのか?
銃の弾を一発手にし、キューブにグイグイ押し付ける。
……やっぱ入んねーか。
期待してた訳じゃ無いが、行動してしまった分、少し残念でもある。
なら……。
「飛ぶか」
数時間は経っただろう。
キューブの指し示す方向へと向かい始めて。
都会はとうに離れ、人がいない山奥へと入っている。
そろそろ近いはずだ。
「えっ……と。最初の目標は……平山雄二か」
割と顔は悪くない。
しかし、向こうの世界で能力を使って何十人も殺したらしい。
いくら法律がない無法地帯だといえ、やっていいことと悪いことがある。
能力の発動条件を抑えられ、悪趣味な金持ちが作った牢獄へと監禁されていたという。
「それが今回の件で脱獄してきた……と」
本当に親切設計だな。
まるで漫画に出てくるご都合主義のアイテムみたいだ。
「……ん?」
目標が急速に移動を始めた。
何だ?
急いでキューブが指す方向へと向かう。
山奥であんなにハイジャンプなんかしたら天狗か何かと間違えられそうなので、普通に地面を駆ける。
「見つけた」
タクシーか?
車に乗って何処かへ行くつもりか。
そうはさせんぞ。
先ほどよりスピードを抑え(それでも50キロは出ている)、車を追いかける。
タクシーを降りた瞬間……そこからが勝負だ。
ん?
突然タクシーがスピードをあげた。
まさか気付かれたか?
それなら……。
タクシーに急接近し、車内を確かめる。
これでもし間違ってたりしたら嫌だな……。
運転手の叫び声が聞こえる。
……こいつまさか僕の事を幽霊か何かと勘違いしてるんじゃ……。
とにかく、そのお陰でスピードがあがり、思ってたより早く目的地に着きそうだ。
正直タクシーを壊してもいいんだが、後処理が面倒なのともし僕とばれた時に言い訳出来ないのと、運転手が可哀想……ってよく考えたらデメリットだらけじゃねーか。
「そのまま追えばよかったか……」
ぼそりと独り言。
返事が返ってこないのが寂しい。
それはそうとして、多分スピードを上げたのも木々を飛び移る僕の姿を確認したからだろう。
中の平山に気付かれただろうか。
確認……いや、流石にそれをするのはまずそうだ。
もし気付かれていなかった時に全てが無駄になる。
普通にタクシーを追おう。
更に数時間が経過した。
疲れが……すごいです。
不眠不休で飛び回っているんだ。
もうね。
やめてよね。
結構都会に来たけどね。
そろそろ目的地っぽいけどね。
助かったけどね。
こんな状態で戦えるのかなって。
眠いし疲れたし腹減ったし。
お、ポケットにマジうめぇ棒が入ってた。
そういえばこっちに戻る前にアスタが何か放り投げてたような……。
まさかこれか?
これが餞別なのか⁉︎
って、ちょっと待て。
向こうの世界にマジうめぇ棒なんて売ってなかったぞ。
「まさか……」
賞味期限を確認すると何年の前の物だった。
「……いらね」
その辺に放り捨てる。
マジでいらねぇ棒だったな。
っと、茶番はここまでだ。
平山がタクシーを降りる。
……いくぞ‼︎
大地(ビルの屋上)を凹みがつくまで踏みしめ、標準を合わせ、思い切り平山を目指して飛びかかる。
「⁉︎」
気付かれたか。
でも止まるかよ‼︎
止まれるかよ‼︎
そのまま突っ切り、タクシーに直撃する。
「タクシーがああああああああ‼︎」
運転手の悲痛な声が聞こえる。
しかし無視する。
「何者だお前……。って、聞くまでもねぇか」
平山がゆっくりとしゃべる。
ありがちな名前の癖して強キャラ風を装ってんじゃねーよ。
「そうかよ。なら僕がここにいる理由も分かるな?」
「勿論。それじゃあやろうぜ‼︎」
手に持っていたライターを握りつぶす。
こいつの能力はオイルで手を濡らす事を発動条件とした……。
「爆ぜろ‼︎」
爆発を起こす能力‼︎
「どわっ!」
タクシーが爆発する。
「ぎゃああああああああああああ‼︎」
再び叫びをあげるタクシー運転手。
私はタクシー運転手を続けて約50年。
もうすぐ定年だ。
50年間使い続けてきた、このタクシー。
普通の車の寿命は10年くらい。
それを私は修繕に修繕を重ねて乗り続けてきた。
今では会社のシンボルと呼ばれるくらいになっている。
このタクシーに乗ると何か良いことが起こる。
そんな噂が立った時もあったなぁ。
引退する時にはこのタクシーはくれると、創始以来ずっと一緒に働いている社長も言っていた。
社長はそんなオンボロタクシーもう使えないし、スクラップにするのも金がかかるから持っていけなんて言っていたけど、顔が笑っていたので嘘だとはっきりわかった。
社長も今年いっぱいで社長の座を降り、息子さんを譲る様だ。
一緒に飲みにいこう、そうも約束した。
……話が逸れたね。
とにかくあのタクシーは私の生き甲斐と言っても過言ではなく、かけがえのない親友なのだ。
その親友は今、空から降ってきた女と、客によって無残に破壊されてしまった……。
ごめんよ……ごめんよ……。
?
タクシーの運転手が泣き始めた。
そんなに哀しかったのか。
「ちっ、外したか」
外す。
ということは何か、爆発を誘発する物を飛ばしているということだ。
それが見えないビーム的な奴かはわからないけど。
「今度はこっちから行くぞ‼︎」
今はあの世界では無い。
被害は広がる一方だ。早く倒さないと……。
すぐさま平山を殴りにかかる。
「くっ!」
間一髪で避けられる。
なかなかできるな。
「早く俺を殺してみろよ『ふたえ』の楓、だっけか⁉︎」
やっぱ知ってたか。
高坂め、面倒なことしてくれやがって。
「言われなくてもやってやるよ‼︎」
街中を駆け巡りながら会話をする。
周りの目が痛い。
そして、改めて殴りにかかる。
相手も応戦する。
頭を割るのが一番早く相手を仕留めることが出来るので、それに倣って頭を狙う。
しかし相手は戦い慣れているであろう大量殺人者。
幽閉されていて勘が鈍っていただろうが、今回の大会で勘を取り戻しているはずだ。
僕の攻撃を避け続ける。
避けては爆破、避けては爆破を繰り返す。
こちらも攻撃しては避け、攻撃しては避けを繰り返す。
拉致があかない。
「こうなったら……」
渾身の一撃を平山向けて繰り出す。
しかし、やはり躱される。
「オラァ‼︎」
反撃だ。
平山の手から爆発が起こる。
よく見るとマタドーラの能力にそっくりだな。
そして、その爆発を……僕は避けなかった。
僕の頭部を狙ったのであろう爆発は奇しくも喉を爆破し、後ろに倒れこむ感覚を最後に、意識が途切れる。
よし、上手く……。
…………よし、来た‼︎
履いていた物がスカートからズボンに変わり、胸の山が平らに変わることを寝ながら確認する。
よし、異常なし。
平山の足音が聞こえてくる。
……近い。
「死んだか?てか死んでてくれ」
わざわざ位置を教えてくれてありがとさん。
一気に立ち上がり、ナイフを抜いて攻撃する。
「おっと!」
今の奴反応すんのかよ。
たいしたもんだ。本当に。
すかさず銃を手に取り、数発発砲。
狙いを定める暇が無く、ほとんど適当に撃ったようなものだが、幸い弾の一発が肩を貫いた。
「ぐ……て、てめえ……」
「やっと一撃かよ。遠かった遠かった」
「さっきとまるで……動きが……!」
「そりゃな。さっきまでのはステータスをパワーに全振りしたみたいな能力だしな。連続攻撃は苦手だ。今のはさっき程力は無いけど連続攻撃に特化してるんだろ多分。ワンパターンな素手の攻撃より、遠近両方で戦えるこのスタイルが丁度いいんだ多分。最強の技が相手に必ずしも最適ってわけじゃないんだぜ。……って誰かが言ってた気がする」
とりあえず謎理論を広げておく。
まあ、やっぱ銃って偉大。
「ち、くしょうがああああああ!」
ライターを大量に両手いっぱいに持ち、潰す。
あーあ、燃えちまってるよ。
「こんなとこで、こんな奴に、殺されてたまるかよおおおおお‼︎」
やけくそに突っ込んでくる。
手のひらを開いているところから察するに、掴んで爆破、ということか?
「残念だったな」
あえなく躱し、反撃体制に出る。
ナイフを逆手に持ち変え、首筋に一閃。
「がぁっ……」
……仕留めた。
「手間、とらせやがって……」
がくりと腰を落とす。
このまま寝てしまいたい。
だが、遠方から聞こえるサイレンの音にはっと気づき、すぐさま逃げる。
この世界では僕は今、犯罪者扱いだからな。
「ここまで……くれば……」
細い路地に入りこみ、即刻能力を発動させる。
胸に山、ズボンがスカートに変わり、正常に発動したことを確認する。
「……なんでスカートなんか履いてるんだろうな……僕」
以前までは衣装には全く影響がなかったのだが、桜が死んで一体化しなおしてからこれだ。
いや、正確にはこちらに戻ってきてからか?
能力が発動したら、ちゃんと元に戻るから安心。
なわけが無い。
体は女でも心は普通に男だ。
女装はキツイ。
……まあ昔、無駄に髪を縛ってみたり、ピンで留めてみたりしたことはあるけど。
それより……。
「空腹で死にそう……」
何も食べずに、もう10時間は過ぎている。
少し明るかったくらいの空は既に太陽が昇り、サラリーマンがその辺りを闊歩している。
「金がないんじゃなぁ……」
向こうの金はこちらと全く違い、使い物にならなかったのだ。
単位は一緒だったけど。
多分、言語の共通化と同じご都合主義のやつだろう。
おそらくあのおっさんが何かしてそうなってるのだろう。
そんな事を考えながら路地の隙間から顔を出す。
「あれは!」
超絶ラッキーだ。
まさか大食い選手権をやっているなんてな。
「あと五分で締め切りでーす!」
係員の叫び声。
こうしちゃいられないな。
物騒な物を全て路地の奥へと隠し、参加しにいく。
「ぼ……あたしも参加しまーす!」
解説しよう、僕っ子なんて現実に存在しないのだ。
と、首尾よく食事をすることができ、しかも優勝してしまって賞金を手にすることもできた。なんと10万円だ。
なんでも飛び入り参加型のテレビの企画らしく、僕が出てくれて助かったとのことだ。
はっきり言って、いつもアスタ達とフードファイトを繰り広げているとはいえ、肉体的には普通の高校生と変わらない僕より圧倒的に下回っていたからな。
これで満腹になったし、お金も手に入ったし、次は……。
寝るか。
都会をすこし離れ、観光地へと向かう。
金があるならやっぱいいところで寝たいじゃない。人間だもの。
ホテルを探す。
……なんかただの観光になってないか?これ。
温泉に入り、その後すぐに寝てしまった。
そして目を覚ますと、時刻は午後7時。
流石に寝過ぎたな。
「ふぁ……ん……」
寝ぼけ眼をこすり、テレビのリモコンへと手を伸ばす。
「……テレビか。向こうにはなかったなそういや」
冷蔵庫とかはあったけど。
そして、電源をつけ、ふと臨時ニュースを目にする。
って!
『……犯人は現在逃走中です。以上、現場からの中継でした」
……僕のことじゃねーか。
しかし、能力を発動したお陰で、男女2人グループで逃走してると勘違いしてくれた。
顔も割れていないみたいだしな。
助かった。
『……次のニュースです。アメリカで盗難が発生しました』
アメリカのニュースを盗難ごときで?
馬鹿なのか?
『盗まれた総額は日本円に直して数十億円にのぼる様子です……続報です。カナダでも先ほどと同じ手口で盗まれた模様……え?今度はメキシコでも……?』
……絶対能力者の仕業だ。
そして、アメリカを本拠地にしているということは……。
「メイル=ドニー……か」
メイル=ドニー。
能力はテレポート、性質は超能力。
発動条件は……なしかよ。
過去能力が暴発し、これまた悪趣味な金持ちの檻に幽閉されていた奴だ。
その場にいた数十人を行方不明にし、殆どが死体で見つかっているらしい。
能力の暴発は狙って起こしたというからタチが悪い。
「行くか」
荷物を整え、部屋の備品をできる限り持ち出し、ベランダから勢いよく飛びだす。
キューブが指している方向は、アメリカ。
飛行機じゃないといけねーな、これは。
金?足りるわけないだろ。
パスポート?持ってるわけないだろ。
ということで、飛行機の貨物室にこっそり潜入し、アメリカまでひとっ飛び。
いやぁ、危なかったな。
パスポートの提示を求められたので、その係員を無理やり拉致し、色仕掛けをしたら通してくれた。
航空券もなかったので、受付のお姉さんをこれまた拉致し、妹が病気で云々という嘘をついたら、こっそり貨物室に忍び込ませてもらった。
ちょろい。
貨物室は寒いので、お姉さんに渡された大量の布にくるまって寝る。
まぁ、さっき寝たばっかだから眠くないんですけどね。




