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再起

「楓……どこに行ったんだ……」

 楓さんが姿を消してから数日。

 何故私はあの時楓さんを止めることが出来なかったのでしょう。

 というより止めなかったのでしょう。

 楓さんに気圧されてしまったのか。

 それとも……。

「大会の勝者は四人、そのうち三人が俺たちが止めようとしてた悪人だ。なんのために戦ってきたんだか……」

「何回倒しても何回も敵は復活してきました。裏で何やら動いている人がいるようです。そして楓さんと桜さんの所に敵は集中していました。結局あの二人の活躍が大きかったというですね」

「そんなことよりも桜さんは……」

「……あぁ」

「仇を討とうにも真っ先に楓さんが殺してしまいました。……正直あの時の楓さんは異常でした」

「そりゃ最愛の人を殺されたらな……」

「知ってたんですか?」

「気づかないわけねーだろ。……一刻も早くあいつを見つけて慰めてやんねーと」

 いつもの軽口が無い。

 この人もそんな場合ではないとわかっているのか。

「ただいま帰りましたよっと。やっぱどこにもいないっす……」

「どこに行っちゃったんだろうねー」

 楓さん……。

 今貴方は何をしているのですか?



「うわ……なんだありゃ」

 通行人から見て僕は今どう映っているのだろうか。

 自分でも分かる。

 虚ろな目、壁に寄りかかって小さく丸まり、汚しい身なりをしている。

 だがそんなことはどうでもいい。

 死んでしまいたい。桜のいない世界なんてどうでもいい。

 しかもその死なせてしまった理由が自分の不注意だなんて。

 どう弁解すればいいのか。

「……死のう」

 フラフラと立ち上がる。

 周囲からどよめきが生まれる。

 おぼつかない足で町外れの崖へと向かう。

「……疲れた」



「…………佐倉楓さん」

「……その苗字で呼ぶなよ。殺すぞ」

 ようやく崖まで辿り着き、いざ飛び降りようとしていた所に邪魔が入った。

 声の主は予測がついている。

 されど振り返らずに会話を続ける。

「楓さん、今回のことは……」

「言うな。何も言うな。僕のことは放っておいてくれ」

 頼む。頼むから。

「しかし」

「ほっとけって言ってんだよ‼︎」

「私には全てのことを貴方に伝える義務があります。死ぬのはそれからにしてもいいと思いますが」

 無駄だと思うがな。

 終わった事を掘り返す気も今から終わる人生に何かを添えようという気もない。

「……勝手にしろ」

 一歩、また一歩と歩みを進める。

「はい。大会の参加者12万7501人中勝者は4人。その三人が俗に言う犯罪者です」

「……はは。結局僕がしていた事は無駄だったって事か」

 崖まで残り五歩。

「そんな事はありません」

「そんな事あるんだよ」

 四歩。

「桜さんはまだ死んではいません」

「そんな気休めいらん」

 三歩。

「疑いますか?」

「当たり前だろ」

 二歩。

「桜さんの存在を貴方に知らせたのを誰だか忘れましたか?」

「……っ」

 一歩。

「今ならまだ間に合いますよ?」

「…………クソっ‼︎」

 歩みを止める。

「一体何者なんだよお前……っ‼︎」

「今それは重要ではありません。で?話を聞きますか?聞きませんか?」

 聞くか?いや、聞いてどうするというんだ。

 桜が生きている?そんな訳が無い。

 あの時死体は消え失せてしまった。

 よくある『死体が見えてないからまだ死んでるかどうかわからないよ』というわけじゃあるまいし。

 いや、しかし……。

「……聞かせろ」

「はい。先ほども言いましたが桜さんは生きています。……最も肉体は死んでしまっていますが」

「肉体は?どういうことだよ」

「意識はまだ生きているということですよ。不思議ではないですか?桜さんが目覚めた理由は能力の発現にありますが、それでは何故この世界へ来た瞬間に貴方は意識を乗っ取られなかったのでしょうか?」

 話が見えない。

 どういうことだ?

「……詳しく頼む」

「元よりそのつもりです。意識を乗っ取られなかった理由……それは充電期間があったからですよ」

 うん?

「電気ではありませんがね。言えば生命エネルギーの様なものでしょうか。そのエネルギーが溜まったからこそ私が感知できた訳であり、桜さんが表に出てきた理由でもあります」

「ということは……」

「はい。今でも微弱ではありますが桜さんを感知出来ます。よって彼女は生きています」

 桜……っ‼︎

 よかった……‼︎

「ただ、一度消失してしまった体を再構築するだけの生命エネルギーを溜めるには少なくとも数百年はかかるでしょう」

「いや、今の僕からしたら生きているって報告だけで満足だ」

「そうですか?」

「そういうことだ」

 傍から見て今僕はどう映っているのだろうか。

 先程とは打って変わった光が灯った目をしているのだろうか。

 それとも変わらず濁った目をしているのだろうか。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 そろそろ帰るか。

 皆に迷惑かけただろうしな。

「……っと、一つ聞いていいか?」

「どうぞ」

「四人中三人が犯罪者だったんだな?残りの一人はどんな奴なんだ?」

「丁度言いそびれていたことです。お伝えしましょう」

 勿体ぶってなんだ?

「最後の一人は貴方です。楓さん」

 は?

「え……何言ってんだお前」

 なんで僕なんだ。

 途中で離脱したじゃないか。

「貴方と桜さんは一心同体なんですよ?いくら数日もの間が空いたとはいえ一番人が多い初日に稼いだ二人分の証の数は大きいです」

 ……なるほど。納得いった。

「普通は有無を問わずに問答無用で向こうに返しますがどうしますか?」

 帰るわけが…………。

「……なぁ、向こうには犯罪者達が三人行ったんだよな」

「はい。三人です」

「顔ってわかるか?」

 顔さえ分かれば……。

「わかりますよ。誰も気づきませんでしたがキューブの隠された機能を使います」

 これまたいつの間にか握られていたキューブが輝き出す。

 赤色の光が形を変えてやがて画面状になる。

「まーたベッタベタな機能つけやがって」

「私の趣味ではありませんよ」

 ぼやけていた画面にみるみる三つの顔が浮かびあがり、やがて名前と顔写真がしっかりと表示された。

 どういう原理で出来ているかは謎だが、とにかく助かった。

「今晩だ。今晩に元の世界へ戻してくれ。頼む」

「……いいのですか?またこの世界へ戻れる確証はありませんよ?」

「いいんだよ。僕が始めてみんなを巻き込んで桜を殺してしまったんだ。ケジメをつけないとな」

 ボロボロになった制服をしっかりと着直す。

 覚悟を決めないとな。

「悪い、世話になった」

「あ、もう一つだけ」

 まだ何かあったのか。

「今回私は一般人のみに参加を促したのですが何故か犯罪者にまで作用してしまいました。裏で何かをしている者がいるかもしれません。気をつけてください」

「……おう、肝に命じとくよ」

 ようやく振り返る。

 そこにはおっさんの姿はない。

 行ったか。

「僕も行かないとな」

 襟を整え、ネクタイをしっかりと締め、家に向けて歩き出す。

 ……帰る前に服を買って帰るか。

 ボロボロすぎる。

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