前夜
その時は突然やってきた。
榊相手に手合わせをしていた所、僕たちが待ち侘びていた突如おっさんが現れる。
「みなさんこんにちは。やくそくどおりさいしゅうかくにんにまいりました」
何度聞いたかわからないが、いつまで経っても慣れない平坦な感情の死んだ声で語りかける。
「おっさん、僕たちは参加することにする。ここにいる全員だ」
おっさんが舐め回すかのように僕たち二人を見る。
「わかりました。あなたがたふたりのみならず、なかにいるひとたちもさんか、ということでよろしいですか?」
再三確認をとるおっさん。
「ああ。頼む」
「お願いします」
二人声を揃えて言う。
「はい。それではこれをうけとってください」
「うおっ……なんだこりゃ」
突然手の中に現れた物を掴む感覚に驚く。
僕の手には黒くて水色に光るラインが入った摩訶不思議な小さい立方体が握られていた。
黒い物体には白色の紐がついており、何処かにつけるものだと把握する。
水色の光は規則的に光を発したり消えたり、なんだか生きているかのようだ。
「これは……」
榊の手の平にも同じ物が乗せられてある。
「それはきばせんでいうはちまきのようなものです。それをほかのさんかしゃからうばいとってください。うばわれたじてんでしっかく、さいごまでもっていたものがもとのせかいへもどるけんりをあたえられます」
なるほど。
この世界全体を巻き込んだバトル大会というわけか。
悪人を止めるのは骨が折れそうだ……。
「いじょうです。あかしをうばいとられないようにちゅういしてくださいね」
ここまで言うとおっさんは一歩前に進み、僕の耳元で囁く。
「辛い戦いになると思いますが、貴方は貴方のやりたいことを果たしてください」
感情の篭った声だ。
全くなんなんだこの落差は……。
そしていつもの様にいつの間にか消えている。
この世界云々や能力云々よりも一番あいつが謎だな……。
「おい、楓!」
家の中から僕を呼ぶアスタの声。
どうやらおっさんはアスタ達への説明も済ませたらしい。
……この一瞬で?
考えれば考えるほど、奴を知れば知るほど謎は深まるばかりだ。
そう思うと僕の周りには謎が多い。
ゆうちゃんのナイフやおっさんを始めとして、はっきり言ってまだアスタ本人、榊本人と絶鬼流。
桜が突然現れた理由。
この世界に突然飛ばされた理由。
謎だ。
と、そんな話は今はどうでもいい。
いよいよ決戦の日が明日にまで迫っているのだ。
調子を悪くしないようにしないといけないな。
その夜。
一言で言い表すとすると、呆れ。
呆れている原因はここにいる大多数の人間が車椅子に乗った少女が立った時のような大声を出して騒いでいるからだ。
クラララが立った!
ってうるせーよ。
エロガキは鼻血を吹いて床に倒れこんでいるし、マタドーラは掛け声を大きく響き渡る声を出したながら腕立て伏せをしているし、アスタと榊はお互いに怒号を発しながら切り結んでいるし、桜とティフは家の中で鬼ごっこをしているし。
……部屋を荒らしながら。
「お前ら……明日がなんの日かわかってんのか?」
「わかってる!あの日だろ!?」
多少口調は変わるものの、全員が全員同じ返答をしてくるとは思っていなかった。
「英気を養っているんですよ」
コッテコテに固められた鎧に日本刀を腰に五本くらい帯刀しつつ、アスタと見事な名勝負を繰り広げながら榊が言う。
「英気を養うって……英気を養うためにボロボロになるのはどうかとおもうぞ」
エロガキの鼻血は結構大きめの水溜りを作っているし、マタドーラの腕立て伏せの数字は既に1000を超えているし、アスタと榊は筋肉が断裂してもおかしくないような異常駆動をしながらこれまた筋肉が断裂してもおかしくないぐらいの高速戦闘を繰り広げているし、ティフの頭には花瓶が嵌っているし、桜の頭にはぐしゃぐしゃになった生卵が乗ってある。
「……先に寝るぞ」
これ以上相手をしていても疲れるだけなので、寝床へと向かう。
「おいおい、逃げるのか楓さんよぉ」
後ろから飛んでくるアスタの煽り。
「あぁ?」
「俺たちと同じように騒いでたら明日死にそうだから寝るってか」
おいおい、それは僕に言ってるのか?
「はっ……。たかがアスタごときがこの僕に楯突こうなんて一万年と二千年早いんだよ!」
煽りに乗せられてアスタ、榊、僕の三つ巴の戦いが始まる。
先程まで止める側だった人間の行動とは思えないな。
「あぁ……疲れた」
あの後、桜まで巻き込んで二人の頭に鉄拳制裁をし、その他暴れてる奴らも全員を粛清、もちろん分離後の桜もしっかり殴り、ようやく寝床へとつくことができた。
死屍累々としたリビングは全ての事が片付いてから片付けることにしよう。
知らぬ間に改造したのであろう、前までは無かった窓を見つめ、開く。
すると、もうすぐ夏が来るとは思えないような涼しげな風がごぅと音を立てて入って来る。
ふと空を見上げると、元の世界の数倍はあるだろう大きさの月が見える。
今宵は満月だ。
秋になったらみんなで団子でも食べてみたいものだな。
夜風に当たりながら、そんな事を考える。
すると、扉からこんこんとノックが聞こえてくる。
「誰だ?どうぞ」
ノックに対して返事をする。
きぃ、と木製のドア特有の小気味の良い音を立てて、それがゆっくりと開く。
「やっ」
ひょいと軽く手をあげて桜が挨拶をする。
「どうしたんだ?」
とてとてとゆっくりと近づいてくる桜に疑問を投げかける。
「ふふふ、用もないけどきちゃった♡」
「あのなぁ……」
「別にいいじゃーん」
とす、と僕の座っているベッドに腰掛ける。
「ん……」
近い。
鼓動が自然と早くなる。
「ねぇねぇ、全部終わったらどこか遠くへデートしにいこうよ」
「おいおい、戦いの前にそんなこと言ったら死亡フラグになるんじゃねーのか?」
「ふふふ、かもね」
「もっと自分の命を重んじろよ……」
「楓くんに貰った命だもん、別に捨てた所で惜しくないよ」
何てことを言いやがる。
「あのなぁ、僕が言ってるのはそういうことじゃなくて……」
「ふふ、わかってるよ」
途中で言葉を遮り、僕の口を指で抑える。
「……まぁいいよ。どこにいく?」
「あの神器とか言う奴を使う人たちが集まる塔に殴り込みにでもいこうよ」
「それはデートっていうのか⁉︎」
「冗談だってば」
相変わらず冗談の好きな奴だ。
「……ま、それはまた今度考えよっか」
思考を放棄。
思考を止めて立ち止まると死ぬって誰かが言ってたぞ。
「……そうだな」
けれど僕も思考を辞める。
今は桜との二人の時間を楽しもう。
いつの間にか桜は眠ってしまい、僕にもたれかかるようにして眠る。
「……はは」
桜のふわっとした髪の毛を触り、頭を撫でる。
「ふふ……」
心地よい時間が過ぎていき、いつの間にお互いに持たれかかって眠ってしまっていた。
「えへへ……」




