勝者
僕をあれだけ斬り刻み、大人数いた盗賊をも一瞬で片付けた榊の剣でさえ歯が立たなかった奴に勝てる筈が無い。
僕が相手を攻撃する暇も無く、文字通り光速で僕を殺したエロガキを小石一つで戦闘不能にした奴に勝てる筈が無い。
しかも榊に至っては倒すべき相手本人の身体を使ってボコボコにしている。
今の相手はその時よりもっと強い力を持っている。
目の前にいる女がどれほど強くて遥か高みにいるかは分かっている。
でもやるしかないんだ。
やらなければ僕はずっとここにいる羽目になる。
今までよりももっと集中して、相手を倒すことだけを考えて。
「ああああああああああああ‼︎」
アスタの事を馬鹿に出来ない位の大声を喉から発し、桜へと向かっていく。
ナイフ一本で何をする気か自分でも分かっていない。
能力の導くままにナイフを振るのみ。
「正面から来ちゃうなんて大胆〜」
相変わらずの軽口のジャブを僕に浴びせながらもひょいひょいと次々と繰り出すナイフの刃を避ける。
「隙だらけだぞ♪」
「くっ!」
一瞬の隙も見逃さずに桜が僕の胸目掛けて正拳を放つ。
「喰らって……たまるかよ‼︎」
繰り出された拳をなんとか躱し、すぐさま姿勢を立て直して今度は反対に隙だらけな桜へとナイフを突き立てる。
「甘いよ〜?自分の好きな漫画が打ち切られないと思ってる読者よりも甘いよ〜?」
……確かにそれは甘いな。
再び飛んでくる拳に対し、今度は逃げずにナイフの柄で相手の拳を迎え撃つ。
ぱぁんと小気味の良い音が周囲に鳴り響く。
「うおあっ!」
なんて力だ。
武器を上手く使う能力によって、上手くナイフで相手の攻撃の威力を相殺したつもりなのに。
相殺出来ないほど力の差があるというのか。
「くそっ……‼︎」
思わず言ってしまう。
「ふふふ、もう終わりかな?『僕』も外のみんなも」
「なっ……」
鏡の様なやつを見ると死屍累々とした外の景色が目に飛び込んで来た。
アスタははぁはぁと息を荒くして顔を真っ赤にしている。
榊も頬を赤くして地面にへたり込んでいる。
エロガキとマタドーラは地面を下に倒れて、ティフは……元から戦闘に参加してなかったな。
あいつらがこんなあっさり……。
「ふふふ、まだやる?」
……このままやっても勝ち目はない。
どうすれば……。
一度間を置く為に桜から離れる。
背を向けて走っているうちに桜の姿が朧げになっていき、やがて見えなくなる。
そのまま走っていると足に硬いものが当たり、カランと何やら金属音がした。
足下を見ると……。
よし、これなら勝てる。
見てろよ『あたし』。
一泡吹かせてやる。
「準備出来た?」
退屈そうに地面を足でぐりぐりと踏み躙ったり、軽く蹴り上げたりしている。
「ってあれ?日本刀なんて持ってたっけ?」
今僕の手に握られているのは日本刀。
エロガキと戦った時に榊から拝借したものだ。
「そうだ。これさえあればお前に勝てる」
意気揚々と勝利宣言をする。
「そんな獲物が長くなった程度であたしに敵う筈もないとないと思うけど……」
「そんなことねーよ。これ一本あれば『僕』は『あたし』に勝てる」
グッと手に力を込めて刀をしっかりと握り、姿勢を落として突きの構えをする。
「榊ちゃんの真似?」
この突きの構えは榊が僕を斬った時にした構えだ。
「ふふふ、榊ちゃんと楓くんじゃ全然スペックが違うんだよ?形だけ真似てもあんなスピードなんか出せないって」
「いくぞ」
あれこれ言う桜を無視する。
そして自分の跳躍できる限りを尽くして桜へと接近する。
幸い武器を上手く使う能力によって武器を使って何かをする時力が増幅される様だ。
一飛びで桜の懐へと近づく事が出来た。
「またまたあまあまだよ」
刀の先に、そして僕の目線の先にはもう既に桜の姿はなかった。
世界がスローモーションになる。
いい加減終わりにしよっか。
僕の右手側からそんな声が聞こえる。
空を斬る風切り音と共に肌色の塊が僕へと向かってくる。
その塊はどんどんと僕に近づき。
僕はなんとか体制を立て直そうとし。
ばいばい。
さよならの挨拶が頭のなかでこだまする。
ばいばい。
ばいばい。
ばいばい。
……。
「さよならの挨拶なら……幼稚園ででもやっとけ‼︎」
…………。
身体から赤い液体が流れ出す。
意識が遠のく。
体の制御がままならない。
膝からがくんと崩れ落ちる。
視線が下に向く。
こつこつ、と足音が近づく。
ふと上を見上げると、人。
さくらが立っていた。
「ふふふ」
声が出ない。
「結局あたしの方が強かったってことだね」
……認めるよ。
「と、まあこんな感じだったか?どうだ、そっくりだろ」
勝者はさくら、佐倉楓。
「ふ、ふふ……ほんと……にさかきちゃんの……まね……だったん……だ……ね……」
切れ切れに言葉を発する桜。
「あぁ、榊の真似だよ」
僕は榊の突きを真似した。
それすなわち榊がその後行った動作も真似するということだ。
隠し持った愛用(盗品)のナイフを相手が油断した時に胸に突き立てる。
まあ榊がしたのはナイフでは無く日本刀で僕が躱したその隙に二撃目を与える、そんなのだったけども。
「じゃあな、『あたし』。個人的にはお前のこと嫌いじゃなかったよ」
「ばいばい。は……まだ、早い……かも……ね」
ぱぁっと目の前が明るくなる。
ブラックルームの壁がボロボロと崩れていく。
「ふふふ……ま・た・ね♪」
悪意に満ちた声で再会する約束をとりつける桜。
……もう二度とごめんだね。
「う……ん……」
目を覚ますともう夕暮れだった。
結局今日はまだ何も食べてないな。
嫌な空腹感が途端に襲う。
そういえばみんなは?
きょろきょろ周りを見渡す。
すると先ほど鏡の様なもので見せられたまま……エロガキとマタドーラはいなかったが。
アスタと榊がずっと固まっている。
「おい、大丈夫か?」
肩にぽんと手を置く。
「ふぇっ⁉︎さ、さくらしゃん⁉︎」
「落ち着け、僕は楓だ」
何やら様子がおかしい。
男の姿で居るのに桜と勘違いするって……。
「おい、お前一体何されたんだ」
すると顔をぽっと赤らめ、そっぽを向く。
「そ、そんなこと恥ずかしくて言えません‼︎」
……僕が見ていない間何があったんだ。
とにかく様子はおかしいが榊は無事なようだ。
「おーい、無事かアスター?」
アスタの元へと駆け寄る。
「うおおおおっ⁉︎……ってなんだ楓かよ……ってうおおおおおおおお⁉︎」
忙しない奴だ。
そしてこいつも何か様子が変だ。
こいつらは一体なにを……。
「ふふふ、知りたい?」
……この声は。
「あ・た・し♪」
「……何故ここに?つか死んだんじゃねーのかよ⁉︎」
しっかりと実体を持った桜がここにいる。
「ふふふ、結局何が目的であたしが表に出たかわかってないんだね。だからこそ……ふふふ」
「やめろ、気味が悪い」
こんなに笑顔が似合わない人間も珍しいだろう。
こいつが笑っても何か裏があるかのようにしか思えない。
いや、あるかのようではなく何がある。
そう思い直すには十分な言葉が桜から飛んでくる。
「あとあたしがここにいる理由って分かってる?あは、わかってないよねぇ?」
いちいち癇に障る奴だ。
言葉に詰まっていると尚もその口は止まらず、言葉を重ねてくる。
「ふふふ、もしわかってたらもっと違う結末になってたかもしれないのに〜」
……違う結末?
「あたしとしては違う結末に終わってくれた方がよかったんだけど、ね」
話が見えない。
いったい何の話をしているんだ?
「あ、ちなみに楓くんの身体能力を超強化するあれ、あたしが大部分貰っちゃったからね」
「……はああああああ⁉︎」
何やってんだおい‼︎
「だって〜。楓くんがあたしを殺して自分から切り離したんでしょ?それはあたしが望んだ事でもなんでもないし〜。切り離さずにちゃんとお互いを理解して運命共同体になるってのがあたしの望んだ違う……け・つ・ま・つ♡」
「ぐっ……好き勝手言いやがって……」
「ふふふ、どうする?」
どうするべきだ。
こいつが何故みんなを殺さなかったか。
恍惚の表情でへたり込む榊、骨抜きのアスタ。
敵意は見えない。
むしろ敵意があるのは僕の方。
しかし鬼ごっこ、勝者はあたしを殺した奴。はっきりといってたじゃないか。
ブラックルームでのやりとり。
こいつは本気で僕を殺す気なら一瞬で殺せた筈だ。
事実隙を突かれたのは一度のみで後は全部気づかない振りをしていたようだ。
隙なんか沢山あったろうに。
しかも僕に攻撃してきたのはお互いの攻撃を相殺したあの時と最後の一撃。
あれは勝とうというよりむしろ僕に勝ってほしいという動き?
何故だ?
今回は僕の身体の支配権を奪い取るまたとないチャンスじゃないか。
いや、桜は僕の体の支配権を奪うなんて一言も言っていない。
ただ借りる、とだけ。
借りて何がしたかったんだ?
僕の深層心理内で、あのブラックルームでずっと僕を、世界を見つめ続けてきた桜の目的……。
(忘れないでください、さくらさん』
「あのおっさん、このこと見越してたのかよ……」
「ふふふ、何か分かったの?あたしスリーサイズとか?」
突拍子のないことを言い出す桜に呆れを覚えつつも、核心へと物事を進めていく。
解決編だ。
僕は桜の身体をぐっと引き寄せ、ぎゅっと抱きしめる。
「へ?」
突然の予測していない出来事にいつものあっけらかんとした態度が崩れる。
「な、なにを……」
桜が何かを言いかけた所で遮る。
「お前はさ、ただ遊びたかっただけなんだろ?」
図星を突かれたようで視線を泳がしながら上ずった声で回答する。
「な、なにをおっしゃいますかねぇあはは」
「馬鹿かお前。あんだけ気づいて欲しそうにしといていざ気づかれると逃げ腰か」
ふっと鼻から空気が漏れる。
「ば、馬鹿にして……‼︎」
「馬鹿なのはお前だろ」
先程までは心理的に立場が上だった桜が今は僕の支配下にいる。
恐怖の魔王様を手懐けたような気分。
悪くない。
「と、とにかく‼︎今度から楓くんが超強化の能力を使う時はあたしを殺してね‼︎あと同時に死なないと生きてる方に能力が移行しちゃうから死んでも生き返れないんだからね‼︎わかった⁉︎」
ツンデレヒロインっぽくなりながら説明する桜に微笑ましい気分を覚える。
「それとも、もうひとつ!」
まだ何かあるのか?
「そ、その……き、気づいてくれて……ありがと」
不意を突かれたその感謝の言葉に頭がくらっとする。
ありがと、か。
その言葉を言った後、全速力で家へと駆け出して行く桜。
「そういうのは幼稚園でやっとけっつーの」
桜の姿が見えなくなってからそうぼそっと呟いた。




