4話
「んぅ…………?」
少し冷たい朝の空気と、頬から伝わる体温で目が覚める。少し身じろぎすると布団ではなく固い感触がした。
「おはよう。よく眠れたか?」
優しい声が聞こえ、髪を撫でる手の温もりを感じる。
「……………………おはよ。」
低血圧のせいで朝は意識がハッキリとしない。えっと……
「…………レオン……ちゃんと寝た……?」
少しだけ隈が見える顔に手を伸ばし、隈をそっと撫でるとレオンは柔らかく微笑み、
「これくらい平気だって言ってるだろーが。朝飯にすっから起きろー。」
「うあーうあー。」
頬っぺを摘ままれてうにうにと伸ばされる。ここでようやく頭の下が地面ではないことに気付いた。
「?」
微妙に弾力があるけどそんなに固いわけでも柔らかい訳でもないし、それにこの位置から真上にレオンの顔があるということは……
「ひざまくら?」
ガバッ、と物凄い勢いで体を起こす。見ると木を背凭れにしていたレオンがズボンの汚れを落としながら立ち上がるところだった。
「どうした? いきなり起き上がって。」
「え、や、な、なんで、ひ、ひざまくら……?」
驚きすぎてまともに話せない僕に、レオンは淡々と告げる。
「自分の腕を枕代わりにしてたからだ。あのままだと痺れて今日の朝はまともに使えないだろうと思ったからな。」
「あ、ごめんなさい……。」
ただでさえ寝てないのに、そんな気遣いまでさせちゃうなんて……と僕が落ち込んでいると、レオンは笑って
「違う違う。」
「?」
「そこは、ありがとう。だろ?」
頭をまた撫でられる。確かに20センチくらい差はあるけど、僕は子供じゃないのに。
「……ありがとう。」
「どういたしまして。」
レオンは僕がどう返しても余裕そうに微笑む気がして、勇者とか関係なく敵わないなぁと思った。
*
「さて、行くぞ?」
「あ、うん。」
簡単な朝食をすませてから昨日に続き町へと向かって歩く。
「そういえばこれから行く町って、どんなところなんですか?」
歩きながら、ふと訪ねてみた。
「んー? 強いて言うなら田舎だな。平和で良いところだし、俺も時々遊びに行く。」
「じゃあ、レオンが住んでた場所はここから近いんですよね。」
「そうだな、大体半日くらいか?」
え、それって……。
「……もしかして僕が居なかったら、野宿しなくても住んでました……?」
「あー……まぁ、な。でも、俺もお前と話すの楽しかったし、それに俺が誘ったんだから気にすんなって。」
レオンはバンバンと背中を叩きながらカラカラと笑っているから、本当に気にしてないのかな、って少しだけ思う。
「……ありがとう。」
この世界で最初に会ったのがレオンで良かったと思う……魔王が勇者に出会えて良かったって言うのはなんか変だけど、彼と話すと落ち着く。何でかはわからないけど。
「さ、早く行こうぜ? 今日中には町に着きたいからな。」
「う、うん!」
「歩けないなら背負ってやるからな?」
「な、そこまで貧弱じゃないですよ!」
「そうか? 俺の顔見てビクビクしてたのは誰だったっけ?」
「不審者にいきなり声かけられたらびっくりしますから、ていうかその話関係ないですよね!?」
「誰が不審者だよ、どっからどう見ても勇者だろ。迷い子って知らなかったらお前のその格好の方がよっぽど怪しいからな。ま、あんなにビクビクしてたら疑う気にもなんねーけど。」
笑いが止まらないレオンの背を追い掛けて文句を言えば、更に揶揄するような言葉で返される。
昨日会ったばかりなのに、気心が知れた友人のように僕らは町に着くまで話続けた。
*
大体お昼を過ぎた頃にメイフィスの町に到着した。
見た感じ中世のヨーロッパに近い感じの町だった。
ファンタジーゲームでよく見掛けるような格好をした男女があちこちを歩いている。中には尻尾や耳がある人も居た。
「ねえレオン、あの人達が獣族?」
「ん? あぁ、猫族と犬族か。この辺りは樹族も含めて色んな種族が集まってるぞ。」
「へー……」
耳いいなぁ……撫でたいなぁ……。
チラチラと色んな人の耳を凝視しながら歩いていると小さな二つの影が僕を挟むように通りすぎ「待った。」――え?
「きゃっ!」
「っ、離せよ!」
レオンが一瞬で二人の腕を掴むと、
「あ……」
少年の手に握られている袋には見覚えがあった。
「それって僕の……だよね?」
いつもポケットに入れていたお守り袋だ。そっけないデザインがお気に入りなんだけど、これって何を入れてたんだっけ。
「おいソーマ、なにボーッとしてんだよ。」
「あ、ごめん。これ、返してもらうね。」
少年の手から袋を取り返す。
「これ使えよ。」
「あ、ありがと。」
レオンが二人の手を片手で掴んだまま紐をくれたので、それを使って結び首から下げる。これなら盗られる心配はないよね。
「で……その、この子達はどうするの?」
不貞腐れしてる少年と、今にも泣きそうな少女。二人とも銀髪に猫耳だから兄妹なのかな?
「どうするって言われても……どうしたい?」
「んー……「くぅ」……あれ?」
お腹の音が聞こえた。見ると少女が顔を赤くしている。
「じゃあ……とりあえずお昼ご飯にしようか。僕もお腹空いたし。」
「……………………マジか。」
二人の耳を撫でながら答えると、レオンが溜め息を吐いたのが聞こえた。
「てかソーマ、お前お金持ってんの?」
「あ…………。」
すっかり忘れてたけど、僕こっちで使えるお金を持ってない。レオンがあきれた顔をしながら
「…………だと思ったよ。」
「えと、その、材料があれば料理できますよ!」
「いやだから、その材料をどうすんだって言ってんだよ……ったく、とりあえず宿屋行くぞ話はそこで。ガキ共もそれでいいな?」
「…………はい。」
「…………わかったよ。」
手を放されても逃げる様子のない二人の頭をまた撫でる。毛がフワフワしていて気持ちいい。
「ほら、さっさと行くぞ?」
「あ、はーい。」
レオンに手を引かれて歩く。後ろでは猫族?の兄妹が戸惑いながらついてくる。その様子に少しだけ微笑みながら宿屋への道を歩いた。