SNOWVELLY
「銀行をやめた。
短大を出て、4年勤めた。
窓口にいると、早いうちから、お見合いの話が来る。
私は、最初のお見合い相手で、つまづいたので、ここまでやめずに来たのだ。
この一年間、嫌な上司につきまとわれ、毎日ひどい精神状態で、会社に出ていたので、
今日で、綺麗さっぱり、縁を切って、嬉しい」
ここまで書いて、送信ボタンを押した。
私のハンドルネームは、奈々。
なんとなく名前に軽い感じがして、重い性格の自分を隠したかったのだ。
この三年間、奈々を名乗っている。
あ、コメントがついた。
コンドルさんだ。
「お疲れさん、4年も続けるなんて、えらいよ!これで自由になれるね、楽しんで」
いつもすぐ飛んできてくれるコンドルさん。
プロフィールには、エロ小説家、とかいてあるけれど、こういう人のほうが気安く絡める。
それから、SNSをログアウトして、ネットサーフィンを始めた。
本当に、インターネットは、私の親友。
明日からは、何をしようかな。
父からは、お料理学校に通え、なんて言われているけれど、本当は、ネットのプログラミングに
興味があって、いくつかパンフレットを取り寄せている。
あー、解放された。
自由になった。
やっほー。
心の奥に隠れているトラウマも、今は消えている。
二日間何もしなかった。
自由だけど退屈だ。
私は、20歳の頃から、悩んでいトラウマをそろそろ解決したいと、心から思っている。
それは処女を捨てること。
初めて、お見合いして、付き合った彼氏から振られたのは、sexがうまくできない、という理由だった。
私は、どうでもいい軽い女になりたかった。
こんなに重い性格で、24歳で処女で、それを抱えていることが苦痛なのだ。
ルックスだって、そんなに悪くないのに、私はどうして、こんなに人に馴染めないのだろう。
SNSの世界では、どじで、お茶目な性格を演じているいるのに、現実の生活は駄目だなぁ。
そうだ、コンドルさんに会いに行こう。
いつも一番にコメントをくれる気の合う人だ。
エロ小説家というのが、すごくポイント高い。
私のトラウマを解決してくれるのは、あの人しかいない。
親には、一ヶ月は、自由にさせてくれ、と頼んでいる。
「明日、東京へ行きます。お会いできませんか?」
と、コンドルさんに、メッセージを出した。
翌日の新幹線に乗った。
新潟にも、遅い春が来ている。
コンドルさんに、女にしてもらい、SNSは一旦やめて、後腐れない別れ方をしよう。
新幹線は東京へ向かった。
私の人生でも大切な旅になるので、うんとおめかしした。
東京駅の喫茶店で、コンドルさんと待ち合わせした。
お店に入ったら、エロ小説家らしき人は見当たらなかった。
一人でテーブルについて、コーヒーを頼んだ。
しばらくしたら、斜め前の席のスーツ着たサラリーマンが、手を振っていたので、びっくりした。
背の高いモデルのような綺麗な女の人と一緒だ。
誰だろう。
エロ小説家が、まさかスーツは着ないだろう。
その女性が、ヒールの音をコツコツさせて、私のテーブルに来た。
「奈々さん?」
びっくりした。
何?エロ小説家のコンドルさんて、あの真面目そうなスーツの人なの?
「こっちへいらっしゃいよ」
女性は素敵な笑顔で、私を引っ張った。
コンドルさんは、想像と全く違った。
スーツ着て、背は低いが、上品な顔立ちをしていた。
紳士だった。
私は、自分に喝を入れた。
SNSの世界では、本当の姿を隠している人が多いのだ。
私が、どじで、おちゃめな性格を演じているように、コンドルさんも、エロ小説家を名乗って、
気軽なSNS生活を楽しんでいたのだろう。
おまけに素敵な彼女もいる。
私は赤面して、油汗をかいた。
「奈々さん、どうぞ座って。いつもコメントありがとう。僕がコンドルです。こちらは彼女のリカさん」
女性が、にっこり微笑んだ。
椅子に座って、冷たいお水をごくりと飲んだら、少し元気になった。
「奈々さんて、落ち着いた人なんだー。想像と違うね」
私も、ホッとしてきた。
「サラリーマンなんですか?」
コンドルさんは、にっこり笑って、
「小説は書いてるけれど、純文学なんです」
私は、自分は、なんて馬鹿なんだろうと思った。
こんな人に「女にして下さい」なんて言えないよ。
とっても真面目ないい人みたいだ。
「ごめんね、これから出版社で打ち合わせなんだ。あとは、リカに案内させるから。
あ、SNSでは、エロ小説家ってことにしてるから、本当のこと書いちゃ駄目だよ」
品のいい笑い方をするコンドルさん、好きになってしまいそうだ。
リカさんが立ち上がった。
「行きましょう!」
コンドルさんが、さようなら、と挨拶した。
リカさんは、ウィンクが上手だった。
歩きながら「コンドルさんを見て、どう思った?」
などと聞いてきたので、「いい人みたいですね」と答えた。
「エロ小説家に会いたいなんて・・・なんか訳あるの?」
私は言葉に詰まった。
「なんとなく想像できるけれど」とリカさんは笑った。
電車に二駅乗って、すぐ降りた。
着いた先は、美しい夢のようなお店だった。
finと書かれた看板がかかっていた。
中に入ると、お姫様のお部屋のようだった。
綺麗な金髪の若い女性が、10人ほど、ドレスを着て、座っている。
リカさんは、英語を話しながら、金髪の黒いドレスの女性とキスを始めた。
な、なんなの、ここは・・・。
青い目のコケティッシュな女性が近づいてきて、私に飲み物を差し出した。
よく見ると、お店の人も、お客さんも、女性ばかり。
もしかして・・・ここは、レ、レズクラブ?
私の頭は混乱して、沸騰した。
リカさんが背中を見せた隙に、私は逃げ出した。
やっぱりSNSって、怖いよ、怖いよ。
泣きたくなった。
タクシー拾って、東京駅に向かった。
1泊するつもりだったが、ホテルをキャンセルして、新幹線に乗り込んだ。
怖い世界だ。
早く新潟に帰りたい。
処女を捨てるってことは、大変なことなのね。
私はいくらやっても、どんくさい女。
自然に涙がこぼれてきた。
体が硬直していた時に、隣の席の男性に声をかけられた。
眼鏡をかけた、ノーネクタイの男。
大きなカメラを抱えて、カメラマンかと思った。
「新潟は、桜は咲いているんでしょうかね・・・」
その男は、優しく微笑んだ。
「写真をお撮りになるんですか?」
名刺をくれた。
起業家、と書いてある。
こんな人に出会ったのは、初めてだ。
「私の家の裏山にも、桜咲いていますよ」
ようやく普通の人に出会った気がした。
「このお弁当食べませんか?一つじゃ足りないから、二つ買ってしまって・・・」
私たちは、目と目があって、微笑んだ。
一つの別れ、一つの出会い。
人生って、面白いもんだ。
いつか女になる時まで、焦ることはない。
もうあんなトラウマは消えたよ。
さあ、桜を見に行きましょう、起業家さん。
終わり