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金の狼と黒の人形  作者: 神音 祐希
第一幕
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第二章 My ability 自分の能力(ちから) 前編 1

 鳥のさえずりと、風が揺らす微かな木の葉の音。そこに突如響く、金属音。

「集中ッ!!」

 本当に鬼だ、この人。容赦というものを知らない。

 俺の目の前にいるルティアは、完全なる一貫に言う『軍の鬼上司』だった。いや、上司などという生易しいものでは無い。むしろ、鬼の方がかわいく思えるほどに。彼女は鬼コーチだった。加えて飛んでくる、氷の弾やら炎の弾やら雷の弾やら...鬼畜だ、鬼畜過ぎる。


 そもそも何故こうなったかというと......。

 今朝は日の昇る前に起こされ、まだ暗い森に連れて行かれた。そして、俺はそこでいきなり眠気を吹き飛ばされることになる。

「ッ!?」

 強い衝撃。いや。身体に走るこれは、間違いなく電撃。

 咄嗟にうずくまった俺は、上から降ってきた怒鳴り声で間もなくその電撃の正体を知ることになった。

「そんなことで膝をつくな!!お前は少しばかり弛んでいる!」

 電撃のついで、俺を怒鳴ったのは他でもないルティアだった......。

 顔をしかめ、立ち上がる瞬間に背後へ跳躍する。楽しげな笑みを一瞬浮かべたルティアは(俺に言わせればその笑みが今までで一番恐かった)二本の、それこそファンタジー物に出てきそうな剣を投げて寄越した。

「取れ!アレン!!」

 拾い上げる。――刹那、身体にかかる物理的重力。強く全身に力を込め、体重をかける。

「ほう、流石にこのくらいの行動は読めていたか?」

 今し方剣を拾い上げた瞬間、ルティアが彼女の剣を握って突っ込んできたのだった。寸止めで受けたものの、力は彼女が勝っている――。

「戦闘の無い世界にいたにしては、上出来と言ったところだな。――だが」

 嫌な音が剣から漏れる。その刀身は悲鳴を上げていた。はっと瞬間的に距離をとろうとするものの、剣が耐えきれなかった。見事と言えるほど粉々に砕け散った剣を見、ルティアは剣を引く。

「やはり、な。......イルヴァイン」

「はあ......こんな朝方からよくやるよねえ。はいはい、と」

 一体いつからいたのか、イルヴァインが木の上から現れる。彼の飛び降りた地点には謎の円があった。まるで、魔法陣とでもいいたげに。

「じゃ、アレンちゃん。飛び散った剣、破片全部持ってきてくれる?あ、怪我しないようにね?」

 イルヴァインにそう指示され、柄と砕け散った剣の破片を持ってくる。それを円の中にばらまく。おっけーおっけー、と微笑んで彼は円の周に描かれた小さめの円へ手をついた。

「それじゃ、いくよー......せーっの!」

 バチン、と強い破裂音のようなものが鳴る。同時に強く輝いたそれに、俺は目を細めた。眩んだ視界が再び戻ったとき、そこにあったのは2本の剣だった。思わず目を見張る。

「っ......!魔法!?いや、これって......」

 そうだ。魔法じゃない。これは、鉄の創造。かつて不老不死の力を研究していた者たちがたどり着いたと言われていた、金の錬成から成るものだ。

「へえ、わかる?これが『錬金術』だよ。俺、こう見えても結構有名な武器屋だからさ~」

 屈託無く笑う彼から驚きを隠せずも、その剣を受け取る。間近で見ても、傷一つ無い。輝く鋭利なその剣は、俺の驚嘆した顔を曇り無く映し出してくれた。

「アレンちゃんが立派にルティアちゃんと張り合えるようになったら、俺が全身全霊、誠心誠意持って一番の自信作を揃えてあげるから。それまで頑張って?」

「おい、いつまでやってる。アレン、構うな。戻ってこい」

 背後の遠方からルティアの声が届く。朝靄の相手の姿の認識もままならない中、彼女の素振る剣だけが鋭く光を反射したのが見えた。再びイルヴァインの方を振り返れば、彼は小さく肩をすくめて「行っておいで」と微笑んだ。

「ありがとう」

 俺なりに精一杯だ笑顔を浮かべたつもりだったが、普段あまり表情を露わにしないだけに恐らく......イルヴァインから見れば極々微笑、と言ったところだろう。それをあとに、ルティアの方へ踵を返しかけた。

 彼はその笑顔を受け(それとも礼を受けたからか)、少し驚いた風に瞬きを数回繰り返した。

「......れたかも」

「?イルヴァイン、何か言った?」

 あ、いや、と笑顔を浮かべて取り繕うように手を振るイルヴァイン...どうしたんだろう?

「それと、俺はイルでいいよ。ほら、行った行った!」

 多少の疑問を残し、俺は今度こそルティアの元へ駆けていったのだった。

「アレン、お前は魔法が使える――これは確認済みだ」

 剣を握り直し、ルティアを集中してみつめる。すると、その彼女が唐突にそう言った。俺はそんな覚えなんか当然なくて、やや混乱した......。

 だって、俺が魔法を?一体いつ?

「私達が初めて険を交えた、あの場所さ。あの棒切れには、確かに魔法がかかっていた...でなくて、真剣に対抗できると思うか?」

 切っ先を俺に向け、ルティアが言う。確かに、棒切れが鉄などに対抗できるわけはない。しかも相手は女性とはいえ、軍人だ。

 それに、蛙の化け物を“切る”ことだって。物理的に考えて、絶対できるはずない。

「お前の初めて使った魔法は、“疾風”らしい。私は雷撃、相対する属性に当たる」

 言うと、ルティアは剣を持つ右手を下ろして替わりに左手を挙げた。その手は輝いて――いや、その掌で踊る何かが、輝いていた。

 その何か、はバチバチと繰り返し鳴り止まない音を出して弾けていた。そう、それは雷の塊。

「魔術には属性がある。火炎、水素、雷撃、大地、疾風の5つだ。火炎は疾風に有効で、疾風は雷撃に有効だ。雷撃は水素に有効だし、水素は大地に有効だな。そして大地は火炎に有効。という風に、有効そして無効な属性がある。ちなみに今のを反対にしたのが、無効の属性だ。まあ、一般には弱体化くらいしかできんが」

「ま、無効なだけやない。極めれば、無効にした属性によって自分の攻撃の力を割り増しできるんや。吸収してな。......せや、覚えとけ、アレン。発動途中の魔法を中断するとやな、ごっつい反動が返ってきよる。死にとうないんやったら、んなことやるんやないで。例え俺らが危なくても、や」

 アタッシュケースから銃を取り出し、ジムルがにやりと笑む。白銀の銃はルティアの剣と同じように輝いていた。

 属性の割り増し。あの時、俺は知らずのうちに疾風の属性の魔術を纏っていて。ルティアの雷撃の属性を、弱体化させていた...ということか。

「それ、イルヴァインが作った銃なの?」

「ぶはっ、んなわけあるかい!あんなヤツにわいの愛用の武器なんぞ渡さへん。これは自分で1から作って、整備もしてる。わいが一番この武器をわかっとんのや」

 銃を自分で作り、整備している......!?

 それには銃の構成から性質、機能や威力など様々に完全に把握していないといけない。それら全部、ジムルは覚えているというのか。

「彼はサピンティアの生まれなんだ。銃なんてお手の物さ、彼の頭脳があればあらゆる機械を生み出せる」

「頭エエとこの、更に優等生。将来を期待されてるエリートや。知識についてはわいを頼って損させへんで」

 5国の中で最も、群を抜いて科学と知能の発達した地......。自分も記憶力には自信があるが、多分彼の足下にも及ばない。昨夜は本を一目見ただけでページをめくり、復唱していたのを見かけた。恐らく、速読と瞬間記憶も兼ね備えていると思う。

「ま、その代わり魔力なんてモン一切持たへんけどな。身体は普通の人間や、その辺も頭に入れといてくれたらええ」

 特化すればするほどそれに比例し、何かが減退するということか。なら自分は、どうなのだろう?

 そんな疑問をよそに、彼は思いだしたような口調で沢山の補足をしてくれた。

「せや、サピンティアに居る人間でもな。頭脳担当、技術担当ってのがおるんよ。フランゼも同じや。武器を強化する魔法、魔法単体で使う魔法。せや、ファチーレもやな。造る方が錬金術、治すのが煉丹術。セチュルドーザは、光の力が破魔術。闇が呪言術。闇の陰、光の陽と併せて陰陽師やし。唯一分離してへんのがクラレンタやなあ。多分あそこは共生の地やからやと思うんやけど」

 つまり、両方兼ね備えている彼はサピンティアの優等生。そしてその代償のように、他の能力は皆無......それでも、様々な機械を作り出せるという彼の能力は十分すぎると思う。

「さ、金の狼さんのお手並み拝見いうとこやね?」

「剣を魔法で強化するには、集中力がいる。精神力が強い人間ほど、魔法をより長く、強く使える――やってみろ、アレン。イメージだ。自分の血の流れ、ここを走る風の匂い、水の気配、生くるこの世界の生命を感じろ。それを剣に集中させるイメージだ」

 そんなこと急に言われても。

「難しいとか弱音吐いとるようじゃ、この世界では1ヶ月も生きられんからな」

 見透かしたように、銃を持ち上げたジムルが悪い笑みを浮かべた。ちょ......なんで銃の標準俺に向けてんの。

「まずは私に膝をつかせてみろ。それまでは休憩も飯も無しだ!」

 何それつらい。確か、ルティアは現軍人じゃなかったっけ?それを倒せるように、って......。

 怯んでいる間に、ルティアが地に手を着く。刹那、背中に走る悪寒。右に跳ぶ、転がる、また跳ぶ。

「流石、話には聞いとったけど反射神経は並やないな。よう避けた」

 俺は気づけば木の上にいた。さっきまで俺が居たところを見やる。......と、そこでは地割れが起こっていた。バチバチという音からするに、やはり雷の魔法。そして、俺が二回目に跳んだ場所。そこには、大きな陥没が起きていた。やはりこちらも雷の気配がある。......が、ジムルの銃からは発砲の後の煙が上がっていた。まさか、魔法銃とか言わないよね......。

「これは魔法に似た性質のある銃でなあ、弾ん中に爆薬とか、電磁波とか仕込んであんのや。一般には魔法銃呼ばれとる」

 余計な予感を命中させてしまった......。

「私とジムルとで、お前を追い詰める。窮地になれば、否が応でも力を使わざるを得なくなるからな。殺す気で来い」

「当然、ルティアたちも......殺す気、なんだよね」

 恐る恐る聞いてみれば、あたりまえやとジムルに返される。......ですよね。わかってた。

「さ、駄弁の時間は終いや。かかってきい、アレン!!」


 そして......現在に至る。

「一瞬の油断、一瞬の迷いがお前の死を招くぞ!わかっているのか!!」

「......っ!!」

 飛来する稲光。切り込まれる刃。息つく暇もなく距離を詰められ、吹き飛ばされた......質問するくらいなら、返答もさせてくれ......。

「我、雷撃と共に迸りし者!汝、内なる声に応えよ!主たる雷神!真理の中の大樹!我を守りて聞き届けよ!!」

「ッ、......我、疾風と共に駈けし者!汝、内なる声に応えよ!主たる風神!真理の中の大樹!生ある地にて聞き届けよ!!」

 閃くように頭に浮かんだ言葉を咄嗟に発すれば、突然の強力な陣旋風......!でも俺にはそれは、そよ風くらいにしか感じられない。なぜ陣旋風なのかというと、俺の周りに及ぶ被害がそれが微風でないことを告げてくれるから。

 唸りを上げ、渦巻く風。ジムルは手裏剣のような物でそれを防ぐが、足は地面にのめり込んでいる。一方のルティアも、一瞬バランスを崩しかけた。「我、炎と共に息づく者!汝、内なる声に応えよ!!主たる炎神!!真理の中の大樹!!我を守りて聞き届けよ!!!」

 爆風の中、ルティアが叫んでいるのが聞こえた。と、彼女の剣から真紅の炎が燃え上がる。それは風を飲み、みる間に巨大な火柱のように高く燃え上がった。やばい、今度はあれが来る......ッ!!

「我、水と共に流れし者!汝、内なる声に応えよ!主たる水神!真理の中の大樹!!我を守りて聞き届けよ!!!」

 唱えた瞬間にルティアの剣が降りてくる。それがまるでスローモーションのように見え――、しかしその間に相手の攻撃と自分の間に剣を滑り込ませる!剣を守るような水がドームのように俺を覆い、ルティアの炎の熱さを打ち消した。

「我、水の中に生まれし者!汝、内なる声に応えよ!!海なる母、主たる水神!真理の中の大樹!大樹の中の女神!!生ある地にて聞き届けよ!!」

 苦し紛れに浮かんだ言葉を叫ぶ。刹那、冷気が走り水の気配が即座に増し、ルティアの剣を飲み込んだ。同時に水泡が弾丸のように飛び、ジムルとルティアに飛ぶ。

「......!」

 一瞬ルティアが顔をしかめるのを見た気がした。彼女の振り上げた剣は、すんでの所で主を守り水弾を切り裂いた。舌打ちしたジムルも雷の力のある弾で水弾を早撃ちする。――その間、3秒。

 不意に一発の水弾がジムルの手を打つ。痛みに目を細めたジムルは銃を取り落とし――ってこれっ、まずいんじゃ――!!

「しまっ......!!」

「ジムル!!」

 彼を呼ぶルティアの声、俺は咄嗟に叫んだ。その一瞬の気の逸れで、ルティアも水弾を受けて膝をつく。これは、危ない――っ!

「水破!!」

 瞬間、今の光景が嘘だったかのように水が霧散する。呆然と立ち尽くす俺達。水を止めるのに成功したみたいだ。......多分。

「ごめ、ジムル、怪我は――」

 声をかけようとした瞬間、ズキリと重くのしかかり、突き刺すような胸の痛みが俺を襲った。息を詰まらせ、思わず俺は膝をつく......。なに、これ......っ!

「んのアホが!!死にたいんか!!!なんで魔法中断しとんのや、教えたやろが!!?」

「だ、って......」

 肩を上下させ、俺はその痛みに耐えながらなんとか息をつく。まるで胸を鋭利なもので突き刺されたような気分だった。最初は呼吸をするのも痛かったそれも、しゃがみ込んでいれば徐々に収まっていった。もう大丈夫、なはず。

「まったくお前は...。まあ今のはこちらにも過信があった、ナメていた私たちにも責任はある......アレン、ひとまず合格だ。今日のところは休め」

 背中を軽く叩かれ、俺は細かく二度頷いた。顔を上げれば怒気を表情に露わにしたジムルと目が合う。よく見れば、その瞳の中には恐怖も含まれている気がした...。

「ジムル、そんな顔をするな。恐らく彼はこの程度なら寿命を縮ませることはない。安心しろ」

「ッ、だとしても、」

 顰め面のままのジムルを見遣り苦笑するルティアに、彼は反論するような声音を上げた。それもつかの間、言い淀んだように目を伏せたジムルは小さく舌打ちをしてこの場を後にした。

「......にしろ、勝手な行動はこの先慎め。早死にしたくなければ、な」

 その後ろ姿を見送ったルティアに小さく忠告され、渋々頷く。でもやっぱり力のコントロールが不十分とはいえ、自分のせいで誰かに怪我を負わせるのは嫌だった。後味が悪いし、そういう自責も負いたくないんだ...。



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