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金の狼と黒の人形  作者: 神音 祐希
第一幕
3/5

第一章 Take a step forward for world 世界へ踏み出す 前編 2


 自分の胸を守るように稲妻の動きを遮る。――遮る?おかしい。待て。光であるはずの稲妻が、棒切れで遮れる筈ない。そんな物理的なことが通じるはずもない。そう気づき、目を凝らす。力の限りに吹き飛ばす、間合いを空け――、ダメだ、早い――!

 唯一の得物が俺の手から弾き飛び、弧を描いて宙に舞うのが視界の端に見えた。そして自分の身体に走る衝撃。腰を打ち、そのまま尻餅をつく。二本の棒切れが地面に突き刺さったのと、何か鋭利な物が喉元に突きつけられるのが同時だった。銀に光る刃。――その距離、僅か三センチ。

 刃から上に、視線を滑らせる。相手の顔は逆光で見えない。眩しさに、自分の額あたりを軽く手で隠す。

「......ん?」

 声が上から降ってくる。微動する刃。あ、危ない......。

「なんだ、道理で手応えのあるはずだ。魔物だと思っていた。人間じゃないか。......すまなかった、怪我はないか」

 言って、その誰かは刃物を納めて軽く姿勢を低める。それで、やっと相手の顔が認識できた。少しばかり癖のある紫っぽい髪を肩へ流す、顔の作りの整った女性、もとい......かなりの美女だった。

「......って、子供......?どうしてこんなところに......まったく、奴らは何をしてるんだ?ここは一般の人間の立ち入りを禁止してるはずだ。まったく、するならするで責務をしっかり果たしてもらいたいものだが」

 一人呆れたように愚痴のような独り言を吐き出し、今度は俺に向き直る。

「いや、一般の者にしては......。だが、そうだな。......お前、名は?」

「あ......、憐......です」

「そうか。アレンか。良い名だな」

 え?アレン?不明瞭な俺の声と名乗った名前が、融合してる。......ただ、俺が日本人の外見をしていたなら。憐、と認識してくれたかもしれない。今は金髪に青い瞳。これが日本人に見えるはずはない。

「や、俺は、れ――、」

 不意にジッと見つめてきた相手に軽く驚き、言葉に詰まる。と、俺をのぞき込む碧い双眸がふと頬の傷に目を留めた。

「それは......、大蝦蟇(リーバー)にやられたのか?診せてみろ、そいつの毒が体内に入ったのなら危険きわまりないぞ。浴びてから5分もすれば、身体を巡って立てないほどだ......」

「り、ば......?」

 先程負った頬の傷へ手をかざし、何かをしようとする女性の手をさりげなくかわしながら聞き慣れない単語に眉を顰める。

「?まさか、子供だろうと大蝦蟇を知らない訳じゃないだろう?......ああ、実物は初めてだったのか?さっきの奴らさ、危険だからな......おい、大人しくしてろ。まったく......」

 そう言いつつ、女性は俺の頬に手をかざして小さく囁くように何かを呟いた。すると驚くことに、その手が柔らかい緑の光を発して輝く。気怠いような感覚が抜けていく。

「毒が抜けても数分は動けないだろう。少し休んでいると良い。......まあ私はサナーではないしな、これくらいの応急処置しかできんが勘弁してくれ。動けるようになれば街へ行って診せられる、それまで付き添ってやろう」

 女性はそう言うと再び立ち上がり、今度は自らの頭に着けているヘッドセットのようなものの左の耳元を押す。押したスイッチのような箇所が緑色に点滅し彼女は怪訝そうな表情を浮かべた。

 ところで......サナー、とは何なんだろう。

「ふむ、おかしいな。反応が消えている......ヒトの子どもがいれば奴らも来るはずなんだが。......どうした、大丈夫か?」

「さっきから子供、子供って......。やけに俺を子供扱いしますね」

 小さく不平を意味を含めた言葉を発しながら立ち上がり、気遣うように差し出された相手の手を払いのけて手の甲で傷を拭う。ほとんど傷は塞がっていた。女性は軽く意表を突かれた様子で俺を見、目を見開いた。

「!?何故、その状態で普通に動ける......お前、まさか......」

 その人の視線は俺の顔、いや俺の耳―俺自身まだ自分の耳だと信じたくないけど―に注視されてた。頭がいかれたか、と質問されるのかなとぼんやり頭の隅がふとそんな悠長なことを考えている間に、女性は立ち上がって俺の肩を掴む。不意を付かれた俺は身動きができない。彼女の見た目からは想像できない力で、押さえられる。

「お前......、お前はどこから来た!?“試されて”、“あの世界から来た”のか......!?」

「試される?あの世界?......なんのこと?俺の世界とここは違う世界だって言うの?......確かにね。貴女みたいに強い女の人や、さっきのカエルみたいな変なのは少なくとも、俺の記憶にはないかな」

 肩を竦めて答えれば女性はそうか、とだけ言って顔をしかめた。

 大体俺の体に変化があったのも、あのよくわからない炎に包まれた後だ。普通に考えてもあんな炎の出方はおかしいし、青い炎というのも特殊な物を燃さない限りは出ない。普通の、赤い炎の筈。

「......何も言わなくても良い。その耳と尾が何よりの証だ」

「尾、って」

 諦観したように呟いた女性の言葉を危うく聞き洩らすところだった。......本当だ。耳だけにあきたらず、尾まで生えてる。慣れないところに神経が走っている感触を複雑に感じながら、その尾を僅かばかり揺らしてみる。ふらふらと尾先が揺れ、無駄に艶の良いその毛並みが陽射しを受けてそれなりの光沢を放った。

「......お前、此処に来たばかりか?大蝦蟇は何体居た?」

 訂正。あのカエル達のことは、『匹』ではなく『体』と勘定するらしい。『大蝦蟇』というのも、確か日本神話か何かに出てきた魔物の名前だった気がする。

  確か、最初のを含めて......。

「13、だったかな。俺が此処に来たのは、貴女と遭う10分前くらいだと思うよ。......あくまで目覚めてから、だけど」

「そうか......。リーバーは私の来たときは2体だったが。他の11体はどうした?」

「あ......倒しちゃまずかった?」

 ふと顔を上げてそう悪びれもせず答えれば、面食らったように女性が目を細めた。

「あいつらを?何で?まさか素手でとは言わないだろう?」

 まるで、俺の存在そのものの真偽を疑うような聞き方。若干の苦い気持ちを心の隅に感じつつ、詰問するようなその問いに視線で答える。僅かに遅れて、「あれ。落ちてたから」と言葉でもさっきまで自分が手にしていた得物を指す。

「棒切れじゃないか......。さっき私を押し止めたのも、あれで......?」

 女性は得物の元まで行くと先端に触れ、神妙な顔つきで頷いた。いや、俯いたのだろうか。複雑な心境のようだった。だが、何かしら確信は持てたらしい。

「すまなかった、その......私が早く気付くべきだったな......」

 何が?という意で首を傾げてみる。今度は、こちらが無知ぶりを晒しても不審にも思わない様子だ。

「お前が、別世界からやってきたことさ。此処が、その者が来たる場所なんだ。......まさか、お前のように若いものだとはな......。女神も酷なことをする」

 別世界。もうそれは、言われずとも知れた話だった。

 どうやら俺は何者か――恐らく、俺の部屋に現れたあの見知らぬ男と。あの卵のようなカプセルにここへと飛ばされた。そして推測ではあるものの......女性の今までの話から察するに、此処へ飛ばされる候補は少なくとも俺以外にもいたみたいだ。そして、俺が選ばれた......。選ばれなかった、落選した者はどうなったのだろう?

「そうだな......それをメデイアの者が持つはずがない」

「メデイア?」

「この世界の名さ。すべての恵みを与える、大いなる女神“メーディア”に愛された、この世界の――な」

 森を、湖を、草原を。応えるように一陣の風が吹き抜ける。俺が飛ばされた......この世界の名はメデイア......。

「メデイア?」

「この世界の名さ。すべての恵みを与える、大いなる女神“メーディア”に愛された、この世界の――な」

 森を、湖を、草原を。応えるように一陣の風が吹き抜ける。俺が飛ばされた......この世界の名はメデイア......。

 選ばれた、と言うからには。この世界は俺が元の世界へ帰ることを容易には許してくれないだろう。

「言わないのか?帰りたい、どうして俺が、と」

「多分答えなんて知れてるから。聞いても、納得いく答えは得られなさそうだから。......それに俺は、そこまで元の世界とかいうのに執着がないから。......かな」

 不思議そうに見つめた俺に女性がそう問い、俺は溜め息をついて肩を竦める。答えを得、女性は軽く罪悪感を抱いていると感じさせるような苦笑を浮かべた。そうか、とだけ短く言葉を零し、彼女は手を差し出す。

「変わった奴だな、お前は。アレン......いや。レン、か?」

「......わかってたの」

 まあな、と言い女性はハッとその手を引っ込める。その代わり、彼女が付けているヘッドセットのスイッチを再び押す。少し待っていろ、と視線で制されてしまい、疑問の言葉を飲み込んだ。

「ああ、私だ。......すべて片づいた。いや」

 着信のようだった。驚くべきことに、その機械は電話の役割まで果たせるもののようだ。先程も何かを調べていたし、彼女がリーバーと呼んだあのような魔物を調べる性質もあるのだろう。

 電話の最中、一瞬だけ俺の方に視線が走る。どうやら電話口の相手が、俺の存在の話題を口にしたみたいだと予想がつく。

「まだ見つかっていない。だが、森の外で放浪者を発見してな。一度帰ってサナーの誰かに診せるつもりだ。......ああ、待てリオン――」

 微かに不敵な笑みを浮かべる女性。ちょっと嫌な予感。

「その浮浪者がな、子供なんだが。どうやら素質がある。......まだ力は不安定だが、鍛えれば十分な戦力になりそうだ。学院長に話を通しておいてくれ。......教官はいらない。私が直々に鍛えたい」

 電話の相手は動揺したようで、女性はくすくすと笑っている。少女のようなその笑い方に、俺は意外さを抱かざるを得ない。

 だって雰囲気、第一印象といえば。クールで厳しそうな、大人っぽい女性なのだ。そんな彼女が、そんな笑顔を浮かべるというのは少し予想を慨していた。

 一方的に電話を切ると、彼女は俺の方に向き直る。

「聞こえたろう?少し都合が悪くてな。お前が別世界から来たことは、極力隠せ。理由は後で話してやる――ああ、この森が別世界から来た者が必ず飛ばされる場所だというのは片手で数えるほどの人数しか知らないから安心しろ」

 草原を下りつつ、促すようにそう付け加えて言う。

「しかし、その尾は隠さなくてはな。流石にそれが見えている状況では、素性を大々的に晒しながら歩くようなものだ」

 横に立った俺を見るなり、億劫そうに目を細める。そう言われたって隠すにも限度があるだろう。耳は帽子などで隠せるかも知れないが、尾は無理だ。かなり大きいし、ズボンの中には仕舞えない。

「じゃあ、暫くは私が術を施して見えなくしてやる。慣れてきたらやり方を教えよう。自分でコントロールできるようにな」

「それは頑張るけど......。鍛える、って?」

「さっきのような魔物を倒せるようになるために、文字通り『鍛える』のさ。まあ、お前は潜在的に戦闘能力が高いようだからな。それを安定させ、より強力に扱えるようにしてやる」

 何で楽しそうなんだろうか、この人は......。

 そう眉をひそめていれば、彼女は小さく浮かべた笑みを一変、真剣な眼差しになって俺の額へ手をかざす。

「我、汝の真の姿、秘する者なり。我、契約のもとに命ず。汝、内なる声に応えよ。海なる母、地なる父、大樹の中の女神。仇名す者へ秘せるべしにて、聞き届けよ!」

 この世界に飛ばされる瞬間、聞いた言葉と似た言葉が発せられる。瞬時、目を瞑った俺は瞼の裏からでも強い光が発せられたのだと気づいた。

「これで通常の人間は、お前の正体を知ることができん。ひとまずはこれでやり過ごせるだろう......」

 俺からすれば何も変わらないが、なるほど湖に見える自分は金髪だということをのぞいて元の俺の姿をしてた。手で触ってみれば耳は頭の上に狼の耳として存在するし、尾も俺には見えるけれど。湖面や鏡を見れば、俺が周囲にどんな風に映っているのかわかる、という仕組みらしい。

「どこへ?」

「私の懇意にしている場所さ。必ず、私たちの味方についてくれるだろう......安心して、ついて来い」

 そう言って草原を下っていく、彼女を見てふと俺はかなり重要なことを聞き忘れているということに気がついた。

「ねえ、貴女の名前は?」

「私の名はルティア。ルティア・デイデュックだ。お前を導くために生まれたような人間さ」






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