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異端の伝説  作者: 望月 桜
Ⅰ 忘却の森の章
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4.嘘つきな教師

 落ち着かない。それが、ルイスの正直な感想だった。


 アルバートの行方が気になるのももちろんだ。だが。視線を、感じた。


 ルイスは苛立ったように、室内から出る。


 すると、メイドが声をかけてくる。


「…あら。ルイス様。どちらへ?」


「……お手洗い!」


 乱暴に言うと、ルイスはそのまま手洗いへ向かっていく。


 小用を足しながら、不愉快な気持ちに耐えていた。


 監視されている。それが、ルイスの正直な感想だった。ルイスが茶を所望しようとしたり、図書館に調べものをしに行こうとしたりするだけで、使用人たちの目が光って、自分を追っているのが分かるのだ。


 全てスタンレーの言いつけなのだろうことは分かっていた。ルイスが、アルバートを追って森へ行かないように、使用人たちに監視させているのだ。


 森へ行かないと約束したのに、あまりの信用の無さにルイスは傷つきも苛立ちもする。いくらなんでも、過保護すぎやしないかと思うのだ。


 ルイスは手を洗いながら、深呼吸をする。


 たとえ過保護にすぎるとしても、それがスタンレーの愛情が故だということは分かっていたからだ。

 だが、たとえ愛情から出た行為でも、不愉快なのは仕方がないのではないかと、心の中で別の声がする。虜囚のごとく、監視されなければならない理由など何もないと。スタンレーの愛情は見当違いだと、ルイスが思ってしまうのも事実だった。


 だが、いらいらしても何にもならないとルイスは首を振って、手を拭って手洗いを出る。


 部屋に戻る間際、2階の廊下から吹き抜けになっているホールの先の、玄関の扉が開くのが見えた。そこにいたのは、アルバートだった。それに、ルイスは目を見開き、慌てて下に行こうとするが、その前にスタンレーが、アルバートを出迎えていた。


 ルイスが1階に下りたときは、2人の間で会話がなされた後だった。


「そうですか。つまらぬことを申して申しわけありません、先生」


「いえ。こちらこそお騒がせしたようで…」


 そんな会話が最初に聞こえてきた。次の瞬間、スタンレーと目があった。


「ルイス、ヘストン先生は、森の方になど行ってないと。店で買い物をしてきただけだと言ってらっしゃるぞ。お前も慌てて見間違えたのだろう。…いえ、先生、本当に申し訳ありません。ルイスも悪気はなかったのでしょう。それでは、私はこれで」


 スタンレーは軽くそう言って、背を向ける。まだ仕事が残っているのだろう。それでも、ルイスの言葉を受けて、アルバートの心配はしていたのだ。


 だが、ルイスは2人のやり取りに不快感を覚えていた。主に、アルバートのあからさまな「嘘」に対して。たしかに、森の中に入ったという確証はルイスにもなかった。しかし、森の方へ行っていたのは事実だったのだ。あれは勘違いや見間違いなどではないと、ルイスは確信していた。目はいい方だったし、これほど見事な長い銀髪の持ち主を見間違えるはずもない。服も、今着ている黒い燕尾服だと確信できる。


 もし、アルバートの答えが、『何らかの理由で森に近づいたが、入ってはいない』といったものだったら、ルイスもある程度納得できただろう。だが、近寄ってもいないとは。それは、間違いなく「嘘」だった。


「…いえ。お気になさらず」


 苦笑しながらそう言うアルバートが、ますます信じられない存在として、ルイスの瞳に映る。


 どうして、そんな嘘をつくのか分からなかった。興味本位で森の中に入ってはみたが、予想以上の騒ぎとなって、とっさに誤魔化したのか。


 だが、下手をすればその嘘のせいで、ルイスが嘘つき呼ばわりされかねなかったのだ。幸い、スタンレーがルイスを信じていて、見間違いか勘違いだろうと思ってくれたから良かったようなものだ。それでも、保身のために嘘をついたのだとしたらそれは卑劣だとルイスは思う。


 ルイスは、漠然と感じていたアルバートに対する不審の根拠を掴んだような気がした。


 アルバートの容姿は万人が認めるほどに秀麗である。その秀麗な美貌が、これほど優しげに微笑んだら大抵の女性は夢心地になるだろう。しかしそれでも、ルイスにはその美しい微笑みが、うさんくさく気味の悪いものに見えた。


「…先生、本当に森の方へは向かっていないのですか」


 ルイスは、不審と苛立ちを押し隠して微笑みながらそう訪ねた。


「――どうして、貴方は私が森の方へ行ったと思うのですか?」


「後姿を見ました」


「…そうですか」


「質問に答えてください…! 本当に…」


 真剣にそう言うルイスを、アルバートは笑った。口の端だけで笑うそれは、嘲笑だった。


「そんな些細な真実の探求に何か意味がおありですか? ――貴方には、もっと大切な真実があるのでは…?」


「は……。何を…何を言っている…んですか!?」


 ルイスは、説明のつかない恐怖に気おされそうになる自分を律してそう言った。


「……いずれ、お分かりになります」


 もう気温は大分暖かくなってきているはずだ。それなのに、ルイスはその時、季節はずれの悪寒を感じた。






 アルバートは変だ。得体が知れない。


 それが、先ほどの会話を通してルイスが感じた結論だった。


 本心では何を思っているのか、何のために家庭教師になったのかすら、分からない。このままアルバートを放置していたら、取り返しのつかないことになる気がした。


 しかし、だからといってどうすればいいのかルイスには分からなかった。


 スタンレーに、親に告げ口をするような真似は避けたかった。スタンレーにいかにアルバートが気に食わないか訴えたら、あるいはアルバートを解雇してくれるかもしれない。だが、それ以上に、ただの「子供のわがまま」としか思われない可能性の方がはるかに高いように感じられる。


 それに、マライアの顔をつぶすことにもなる。アルバートがマライアの紹介状でこの屋敷に来た以上、アルバートに非があればマライアの責任問題にまで及びかねない。


 そこまで考えて、ルイスは思い立って、マライアに手紙を書き始めた。アルバートとはどのような知り合いで、どのような経緯で紹介状を書くに至ったのか、そしてアルバートはどういう人物なのかについてだ。


 純粋に好奇心ゆえだと思ってもらえるような文面を心がけ、手紙をしたためる。そして、ルイスは読み返して頷いた。これならば、マライアも不自然には思わないだろうと思ったのである。


 まずは敵を知ることだと、ルイスは思ったのである。


 ルイスは、スタンレーにアルバートを解雇させずにいた1番の理由を、自分でも正確には把握していなかった。


 ルイスは、どうしても敵前逃亡するような真似はできない性格をしていたのだ。





 張り詰めた空気が漂う。


 ルイスはアルバートの授業を受けているが、そこに教師とその教え子の親愛の雰囲気は皆無だった。そこにあるのは、ルイスが発する緊張。完全に警戒しているのだと、アルバートは空気で理解していた。


 ピンと張り詰めた空気は、まるで限界まで引かれた弓のようだとアルバートは感じた。少しでもきっかけがあれば、真っ直ぐに矢が放たれそうなほどの緊張感。


 ルイスが発するそれを心地いいとアルバートは微笑む。


 アルバートにルイスが敵意を向けているからといって、それが彼の勉学の妨げになっているということは一切なかった。


 敵には侮られたくない。その矜持が透けてみえるほど、緊張感を持ってルイスはアルバートの言葉を聞いている。1度教えられたことは2度と問い返さずにすむように。


 その強気をアルバートは好ましいと思う。


 アルバートから見て、ルイス・カルヴァートという少年は優しすぎた。


 おそらく、この10年余の間、強烈な憎悪にさらされたことも、苛烈な苦難を感じたこともなかったのだろう。満たされて育った者特有の、捻じ曲がったところのない真っ直ぐな善意が全身を包んでいるかのようだった。


 満たされて育った少年は、アルバートの瞳に、純粋ではあるがどこか頼りなく見えた。


 だが、ルイスがアルバートを敵だと認識してからの、この気はどうだろうか。


 スタンレーに泣き言を言って、自分を解雇させることもできたのだろうに、それをよしとはしない。そして、弱みを見せてなるものかとばかりに緊張を保って、アルバートと向き合う。


 その事実が、アルバートには嬉しい。


 だが、アルバートはその狂おしいほどの歓喜をけして表に出したりはしない。表面上は、ただ静かに微笑しながら授業をしているように見えるだろう。しかし、その内側で、アルバートの心は歓喜に打ち震えていた。

 不審な行動を取るアルバート。だんだん、うさんくささが現れてきています。

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