表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端の伝説  作者: 望月桜
Ⅱ 異相の歌姫の章
15/25

4.森のコンサート

 ジャスティーナは、買ったものをマーシャに届けると、店を出る時の悲しい出来事はおくびにも出さず、浮かれたようにリボンのことを報告した。それを聞く、マーシャの瞳は、スージーと同じような光がともっていた。


 森を歩きながら、ジャスティーナはそんなことをつれづれと考える。


 村人のほとんどは、自分に対して冷淡であったが、両親には愛されているし、スージーのような親切な人もいる。それだけで、十分に幸福ではないかと、先ほどの言葉の刃で傷つけられた心を癒すのだった。


 自分は別に、万民から愛されたい八方美人ではないと、ジャスティーナは思う。愛されていたい人には愛されている。


 子供の頃、あまりに「取替えっ子」と人から言われ続けるので、本当に両親の子ではないのかと、両親に尋ねたことがある。それに、マーシャとスコットは、間違いなく自分たちの子供だと保障してくれたのだ。それを疑われるのは、それだけで悲しいと。


 だから、他の誰が馬鹿なことを言っても、ジャスティーナは毅然として無視をしてもいい。そう思う。


 それなのに、傷つきやすい少女の心が、人の言の葉で傷ついてしまうのは抑えられなかった。


 眉根をひそめて、「取替えっ子」と言う大人の悪意。「魔女」とはやし立てる子供の悪意。


 本当に心を傷つけるのは、言葉そのものではなく、そこに含まれた人の悪意ゆえだということに、ジャスティーナは気づかない。人が平然と人を傷つけるという事実。それが、ジャスティーナを何よりも傷つけていた。


 ジャスティーナは首を振ると、大好きな歌を歌うことにする。


 ジャスティーナは昔から歌が好きだった。あまりに歌ってばかりなので、両親はジャスティーナのことを『私たちのカナリアちゃん』と呼ぶ。


 歌を歌っている時が、ジャスティーナにとって何よりも幸せな時間だった。


 ジャスティーナがその時に選んだ歌は、昔村に来た旅芸人のひとりが教えてくれた歌だ。遠く離れた故郷を思う歌。


 少し物悲しいメロディのその曲を選んだのは、やはりジャスティーナの気分が落ち込んでいたからかもしれなかった。


 歌い始めると、突然がさがさと音がして、黒い子犬が飛び出してきた。それに、ジャスティーナは驚いて歌を止める。それに、その犬は悲しそうにクーン、と鳴いた。黒い毛並みがつやつやと綺麗なことから、どこかの飼い犬だろうかとジャスティーナは思った。


「おいで、ワンちゃん。…私の歌を聴いてくれにきたの?」


 ジャスティーナがそう言うと、その言葉が分かるかのように、犬は元気よくほえる。


 それに、ジャスティーナは微笑んだ。


 歌を歌っていると、こういうことはよくあったからだ。小鳥が周りに集まってきたり、野兎が周りを跳ね回ったり。


 森の中は、ジャスティーナの素敵なコンサート会場だった。


 ジャスティーナはその異相から、人間の友達はいなかったけれど、その代わり、森の中で見つける友達に心を慰められてきた。そんな様子が変わっていると、また村人に奇異の目で見られる原因でもあったのだが。


 尻尾を振る黒犬は、歌を催促してくれているかのようで、ジャスティーナは微笑む。


「じゃあ…最初から」


 そして、ジャスティーナは、この可愛いお客に聞かせるために、また歌声を響かせる。


 澄んだ高音が、あたりに響き渡る。


 ジャスティーナの歌には、不思議な魅力があった。技術的には、未熟な部分もあるだろう。だが、音域が幅広く、そして何よりも人の心を魅了する天性のものがあった。


 それに、黒犬はうっとりしているかのように、ジャスティーナには見えた。


 心地いい時間。しかし、それを無粋にも破ったのは、闖入者の足音。それが動物ではなく人間のものだと直感的に察したジャスティーナは、誰何の声を上げた。


「…誰!?」


 そう声を張り上げて、振り向いた。


 そして、そこにあった少年の姿に、ジャスティーナはしばし驚愕の表情を浮べた。


 漆黒の髪に、琥珀のような色の瞳。女性よりも更に白い肌。それは、極上の美貌を持った少年だった。おそらく自分よりも少し年上なのではないかと思える細いシルエットの少年は、初めて見る人間だった。着ているものも、村人とはまるで違う極上の仕立てのもので、一目で彼が上流階級の人間なのだということが分かった。そして、ルスカ王国ではあまり見られない黒髪から、彼は外国人かもしれないとジャスティーナはそう思う。


 ジャスティーナの考えとは別に、彼は驚いたように、その美しい瞳を見開いていた。


 その少年の美貌に見とれていたジャスティーナは、すぐにはっとなる。


 この美しい少年の瞳に映るのが、異様な瞳を持った自分の姿だということに気づいたからである。みっともない癖毛に、忌まわしい血の色の瞳。そして、15にもなるのに、全く女性らしいふくらみもない幼い肢体。


 その少年が、その秀麗な顔を嫌悪にゆがめるのが想像できる気がした。ジャスティーナには、こんなにも美しい少年にそんな表情を浮べられるのは耐え難く思えた。


「……いで」


 気づくと、口からその言葉が漏れていた。


「……え?」


「……見ないで……っ!!」


 ジャスティーナはそう言うと、両手で顔を覆う。


「君、どうかしたのかな?」


 そんなジャスティーナの様子に、少年が心配そうな声をあげた。嫌悪のない少年の声に、ジャスティーナは、もしかしたら彼は暗い森の中の一瞬の邂逅に、瞳の色にまで気づいていなかったのではないかと思えてきた。


 そう思うと、ジャスティーナは少し安心をした。


「ごめんなさい……ちょっと……」


 うまい言い訳が見つからなくて、ジャスティーナは少年に背を向ける。


 そのまま、2人の間に沈黙が落ちる。その静寂に耐えかねたように、少年が口を開いた。


「……こいつ、君のことが気に入ったみたいだね。……昔から、歌が好きだったから」


「いえ……そんなことは。貴方の犬だったんですね」


 背を向けたまま、ジャスティーナはそう言う。


「レオナルドゥスっていうんだ」


「え……それが、犬の名前……ですか?」


「うん。愛称はレオ」


 その言葉に、ジャスティーナは思わず笑ってしまう。


「格好いい名前ですね」


 妙に古代じみた、いかつい名前をもつ犬に、そう言う。しかし、それは嘲笑ではなく、なんだか妙に微笑ましかったのだ。


「……ああ。そう……。たしか……『強い獅子』の意味を持つ名前……。勇ましくて、こいつに似合うと思ったんだ……。そうだ。たしか、俺はそう思ってこの名前をつけたんだった……」


 ジャスティーナは、その少年の名前に、首をかしげる。ジャスティーナの目に映った黒い犬は、まだ子犬に見えた。それなのに、随分昔のことを思い出すかのように話す人だと、少し妙に思ったのである。


「――獅子ですか。格好いいですね」


 しかし、近寄りがたいほどの美貌を持つ少年なのに、案外に無邪気な一面を見せられた気がして、ジャスティーナは微笑む。


「ああ……。ごめんね。俺、怪しい奴じゃないんだけど……。いやまあ、自分で『怪しい奴です』って言う奴もいかないか。でも……ただ、懐かしくて……本当に久しぶりに……人と話したから」


 言い訳をするように、少年はそう言った。


 どうやら、背を向けっぱなしのジャスティーナの姿勢が誤解を与えたようだった。


「……過保護な奴がいてね。引きこもって暮らしてたんだ。――今まで気づかなかったけど、すごくストレスがたまっていたみたいだ」


「分かります」


 思わず、ジャスティーナはそう言っていた。


「――え?」


「えっと、私も……両親が都会に出かけた時とか……あまり話す人がいなくて……」


 友人もいない身の上では、両親と少数の親切にしてくれる人が、ジャスティーナにとっての話し相手だった。


 ずっとひとりでいると、精神が倦んでくる。


 全く違うのに、共通点を見つけた気がして、ジャスティーナは少し微笑む。その時、突風が吹いて、落ち葉が舞い上がった。それが、ジャスティーナに向かって飛んでくる。


「きゃっ!!」


 思わず悲鳴を上げて、ジャスティーナは顔をかばった。


「大丈夫……!?」


 その様子に、少年が駆け寄ってきた。


「だいじょ……」


 ジャスティーナはそう言って、瞳を開けた。その瞳に飛び込んでくるのは、黒髪の少年の美貌。至近距離で見ても、整った顔立ちの少年だった。


 琥珀色の瞳が、吸い込まれそうなほどに美しくて。しかし、その瞳に映っている、己の姿にジャスティーナは恐怖する。


「……見ないで!!」


 そう言って、ジャスティーナは顔をそらした。


「――さっきも、そう言ってたね。……どうして……?」


 少年の言葉に、ジャスティーナは目を見開いた。先ほどはともかく、これほど至近距離で見て、瞳の色に気づかなかったなんてありえないと思ったからだ。


「……だ……って、私の目の色……血みたいなんだもの! ――貴方だって気持ち悪いと思うでしょう!?」


 言われてしまう前に、自分で言うほうがまだいいと、ジャスティーナは悲しい自虐の言葉をつむぐ。

「――いや……たしかに珍しい色だと思うけど……綺麗だよ」


「……え?」


 少年の言葉の意味が分からずに、ジャスティーナは不思議そうに顔を上げた。


 それを、少年は困ったような微笑みを浮べながらも、真っ直ぐに見据えていた。


「ルビーみたいだ。……知ってるかな? ルビーって、ピジョンブラッドって言われる色が一番価値が高くて美しいと言われてるんだよ。君の瞳を見て、それを思い出した」


 『ルビーのような色』。その言葉に、ジャスティーナは、それを言ってくれた唯一の青年を思い出した。淡い茶色のさらさらとした髪の青年は、ジャスティーヌにさえ優しくしてくれた人だった。


 だけど、そんな風に言ってくれる人は本当に少なくて。信じられなくて、ジャスティーナは呆然としてしまう。


「もしかして……人に色々言われたのかもしれないけど。人に悪口を言われるからといって、それを自分まで恥じてしまったら、本当に『欠点』にしかならないと、俺は思う。――せっかくそんなに綺麗なのに、俯いてしまうのは持ったいないと俺は思うけど。俺なら俯かない。別に恥ずかしいことをしているわけでもないのに、咎人みたいに俯いて歩くなんて嫌だ。……俺を見て、眉をひそめるのならひそめればいい。俺はそんな雑音、気にはしない」


「――貴方は強いんですね……」


「……ルイス」


「え……?」


「俺の名前。ルイス・カルヴァート。君は?」


「あ……。ジャスティーナ・ハース」


 戸惑いながら、ジャスティーナは自己紹介をした。


「今更だけど……。改めて、よろしく」


「はい……。よろしくお願いします」


 今更ながらに、そう言って。2人は照れたように笑った。


 ルドヴィクスにとってそれは、本当にひさしぶりの人との対話であったし、ジャスティーナにとっては、初めての同年代との忌憚ない会話であった。


 自らを人であると信じながらも、人に異端であると言われることによって傷つく者と、自らを人でないと確信しながらも、人でいたかったという痛みを引きずる者。その2人の出会いが、どのような結末を迎えるのか。


 ――この時はまだ、誰も知らなかった。





 ルドヴィクスとジャスティーナは、大した意味もない話に興じていた。深刻なことは何も無い。


 ただ、好きな紅茶や食べ物の話や、動物の話。本当に、たわいも無い会話でしかなかった。


 しかし、ただそれだけのことが、当人たちにとってどれほどの救いであったのか、本人たち以外には分からなかっただろう。


 ジャスティーナにとっては、初めての同年代の「友達」。ルドヴィクスにとっては、己が人でないと自覚してから、初めて人と過ごす穏やかな時間。


 しかし、楽しい時間にも終わりが見える。


 ルドヴィクスは、左斜め後方を厳しい瞳で睨みつける。


「……ルイス君? どうしたの?」


「お目付け役の登場みたいだ……。いるんだろう? アルバート」


 ここで、ルドヴィクスが、アルベルトゥスではなく、アルバートというルスカ語の名前で呼んだのには理由がある。ここにいる自分は、ルドヴィクスではなく、ルイスだと知らしめるため。


 そして、森の中から、印象的な銀髪の男が出てくる。


「……お探し申し上げました。ルイス様」


 彼は、ルドヴィクスの意図を汲んで、そう膝をつく。


「――別に、家出したわけじゃない。放っておいてくれたら勝手に帰ったのに」


 つまらない気持ちで、ルドヴィクスはそう言う。


「……そのようなわけには。外には危険がございますゆえ」


 アルベルトゥスの言葉に、ルドヴィクスは舌打ちをする。


「勝手にすればいい」


 そう言って、ルドヴィクスは立ち上がる。


「帰るの?」


 ジャスティーナの言葉に、ルドヴィクスは肩をすくめた。


「鬱陶しいお目付け役がきたからな。――本当、嫌になるぐらい過保護だろう?」


 ルドヴィクスが同意を求めるようにジャスティーナにそう言うと、ジャスティーナは困ったように笑っていた。


「……仕方ないから、行くぞ。アルバート、レオナルドゥス! ――じゃあな、ジャスティーナ」


「あ……うん。さようなら……」


 ルドヴィクスの言葉に返して微笑むジャスティーナの表情は、どこか寂しげだった。だからこそ、ルドヴィクスは少し微笑む。


「……またな。迷惑じゃなければ、また来る」


 ルドヴィクスの言葉に、ジャスティーナの表情が明るくなった。


「うん!! 待ってるね!」


 その素直な反応に、ルドヴィクスは優しく目を細めた。


 ジャスティーナとルドヴィクス。やっぱり女の子が出ると少し雰囲気が華やかになりますね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ