エピローグ
手記を読み終えたあと、私はしばらく椅子から立つことができなかった。
彼が母親に宛てた手紙は、手記の最後のページに挟まれていた。
その手紙の中に、私のことが書かれていた。
――男の子です。
この手記は、父の書斎の引き出しから見つかった。何度も自分で読み返していたのだろうか。折り目は白く、手汗の跡が幾つも残っていた。
先日、父は息を引き取った。
私は、父を穏やかな人間だと思って育った。
大きな声を出すことはほとんどなく、私の進路にも、交友関係にも、必要以上に口を出さなかった。何かを決めるとき、父はいつも「おまえの人生だ。好きに生きればいい」と言った。
子供の頃の私は、それを親の優しさだと思っていた。
手記を書いた彼が父であるなら、私にとって初めて知る父だった。そして父は、祖母は早くに亡くなったと言っていた。
父にとって優しさは、私のためではなく、自分への慰めだったのかもしれない。
優しかった父は、祖母に《《作られた》》のだ。
私もまた、今、娘の父である。
私は父に言われたことを、そのまま娘に伝えている。
「おまえの好きに生きればいい」と。
それ以外に、子供に対する接し方を、私は知らない。私もまた父に作られたのか。
娘が書斎に入ってきた。私は手記を閉じた。
「それ、なに?」
手記を指さし聞いてきた。
「じいちゃんのものだよ」
「日記?」
「そうだね」
「なにが書いてあるの?」
私は、少しだけ答えに詰まった。
「じいちゃんはな、幸せだったんだってこと」
そう言うと、娘は嬉しそうに笑った。
「パパが子供のとき、じぃじのこと好きだった?」
「そうだね。いつも一緒に遊んでくれたしね」
「じぃじがいないと、わたしも産まれてないんだよね?」
「そうだね」
「じゃあ、じぃじにありがとう、だね」
――産んでくれて、ありがとう。
背後で、誰かがうなずいた気がした。
私は振り返らずに、手記を机の上に置いた。
その表紙に、私の指の跡がひとつ増えていた。




