2 初めての提案
輝夜は動けない幼子のうちは退屈だったけれど、以前の様に煌びやかな御殿ではなく質素ではあるが質の良い畳と食事、可愛らしい人形、着物などを与えられ順調に育っていった。お爺さんやお婆さんは竹から生まれただけでも不思議な自分をより一層特別なものだと舞い上がってしまいそうで、おとなしくしていた。そしてお婆さんやお爺さんの目の届かないうちに部屋の隅の埃を顔に貼り付けては自分の顔が素朴に見えるかしらと鏡を覗いてみたり。
しかし今まで美しさを隠すなどしたこともない輝夜は屋敷から漏れる自身の発する光によってやはり地の民の噂になりつつあった。
三月もすれば赤子のように幼かった輝夜は物語をなぞるように天に居る頃の姿へと育った。
「おじいさん、おばあさん、私はこの見目形で人の興味を引く事が辛いのです。私は竹から生まれたと言うのだけでも誰にも話せないおかしなことでしょう?だから、せめて目立たなく生きたいのです」
涙を一つ二つ零しながら語れば育ての親は心を痛めたようだった。輝夜にはそうか、と答えて何も語らずにお爺さんは納屋へと歩いて行った。暫くして
「この竹炭を花から取った白粉に混ぜて薄く肌に塗れば良い」
まだ早いと思っていたがどんどん育つ輝夜の為に化粧道具一式を設えていたのだと箱型の小さな鏡台を持って戻って来て、砕いた竹炭と白粉と混ぜた。お婆さんは何もそこまで、と止めようとしたけれど輝夜の美しさは清廉であったが人を狂わせるかもしれない、人攫いや夜盗が入っても困る。用心棒を雇うほども蓄えは無く、そうする他無いとお婆さんを説き伏せた。
透けるような色の白さだけでも竹炭の白粉で霞ませると地の民と同じ様な肌感になり、美しさは随分と隠せた。手や首や頬を斑らに汚れた風に色を足せばより素朴な娘の見た目に近付いた。
そうなれば輝夜は屋敷の中だけでは無く外へ出たいから、と動き易いお婆さんの地味でより一層古い小袖を着てみせた。
お爺さんと山へ入ったり、お婆さんの手伝いでお使いへ街へ行ったりしてみたいと笑うとお爺さんお婆さんは、そんなことはさせられないと困った顔をしたけれど、万が一の時に何も出来ないと困るから学びたいと訴えると地の生活というものを少しずつ教えてくれた。
前回の生活では、ほぼ屋敷の中だけだったので、外に出てみると目新しいものが多く興味を引いた。大人しく座って夜空を眺めていた前回とは大きく変わった輝夜は、最初は止められていたが野山に混ざって竹を刈るのを手伝ったり野苺を摘みに行くのもそのうちに止められなくなった。思ったよりも輝夜は活動的な性格だったのかもしれない。小鳥の囀りも緑の枝葉が揺れるだけでも心がときめくのだ。
しかし、あと半年も過ぎれば十五夜の晩に迎えに来る。と天帝から月の光に結ばれた文が届いた。そんなに早くに迎えに来られたら困る。まだやりたい事はあるし、まだまだ知らない。輝夜は月にはない花や蝶を愛でる事も知ったし、知りたい事が多いのだ。
ふと月夜を見上げる。
満天の星々、天の川、はまだ空にない。何故?
(天の川、そうだ私は織姫姉さんと恋仲の人間に意地悪ばかりする天帝の邪魔をしたから地に落とされたんだ。)
天の川が無いと言うことは織姫姉さんの話はまだ進んでいないのではないか。
慌てて輝夜は姉に文を書いた。
『お姉様へ
牽牛の兄さんは天帝に会わせましたか?天帝はきっと姉さん達を許さずに引き離すから、子供が出来た事を先に言うのです。天帝は貴い命と天秤に掛ければ穢れる殺生などは絶対にしないでしょうから上手く行けば二人は認められるでしょう。あと出されたご馳走の瓜、作法通りに横に切って下さい。兄さんに絶対に瓜は切らせないで。お姉さんが切って下さい。絶対に何を言われても!また連絡します』




