1 ある月の晩に
埃の被ったその国の本は永く月の光に照らされていた。
もう何十年と開く者もない。本棚の端に追いやられてあちこち紙魚に齧られ薄汚く朽ちていた。
もしかするとそれは人智を超えた尊き者の最後の慈悲だろうか、離れた街の水銀灯の光が蝶の羽ばたきのように揺らめいた時、朽ちかけた本は九十九の神を宿した。
一方内側の物語の中で、その時は唐突に訪れた。
輝夜はもう数えられない位の繰り返しの物語の中で月から地へ送られる最中に眩しさで目を覚ます。あやふやな意識の中で指先から身体へと光が広がっていくのを見ていた。
意識していなければその存在を忘れる様な厚さの無い軽い身体に重さを感じる。それも初めての感覚だった。
自分は天の咎を受けこれから地へ送られ暮らし、期限が来れば月から迎えが来て帰る。何をすべきかなど以前の自分では何も疑問に思わなかった。ただひたすらに同じことを繰り返していた。
今までとは違うのは身体の重さの他に身体が滑らかに動くのだ。それまでは少し動けば特定の姿勢で止まることを疑問も無くそう言うものだと思って行動していたし、それをおかしいとも思わなかった。何不自由なく幸せに暮らし、年頃になれば何だか図に乗って婿候補に難題をふっかけ、それでもお爺さんやお婆さんとの生活、地の暮らしに愛着を持って帰りたく無いと抵抗はするものの、羽衣ひとつで豊かに育った感情を失って
年老いた育ての親を地に置いて月へ帰る。
それで自分は納得していたのだろうか?何かできたのでは無いだろうか?何故気が付かなかったのか。何度も繰り返していたのに。その疑問こそが今までに無かった新しい感情のようなものだった。
そう、今、輝夜は自分で物事を考えている。
しかし既に今、月からは出発してしまい地へ着いてしまう。
小さく幼い身体で竹へ入りお爺さんに見つけて貰うのを待つ状況になる。
どうしたらいいのか、全く慣れないけれど考えるという行動をしながら目を閉じ輝夜の身体は光る竹の中に吸い込まれて行った。
遠くで竹を刈る音がする。記憶ではあと二晩過ぎればここへお爺さんは来るだろう。
月から持たされた、天の民からすれば僅かな生活の為の財宝はもうすぐこの山の竹林に同じように送られるけれど……
(この財宝を簡単に手にしたら、前と同じことになるわ)
地の者達からすれば天の民の輝夜は金剛石をも霞む程に美しく光を纒う程に尊い姿だった為、お爺さんとお婆さんは竹を苅りに行けば頻繁に見つかる身に余る程の財宝を手にしても全て輝夜に注ぎ込んでしまう。そして労働もしなくなって、輝夜をより一層美しくなるように育て、良き縁談を受ける事に生きがいを持ってしまい、年老いた後にやりがいや望みを失ってしまう。
そして最後まで輝夜を守ろうとした帝まで輝夜が月へ帰る際に最後に渡した不老長寿の薬を不死の山で燃やして嘆くのだ。
その後どうなったどうかまでは輝夜自身は知らないが、きっと良くない結果だろう。輝夜は湧き上がるやりきれない気持ちに頭を抱えて竹の中で考えた。この繰り返される悲惨な結果をどうにかしようと。
『天帝 金砂や宝石は必要最低限の物で構いません。粛々と罰を受けます。もしどうしても必要な時はこちらから連絡致します。』
手始めに輝夜は竹の葉に文を記し、夜差し込んできた月の光に結んで月を治る父へと文を届けた。
二晩過ぎた後お爺さんに見つけて貰った時に一緒に見つかった財宝はそれまでの屋敷に輝夜の部屋を増築出来る程度と近くの山に質の良い竹が生える程度に減らしてくれていた。それでも充分過ぎる気はしたけれど、今までの様に質の良い竹を求めて遠く険しい山にまで行ってお爺さんが怪我をしても困るし、それは良しとした。
こうして輝夜の物語は少しずつ変化していく。




